小山ゆうなが語る「暴力の歴史」|黙殺される差別と暴力──これは、遠い国の話ではない

社会と演劇を結ぶもの

──小山さんが注目しているドイツの演出家はいらっしゃいますか?

小山ゆうな

うーん、1人の演出家をずっと追って観る、ということはないので、特にこの人ということはないのですが、オスターマイアー、シュテーマン、ミヒャエル・タールハイマーの3人は、時間があると今何やってるのかな、と気にはしています。と言うのは、私自身、古典作品をやることが多いのですが、今の時代に合っているなと思って選んだ作品を、彼らが同じ時期に上演していることがよくあって。親近感と言うと、おこがましい気持ちではあるんですけど……。古典作品は、ストーリーが知られているぶん、上演したときに「ああ、こうやって解釈したのね」というところまで伝わる。だから彼らがその作品をどう解釈したのか気になりますし、その新しい視点を知る楽しみはありますね。

──誰もが知る古典を扱うことで、翻案力や演出力が問われるということは、演出家にとってもよい挑戦になりますね。シュテーマンは、ドラマトゥルクのベンヤミン・フォン・ブロムベルクと共に、今期からスイスのチューリッヒ・シャウシュピールハウスの芸術監督に就任することが決定しています。新体制となる劇場の座付き俳優として、ドイツ語圏の演劇シーンでご活躍されている日本人女優の原サチコさんがハンブルクの劇場から移籍することでも話題になりました。

先日、原サチコさんが「チック」を観に来てくださったとき、ちょうどその話をしましたが、すごくいろいろな国から俳優が集まっているそうです。チューリッヒは保守的な街というイメージがありますが、そこに多国籍チームが参入すること自体、とても新しい試み。何が起こるかわからない状況に、原さんもドキドキワクワクされていました。

「暴力の歴史」より。(Photo:Arno Declair)

──チューリッヒ・シャウシュピールハウスはチューリッヒ市が支援する劇場ですが、国や市のお金で新しい試みを行う、というところに、懐の広さを感じます。

公的なお金が投じられない限り、逆にやれないことではありますね。極端なことって危険を伴うだけではなく、お客さんが必ず呼べるとも限らないし。だからこそ、公立機関でやるべき、という発想なんだと思います。ドイツにもプライベートな劇場はもちろんあって、それこそスターが出る娯楽作品もたくさん上演されているし、娯楽作品は娯楽作品で面白い。それと、ドイツに社会問題を扱った演劇作品が多いのは、ドイツ人がそういうのが好きだからなんじゃないかってよく言われるんですけど、たぶんそういうことじゃなくて、国の助成金が政治問題とか社会問題を扱っていないと下りないんですよ。それははっきり条件として書かれている。ただ、行政は作品に一切口出しをせず、作品に口を出すのは市民の仕事。ハンブルクの劇場で演劇を観たとき、お客さんがブーイングした回があって。休憩中も、偶然そこに集まった市民同士で「この作品に自分たちの税金が投じられているのはどうなのか」と議論していました。でも作品がよければ「すごくよかった」と反応しますし。

──判断が市民に委ねられているんですね。

一方、シャウビューネはプライベートな劇場でありながら、国の助成金をたくさん受けている珍しい劇場です。芸術監督のオスターマイアーをはじめ、シャウビューネの座付き演出家たちは、テーマとして扱う社会問題を特に若い人たちにどう伝えられるか、とても意識的に制作しているように感じます。「暴力の歴史」も、インパクトのある演出で観客を驚かせつつ、議論を誘発している。今回は、そういった作品を日本で観られるとても貴重な機会だと思います。

ユーモアと社会性を両立させた作品を

──2020年に小山さんは新国立劇場にて、ドイツの作家ミヒャエル・エンデの「願いがかなうぐつぐつカクテル」を手がけられます。小山さんは、テキストに含まれる社会的なテーマを丁寧に掘り起こし演出される印象がありますが、制作の中で意識されていることはありますか?

自分で観るぶんには、つらい作品はあまり好きじゃなくて。だから特にそういう作品がやりたいというわけではないのですが(笑)、ただ、演劇をやる意味そのものが、一昔前と変わってきている気がしています。ほかのメディアが勢いを増す中で、ストレートプレイができることはなんなのか考えた結果、私は社会問題と地続きでありたいな、と思ったんです。もちろん遊び心も大事なので、ユーモアと社会性を両立させた作品作りを目指していきたいですね。

小山ゆうな

国際的な視野で捉える、トーマス・オスターマイアーの“現代性”

トーマス・オスターマイアー(Photo:Brigitte Lacombe)

トーマス・オスターマイアーは、1968年に西ドイツのニーダーザクセン州ゾルタウに生まれ、南ドイツのバイエルン州ランツフートで育った。ベルリンの演劇大学エルンスト・ブッシュ在学中に演出を手がけた作品が、ベルリン・ドイツ座関係者の目に留まり、卒業後の1996年にドイツ座の小スペースであるバラックの芸術監督に任命される。サラ・ケイン、デイヴィット・ハロワー、マーク・レイブンヒルなど、同時代を生きるイギリス人作家から影響を受けたオスターマイアーは、1997年にハロワー作「雌鶏の中のナイフ」、1998年にレイブンヒル作「ショッピング&ファッキング」を演出。彼が率いたバラックは、1998年に演劇雑誌「テアター・ホイテ」が選ぶ「今年の劇場」に選ばれるなど、小スペースながら絶大な人気を誇った。

1999年には32歳の若さでベルリン・シャウビューネの芸術監督に就任。ツアー公演を積極的に行うなど、バラック時代から継続して国際的な取り組みに力を入れており、2000年から毎年4月頃に行われているシャウビューネ主催の演劇フェスティバルFIND(Festival International New Drama)では、世界中のさまざまな新作公演を劇場に招致し、ベルリンの観客に新しい演劇との出会いを提供し続けている。2011年のべネチア・ビエンナーレでは金獅子賞を受賞、2015年にはフランス文化省から芸術文化勲章の最高位であるコマンドゥールを授与された。また、2004年からアビニョン演劇祭の顧問も務めている。

古典や近代劇を扱う際も、俳優にリアリズムに即した演技を要求するなど、現代性を強く意識した演出を特徴とするオスターマイアー。本作「暴力の歴史」でも用いられた“1人の俳優が複数の役を演じる”演出は、彼の代表作「ハムレット」や「リチャード三世」、ライナー・ウェルナー・ファスビンダー原作「マリア・ブラウンの結婚」などにも見られる。その一例として、人気作「ハムレット」では、ラース・アイディンガー演じるハムレット以外の俳優5人が20名以上のキャラクターを替わるがわる演じ、ハムレットが陥る狂気を増長させた。

日本では、2005年にヘンリック・イプセン原作「ノラ」とマリウス・フォン・マイエンブルク作「火の顔」を東京・世田谷パブリックシアター、2018年にイプセン作「民衆の敵」を静岡・静岡芸術劇場にて上演。最新作は、2019年4月にシャウビューネで初演されたマヤ・ツァデの新作「深淵(abgrund)」、ザルツブルク音楽祭の演劇部門で2019年7月に初演を迎え、シャウビューネでは9月から上演されるエデン・フォン・ホルヴァート作「神なき青年期(Jugend ohne Gott)」。古典から新作まで幅広いテキストを扱いながら、意欲的に作品制作を続けている。

なおオスターマイアーは、10月29日から11月4日まで東京・東京芸術劇場で開催される「東京芸術祭ワールドコンペティション 2019」のアーティスト審査員を務める。