音楽劇「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 -case.剥離城アドラ-」稽古場レポート|探究心とチームワークで立ち上げる“魔術ミステリー”

音楽劇「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 -case.剥離城アドラ-」が、12月から1月にかけて千葉、東京、大阪、福岡で上演される。三田誠による小説を舞台化する本作では、謎が謎を呼ぶ“魔術ミステリー”が展開。松下優也、青野紗穂らキャスト、そして演出の元吉庸泰を中心としたスタッフ陣は、どんな“魔術”を駆使して作品を立ち上げるのか? 本特集では、熱量渦巻くその稽古場に潜入し、作品の魅力を紐解く。

取材・文 / 川口聡

「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿」とは?

原作・三田誠、イラスト・坂本みねぢによる小説シリーズ。TYPE-MOON BOOKSより全10巻が刊行され、2019年からは角川文庫より文庫版が発売されている。メディアミックスとして、東冬作画によるコミカライズ作品が「ヤングエース」(KADOKAWA)にて2017年11月号より連載中。2019年7月から9月にかけてはテレビアニメ「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 -魔眼蒐集列車 Grace note-」が放送された。

物語の舞台はイギリス・ロンドン。極東の地方都市で行われた魔術儀式・第四次聖杯戦争の生き残りであるウェイバー・ベルベットは、同聖杯戦争で戦死した恩師ケイネス・エルメロイ・アーチボルトに対して強い罪悪感を抱いていた。ウェイバーは、魔術協会の総本山である時計塔でケイネスが教鞭を執っていた教室を買い取り、自らが現代魔術科の講師となることで教室を存続させる。義妹ライネス・エルメロイ・アーチゾルテによってエルメロイ派が背負う多額の借金と“君主(ロード)”の座を預かったウェイバーは、ロード・エルメロイⅡ世を名乗ることに。彼はライネスが持ち込む厄介な怪事件に挑むことになる。

音楽劇「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 -case.剥離城アドラ-」稽古場レポート

松下優也&青野紗穂の師弟コンビ、個性的な魔術師たちに注目

音楽劇「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 -case.剥離城アドラ-」の開幕が約3週間後に迫った11月下旬、ステージナタリー編集部は東京都内のスタジオを訪ねた。入口からスタジオ内を覗いてみると、思い思いにストレッチや発声練習をする役者たち、談笑しながらコミュニケーションを取るスタッフ陣の姿が見え、それぞれ稽古の準備に余念がない。そんなにぎやかな雰囲気の中で一際目を引いたのは、主演を務める松下優也がいすに深く腰掛け、真剣な眼差しで台本を読み込んでいる姿だ。と言うのも、松下が演じるロード・エルメロイⅡ世は“魔術絡みの事件”を解決するスペシャリストという役どころ。台本には“解説魔”のエルメロイⅡ世が口にする長大なセリフがびっしりと書き連ねられているのだった。

手前左からグレイ役の青野紗穂、ロード・エルメロイⅡ世役の松下優也。

稽古開始の時刻になると、先ほどまでの和やかなムードが一変し、俳優たちは自身が演じるキャラクターの空気を身にまとって、ファンタジックかつダークな劇世界へと没入していく。今作では、魔術師ゲリュオン・アッシュボーンの遺産にまつわる騒動を描いた「case.剥離城アドラ」のエピソードが展開。この日の稽古は、城に招かれた遺産相続の候補者たちが一堂に会し、互いの腹の内を探り合う1幕5場のシーンから始まった。

アクティングエリアの中央に据えられた長テーブルには皿やグラス、酒器といった小道具が並べられ、その後ろには階段をしつらえた大きな木製のセットが置かれていた。稽古用に組まれた仮のセットではあるが、その光景は古びた城内の禍々しさを連想させる。そこへ神妙な面持ちで登場した松下は、長ゼリフを淀みなく操りながら招待客に与えられた“天使名の謎”を解き明かし、“プロフェッサー・カリスマ”の異名を持つエルメロイⅡ世の天才ぶりを際立たせた。

探偵役として立ち回るエルメロイⅡ世のよき相棒として、助手役を担うのは青野紗穂扮するグレイだ。エルメロイⅡ世の内弟子であるグレイは、普段から大きなフードを目深にかぶって顔を見せないようにしている。今回が2.5次元作品初出演となる青野だが、エルメロイⅡ世のあとについて行動するグレイを心細そうな表情で巧みに演じてみせる。凸凹コンビの活躍を描く“バディもの”の側面を持ったこの作品では、師弟関係にある2人のコンビネーションも見どころとなっている。また殺陣に初挑戦する青野が、自身の身の丈ほどの大きな鎌を振り回して戦う姿も必見だ。

ハイネ・イスタリ役の百名ヒロキ。

松下&青野ペアを囲む共演者たちは、それぞれ一癖も二癖もある魔術師を演じる。名門錬金術師ハイネ・イスタリ役の百名ヒロキは、“騎士(ザ・ナイト)”と呼ばれる人格者のハイネを紳士的な立ち居振る舞いで体現。ハイネお得意の錬金術がステージ上でどのように再現されるのかも見逃せない。

コテコテの関西弁でマシンガントークを繰り広げるのは、時任次郎坊清玄役の木戸邑弥(中央)。木戸は飄々とした語り口と軽い身のこなしによって、女好きでお調子者の清玄を表現した。木戸と同じくエネルギッシュに場をにぎやかす役を担っているのは、胡散臭くも憎めない魔術使いフリューガーを演じる松田慎也だ。夕食を運んでくるメイド役のキャストたちに松田がちょっかいを出すアドリブも飛び出し、稽古場には笑いが生まれた。

化野菱理役の壮一帆。

そして遺産管理人として城に派遣された化野菱理役の壮一帆は、冷たく突き刺さるような声色を駆使し、騒がしく入り乱れる城内の空気を鎮める。ミステリアスな妖艶さをまとったその様は、しばしば“蛇”と形容される化野そのものだった。

“最適解”を探る元吉庸泰の演出、空間を包む和田俊輔の音楽

左からウェイバー・ベルベット役の植田慎一郎、演出の元吉庸泰。

個性あふれる俳優陣を演出家としてまとめ上げるのは「錆色のアーマ」「僕のヒーローアカデミア The “Ultra” Stage」といった2.5次元作品の演出で知られる元吉庸泰だ。稽古場で垣間見えた元吉の演出スタイルの印象は、とにかく“じっくり、丁寧”。元吉はシーンを通すたびに一旦稽古を止め、登場人物の感情、言葉の立たせ方について役者とディスカッションを重ねる。1幕6場で展開する、とあるバトルシーンでは、元吉も演出席から立ち上がり、自ら動いてみせながら、俳優たちの太刀筋を入念にチェックした。

稽古開始前のインタビュー(参照:ロード・エルメロイII世演じる松下優也「“魔術ミステリー”であり人間ドラマ」)では、松下が「元吉さんからは、この作品が本当に好きなんだという思いが伝わってくる」と、演出家への厚い信頼を語っている。その言葉通り、元吉はあくまで原作のイメージに寄り添いながら、舞台化作品としてできる“最適解”を導き出そうと思考し続けた。

アンサンブルキャストと話し合う元吉庸泰(手前左)。

劇中では場面転換の際に盆が回り、ステージ中央にそびえるセットが回転することでシーンが切り替わる。盆を回しているのは、執事や従者など、メインキャラクター以外の“存在”を演じ分けるアンサンブルキャストたちだ。元吉は「アンサンブルチームが、この劇世界を豊かにする要です!」と力説しながら彼らを鼓舞し、動作1つひとつに込めた意味を伝えていく。それは転換ひとつとっても、空間の隅々にまで目を光らせる元吉のこだわりが感じられる瞬間だった。

音楽劇「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 -case.剥離城アドラ-」稽古の様子。

稽古中盤にはキャスト全員で歌唱する場面も。本作では「ミュージカル『黒執事』」「ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』」、末満健一の「TRUMP」シリーズといった演劇作品の劇伴を数多く手がけてきた和田俊輔が音楽を担当している。和田によるクラシカルな楽曲が稽古場に流れると、松下が柔らかで甘美な歌声を響かせる。そこへ青野のパワフルな声や壮の艶やかな歌唱が重なり、スタジオは荘厳なハーモニーで満たされていった。本作には和田が得意とするトリッキーなリズム構成のナンバーがちりばめられ、悲愴の物語をより一層妖しく加速させる。

マジックやイリュージョンで立ち上げる“魔術”

稽古終盤では、エルメロイⅡ世の過去を描いた2幕冒頭のシーンが披露された。「case.剥離城アドラ」の時間軸からさかのぼること10年、第四次聖杯戦争に参戦する若かりしウェイバー役を植田慎一郎が務めている。植田はライダーとして召喚されたイスカンダルと共に戦場を駆けるウェイバーを体当たりで熱演。そんな過去の“覇権争い”を俯瞰するように眺めていたのは、浜崎香帆扮するライネス、納谷健扮するフラット、伊崎龍次郎扮するスヴィンの3人だ。舞台版では、この3人がストーリーテラー的な役割を引き受け、事件の外側からエルメロイⅡ世たちの行く末を見守る。

ロード・エルメロイⅡ世役の松下優也。

「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿」を舞台化するうえで、最重要と言っても過言ではないのが、魔術師たちが使う魔術の要素だ。スタッフにリアルマジシャンRYOTAの名がクレジットされていることからもわかる通り、劇中の魔術シーンには、マジックやイリュージョンの技術が取り入れられる。稽古では、スタッフ・キャストの枠組みを超えたところで、各々が魔術をよりよく見せるためにアイデアを出し合い、休憩時間にもマジックの練習を兼ねて、互いに技を見せ合う役者たちの姿があった。さらにこの日は、とある大掛かりな魔術を再現するための“装置”がスタジオに到着。その装置の試運転を眺めながら「すごい!」「きれい!」と感嘆の声を漏らす座組一同の声で稽古場が活気付いた。カンパニー一同の探究心とチームワークによって、舞台上にどのような魔術が立ち上がるのか、期待が高まる。その答えはぜひ劇場で確かめてほしい。