舞台「容疑者Xの献身」成井豊×筒井俊作×多田直人|1年ぶりの延期公演、目指すは“現実感”と“スタイリッシュさ”の実現

成井豊脚本・演出の舞台「容疑者Xの献身」が、約9年ぶりに帰ってくる。東野圭吾の直木賞受賞作「容疑者Xの献身」は、推理小説ガリレオシリーズの第3弾で、映画化もされるなど大ヒットした作品だ。かねてから東野ファンである成井は、本作に惚れ込み、2009年に演劇集団キャラメルボックスで舞台化。2012年には再演もされ、さらに韓国や中国でも現地キャストにより上演された。そして2020年、NAPPOS PRODUCEにより3度目の上演を迎える予定だった……が、公演は新型コロナウイルスの影響で延期に。しかし1年の“熟成期間”を経て、この5月、いよいよ再始動する。

原作への強いリスペクトを持ちつつも、舞台化に並々ならぬ思いを寄せる成井。そんな成井が「原作に忠実なキャスティング」と自信を見せる、数学教師・石神哲哉役の筒井俊作と天才科学者・湯川学教授役の多田直人。3人が語る2021年版舞台「容疑者Xの献身」の魅力とは? その核に迫る。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 祭貴義道

「容疑者Xの献身」

あらすじ

高校の数学教師・石神哲哉は、アパートの隣人・花岡靖子に思いを寄せていた。靖子は弁当屋に勤めながら、一人娘の美里と暮らしていたが、ある夜、よりを戻そうと彼女たちのもとを訪れた暴力的な前夫・富樫を母娘で殺してしまう。そんな彼女たちを助けようと、石神は完全犯罪を企てる。

一方、富樫の殺人事件を担当していた刑事の草薙俊平と岸谷由紀夫は、帝都大学の物理学者・湯川学のもとを訪ねていた。草薙が、容疑者である靖子のアパートで、石神と出会ったことを話すと、湯川は石神が大学の同期で、かつて友人関係があったことを明かす。石神を「天才」と表現する湯川は、捜査協力のため、石神が企てた完全犯罪の謎を解くことになり……。

原作から衝撃的な感動を受けた(成井)

──「容疑者Xの献身」は2005年に発表された作品で、成井さんは演劇集団キャラメルボックスで2009年に舞台化されています。そもそも原作とはどのように出会われたのでしょうか?

成井豊

成井豊 もともと東野圭吾さんのファンでずっと作品を読んでいるのですが、「容疑者Xの献身」も出版されてすぐに読み、衝撃的に深い感動を受けました……と、芝居にしたくなるんですけど(笑)、悲劇的かつ陰惨な作品ではあるので、「ちょっとこれはキャラメルの劇団カラーと違うんじゃないか」というためらいもあったんです。でもプロデューサーの仲村和生から「できるんじゃないか」と後押しされて、そこから真面目に舞台化を考えるようになって。ただ、とにかく作品への思いが強かったので、芝居にするまでに4年かかりました。キャラメルでは上演時間2時間以内という制約があったんですけど、初演は2時間15分くらいに収めるのがやっと。シーンをカットできなかったんですよね。

──「容疑者Xの献身」は、天才科学者・湯川学教授を軸とした推理小説ガリレオシリーズの第3弾です。日本以外に韓国・中国でも映画化されたベストセラー小説ですが、やはりクリエイターを刺激する作品なのでしょうか。

成井 そうですね。でも原作の感動を具現化するのは、難しいと思います。

筒井俊作 「仮面山荘殺人事件」(参照:平野綾・木戸邑弥ら出演「仮面山荘殺人事件」開幕、成井豊「自画自賛です!」)のときでしたっけ? 成井さんが「東野さんの文体を全部消しちゃうとダメなんだ」とおっしゃっていて……。

成井 そう。ストーリーだけを抽出してしまうと、けっこう荒唐無稽な話に見えてしまうんだよね。でも小説では東野さんの文章が現実感を確立しているので、舞台化するにもその文体を消しちゃうと良くないんじゃないかと僕は思っていて。

──舞台版では、劇中に原作小説を手にした俳優が登場し、小説の一節をそのまま朗読するシーンが挿入されます。

左から筒井俊作、成井豊、多田直人。

多田直人 成井さんは原作小説を非常に大切にされているので、原作の地の文の良さも大事にしていらっしゃる。だからそのような演出になるんだろうなと思いました。

成井 なるべく原作の言葉で、と思っているので、書き直さないんです。というのも、僕自身、自分が書いたものを人に演出してもらうときに変えられると、「せっかく書いたのに」ってやっぱり腹が立つので(笑)。だから原作ものをやるときも、なるべく元の文章のままでと思っています。まあその編集の仕方がうまいから、良い作品になるわけですが!

筒井多田 あははは!

原作者・東野圭吾の感想は…

──筒井さんと多田さんは、作品とどのように出会われたんですか?

筒井 僕はキャラメルボックスで過去2回上演した「容疑者Xの献身」に刑事役で出演していて、初演の上演が決まったときに原作を読みました。面白いという話は聞いていたので、自分の中のハードルも相当上げて読んだんですけど(笑)、それを軽々と超えてきましたね。ただ成井さんもおっしゃったように、読み終わったあとに「これを本当にキャラメルボックスでやるのかな?」っていうのは、当時としてはけっこう衝撃的でしたし、キャラメルボックスにいながらこういう作品ができるのはすごく貴重だなと思った記憶があります。

多田直人

多田 僕は「容疑者Xの献身」には今回が初参加で、「容疑者Xの献身」初演とほぼ同時期に上演された「無伴奏ソナタ」に主演していたんです。で、先に開幕した「容疑者Xの献身」を観てあまりに面白かったから、プレッシャーを感じて。「このあとに続く作品で、つまずくことができないな」と焦った記憶があります。

──お二人にとっても衝撃的な作品だったんですね。

筒井多田 はい。

多田 キャラメルボックスの作品としては、舞台上で殺人シーンがあることも新鮮だったし、“ちゃんと殺していた”ので(笑)、それがけっこうショッキングでした。

筒井 そうだね(笑)。

──2009年の初演について、成井さんの記憶に残っていらっしゃることはありますか?

成井 そうですねえ……“加減”について考えましたね。例えば殺人のシーンをどれぐらいリアルにやるのか、現実感をどれだけ追求するのか。ずっとファンタジーやSFをやってきたので、この作品ほど現実的な世界観を扱った経験があまりなくて。だからホームレスの家が並んでいる様子とか、アパートで2部屋並んでいる様子とか、それまでの演出だったら実際に舞台上に2部屋を作ったりはしなかったと思うけど、この作品ではちゃんとやったんだよね。稽古でかなり試行錯誤したと思うけど……覚えてる?

筒井俊作

筒井 覚えてます! 本当にものすごく大変だった記憶があって。稽古の途中で盆舞台がないとできないとなって盆を用意したり、そのシーンに出ていない俳優が舞台裏で演出部の仕事も兼ねるんですけど、その“手”が多くてすごく苦労したり……。そういうことを積み重ねていきましたね。ただ再演はその下地ができていたので、もっとドラマ自体についてみんなで深く考えることができたように思います。

成井 そうだね。ちゃんと原作通りにやろうとしたおかげで、自分たちの首を絞めちゃったわけだ!(笑)

──それだけ作品へのリスペクトが強かったということですね。

成井 ええ。東野さんの作品はこれまで3作舞台化していますが、「容疑者Xの献身」が一番最初の作品だったんですよね。当時、東野さんとはまったく面識がなくて、噂ではとても厳しい人だと聞いていたので、初日にお会いするまではすごく怖くて……。

──東野さんはどんな感想を?

成井 「面白かった」と褒めてもらいました! 東野さん、GジャンとGパンですごくカッコいい感じで現れて、まったく怖くありませんでした(笑)。

──では初演ですでに、原作者のお墨付きを得たんですね。

成井 はい。舞台化した3作品とも、全部褒めてもらっています(笑)。うれしいですね。