「こつこつプロジェクト」だからこそ実現した、贅沢で大胆な挑戦 船岩祐太×植本純米×今井朋彦が語る「テーバイ」 (2/2)

人間の“形相の複雑さ”を感じてほしい

──お二人は今回、船岩さんの演出作品に初めて出演されます。演出家としての船岩さんの特徴や魅力をどんなところに感じますか?

植本 やり方としては、独自のものを持っていると思います。俳優はどうしたって役の感情を作ろうとすると思うんですけど、船岩が重きを置いているのは「相手にどう伝わるか」「相手をどう動かしたいか」ということなんですよね。なので、今まで自分がやってきた情緒的な芝居の役作りではなく、船岩のやり方に従って、得られるものは全部得ようと思って臨んでいます。

今井 まだ稽古序盤なのでこれからという部分もありますが……船岩さんはずっと演出助手をされていて、私は彼の師匠と何度もやらせていただいているので、そういう意味では師匠のスタイルを踏襲されている部分があるなと感じます。いわゆる情緒的なものをかなり削ぎ落とした、スタイリッシュな作品を作ろうとされていると思いますが、ここからじわじわっとさらにオリジナル色が出てくるんじゃないかと感じています。

──2022年2月に行われた3rdの試演会は、現代的な装いでの上演だったそうですね。本作のチラシビジュアルにはビル群が描かれるなど、ギリシャ悲劇でありつつ“現代”が強く意識されていると思いますが、今回の上演ではどのような見せ方を考えていらっしゃいますか?

船岩 衣裳に関しては、ちょっとノスタルジックな、でもいわゆるギリシャ悲劇っぽいものというよりは、近代より少し前ぐらいのイメージからだんだんと現代化していくふうにしたいなと思っています。

左から船岩祐太、植本純米、今井朋彦。

左から船岩祐太、植本純米、今井朋彦。

──作品の内容的にも、物語のラストに当たる「アンティゴネ」は、現在の世界情勢に重ねて考えることができるテーマがたくさん含まれています。治世のため秩序を重んじるクレオンと、肉親を愛する人間的な感情から行動するアンティゴネ。本作と現代との接点について、皆さんはどのように考えていらっしゃいますか?

植本 そもそもの台本の強度が高いので、無理やり現代に結びつけようとしなくても、重なる部分が多いと感じます。市井の人々と統治者との関係性などはお客さんも「ああ……」と思うんじゃないでしょうか。

今井 「アンティゴネ」の部分に僕は出ていないんですが、出ていないからこそ、稽古場で皆さんのセリフを聞いていると感じることがあって。例えばクレオンとアンティゴネ、イスメネとのやり取りなんて、きっと今、大臣たちが自宅でやっている会話なんじゃないかな。外では権力者として威厳ある振る舞いをしているけれど、家では奥さんや娘さんに「あなたが信じているものは何なの?」と意見されて、「でもこういうものだから……」と必死になだめている、そんな様子が目に浮かびます。

船岩 「アンティゴネ」単体で見たときに、クレオンの意見が正しくてアンティゴネが悪なのか、それともクレオンが悪でアンティゴネが正しいのか、というようなことが、哲学レベルで論じられてきたという歴史があります。ただ今回は、「アンティゴネ」の前に「コロノスのオイディプス」があるので、「アンティゴネ」の部分が全然違うふうに見えてくるんじゃないかなと思っていて。善悪の単純な二項対立を超えて、人間の生き様の問題として昇華できるんじゃないかと思います。

また「こつこつ」で創作を終えてから2年半、本当にいろいろなことがあって、例えば3rdの試演会の翌日がロシアがウクライナ侵攻を始めた日だったんですけど、振り返るとそのあとには国葬の問題なんかもあったし、現実とダイレクトにつながってしまいそうな出来事がたくさん起こっているんです。現実でそういう出来事が起こるたび「あのセリフ、単純な風刺に聞こえてしまいそうで嫌だな」と、作品のことを頭の片隅で考え続けてきましたが、今回、まっさらな気持ちで台本を読み直したら、時代のほうは大きく動いているにも関わらず、台本に書かれている人間の“形相の複雑さ”自体には、思ったより影響がないと感じました。シンプルな「オイディプス王」の物語から始まり、いろいろな人たちの思惑によってだんだんとにっちもさっちも行かなくなる人間たち。そんな人間の“形相の複雑さ”が、より身近なものとして感じてもらえたらと思っています。

左から船岩祐太、植本純米、今井朋彦。

左から船岩祐太、植本純米、今井朋彦。

プロフィール

船岩祐太(フナイワユウタ)

1985年、山口県生まれ。桐朋学園芸術短期大学芸術科演劇専攻卒業。地人会の木村光一、演劇企画集団THE・ガジラの鐘下辰男に師事。また小劇場から商業演劇までさまざまな作品に演出助手、演出部として参加。2007年に演劇集団 砂地を結成。演劇集団 砂地では古典戯曲を原典とした作品を中心に発表。主な出演作に演劇集団 砂地「Disk」「アトレウス」「楡の木陰の欲望」「胎内」など。

植本純米(ウエモトジュンマイ)

1967年、岩手県生まれ。1989年から2023年まで劇団花組芝居に在籍。これまでの主な出演に大河ドラマ「光る君へ」「真田丸」「平清盛」、テレビドラマ「100の資格を持つ女」「ぼんくら」、テレビ「深夜劇場へようこそ」司会など。近年の主な舞台に彩の国シェイクスピアシリーズ「ジョン王」「中村仲蔵~歌舞伎王国 下剋上異聞~」、音楽劇「ライムライト」など。

今井朋彦(イマイトモヒコ)

1967年、東京都生まれ。1987年に文学座附属演劇研究所に入所。1992年に座員となり、2020年に文学座を退団。舞台を中心にドラマ、映画、ラジオ、CMなど幅広く活動する傍ら演出家としても活動。第31回紀伊國屋演劇賞個人賞、第9回読売演劇大賞優秀男優賞、2011年「破産した男」で第62回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。来年1月から3月にかけて演出を担当した「メナム河の日本人」が上演されるほか、2月に「オイディプス王」に出演予定。