沖香菜子が新制作版で古典バレエの“美”を追求、東京バレエ団「眠れる森の美女」

2023年に東京バレエ団創立60周年記念シリーズの第2弾として初演された、東京バレエ団団長の斎藤友佳理の演出・振付による新制作版「眠れる森の美女」が、2025年4月に早くも再演される。劇中では、悪の精・カラボスの呪いを受けて長い眠りについたオーロラ姫とその王国が、100年後に現れたデジレ王子によって再び栄光を取り戻す様が描かれる。新制作版では、クラシックバレエの最高峰とされる本作を、“古典主義の端正さ”を歪めることなく、絢爛豪華な舞台装置や高い水準の演技によって立ち上げ、好評を博した。

ステージナタリーでは、このたびオーロラ姫を続投する沖香菜子にインタビュー。初演が、出産後初の古典復帰作となった沖が、「眠れる森の美女」への思いを明かした。

取材・文 / 富永明子(サーズデイ)撮影 / 秋倉康介ヘアメイク / 猪狩友介(Three PEACE)衣裳協力 / [ドレス]TOCCA、[ピアス・リング]シンティランテ(イセタンサローネ 東京ミッドタウン)

“確かめ合う時間”ができたことで感情がつながった

──2023年秋に、当時芸術監督だった斎藤友佳理さん(現団長)によって新制作された「眠れる森の美女」(以下「眠り」)が、今年の春に再演されます。古典バレエの大作として伝統的な世界観は守りながらも、現代のお客様にも観やすい工夫が随所になされていましたが、沖さんが今まで踊られてきたさまざまなバージョンと比べて、最も違いを感じたのはどんな部分でしたか?

今までに踊ってきた「眠り」と比べると、2幕に大きな違いがあると思います。一般的には2幕の“幻影の場”と呼ばれるシーンでは、デジレ王子はリラの精によって見せられたオーロラ姫の幻と共に踊ります。でも、私たちの「眠り」では、王子が姫の幻影を一方的に見るのではなく、オーロラ姫も同時に夢の中で王子の姿を見ているという設定になっています。

沖香菜子

沖香菜子

──そのことを表現するために、振付も特別なものになっていましたね?

はい。2人は別の次元にいるので、幻影の場でオーロラ姫と王子が触れ合うことは一切ありません。少し目が合うくらいで、手を取ったり、一緒に踊ったりすることはないのです。触れ合わないけれど、お互いに何か惹かれ合うものがある……という感情を表現するのは難しいのですが、そこが面白いところでもあります。

──王子だけが彼女の姿を見ているのではなく、オーロラ姫もまた夢の中で彼に出会っているから、お城でキスをされて出会ったときに自然と心が動くのですね。

ほとんどの「眠り」だと、オーロラ姫は目覚めてすぐに結婚を決めるので、気持ちの流れを作るのが難しいときがあります。でも、このバージョンはキスされたあとに“目覚めのパ・ド・ドゥ”と呼ばれる短い踊りがあるので、そこで「夢の中で出会っていたのはあなただったのね」とお互いに確かめ合う時間ができました。それによって結婚へと自然に気持ちが向かい、感情につながりが出たように感じます。

沖香菜子

沖香菜子

──ご自身が出ていないところで、好きなシーンはありますか?

どの場面も好きなのですが、斎藤版「眠り」は全体的に振付が難しくアレンジされていることが多いんです。一部(オーロラ姫と王子のグラン・パ・ド・ドゥ、青い鳥とフロリナ王女のパ・ド・ドゥ、リラの精のバリエーションなど)は原振付をとどめているのですが、それ以外のバリエーションには手が加えられて、難しくアレンジされています。それを踊りこなせる東京バレエ団のダンサーたちが素晴らしくて、観ていると私も「おおっ!」と声が上がってしまいますね。

東京バレエ団「眠れる森の美女」(2023年公演)より。(Photo by Shoko Matsuhashi)

東京バレエ団「眠れる森の美女」(2023年公演)より。(Photo by Shoko Matsuhashi)

──初演を拝見したのですが、プロローグに出てくる5人の妖精たちのバリエーションの難易度の高さには目を見張りました。

そうなんです! 今バレエ団にいるダンサーたちが踊りこなせてしまうので、本当に難しい振付になっていて、今後この作品を踊る後輩たちに恨まれるだろうなと思います(笑)。そのくらい難しい振りなのに、どのダンサーも素晴らしい踊りなので、お客様にもぜひ驚いていただきたいです。

──踊りはもちろんですが、舞台装置や照明、衣裳など、細部に至るまで美しかったのも印象に残っています。

セットがとても壮大で、色彩も美しいですよね。私たちも踊りながら「眠り」の世界観に入り込むことができました。2幕の大掛かりな仕掛けは見どころの1つです。

東京バレエ団「眠れる森の美女」(2023年公演)より。(Photo by Shoko Matsuhashi)

東京バレエ団「眠れる森の美女」(2023年公演)より。(Photo by Shoko Matsuhashi)

古典バレエの“美”を追求していきたい

──オーロラ姫は1幕の登場シーンからジャンプの多い振付で、すぐにコントロールの必要なローズ・アダージオへと続き、ゆったりと長いバリエーションへ……と出てきた瞬間からタフに踊りっぱなしで、気力・体力共にコントロールが必要な役だと感じます。沖さんはどんな風に心身を調整されているのでしょう?

私はいつも、出番まで時間がある作品って難しいなと思うんです。オーロラ姫もプロローグは出ないので、数十分の間ずっとそわそわしっぱなし。しかも、登場するときの音楽が気持ちをかき立てる音なので、すごくドキドキするんです(笑)。でも、オーロラ姫が16歳の誕生日を迎えて、社交界にデビューする場面なので、彼女も私と同じようにそわそわドキドキしていたのかも……と考えると、その感情のままで出ていけばいいのかなと思うようになりました。出るといきなりハードに踊るので、登場前は絶対に身体を落とさないようにしたくて、舞台袖でずっとタンデュしたり、ストレッチしたりしています。

──全幕を踊り終えるころにはきっとヘトヘトですよね。

でも、この作品はハッピーエンドで幸せな気持ちで終われるので、疲れよりも心地良さを感じることのほうが多いです。

沖香菜子

沖香菜子

──斎藤友佳理さんからはどのような指導がありますか?

舞台では一歩踏み出す足、差し出す手、顔の向きや使い方まで、すべて計算しておく必要がありますが、そこにそのときの感情もプラスできれば、より深みのあるダンサーになれると感じています。友佳理さんからは、そういった精神的な部分での表現の仕方や、表現の引き出しを増やしていただいていますね。実際に動いて「こんな感じ」と見せてくださることもあるので、身体を使いながら表現方法を一緒に探ってくださいます。

──オーロラ姫はもう数えきれないほど踊っていらっしゃると思いますが、表現への追及は果てしないものなのですね。

どの作品でも同じですが、古典バレエは特にどんなときも“美”を追求していかないといけません。毎回そのときの自分の限界は出しているつもりですが、これからももっともっと美しいラインを追い求めていきたいです。

東京バレエ団「眠れる森の美女」(2023年公演)より。(Photo by Shoko Matsuhashi)

東京バレエ団「眠れる森の美女」(2023年公演)より。(Photo by Shoko Matsuhashi)

自由な秋元康臣は毎回同じことをしないタイプ

──再演も、初演と同じパートナーの秋元康臣さんですね。沖さんからご覧になって、秋元さんのデジレ王子の魅力とは?

秋元さんは舞台に出てきただけで王子様そのものになれるダンサーなので、ずるいんです(笑)。私は彼が醸し出す空気に乗って踊っています。長年ご一緒しているので信頼や安心感はありますが、彼は絶対に毎回同じことをしないタイプ。私はなんでも決めたがりなのですが、彼は決めてしまうのを嫌がるんです。

沖香菜子

沖香菜子

──お二人は反対の性格なのですね! 秋元さんはどんなところを変えてくるのですか?

踊りは振付どおりなのですが、主に演技の面ですね。例えば「このタイミングで手を出してほしい」と言っておいても、そのタイミングには絶対に出てこない(笑)。そのときの感情やムード次第で、今だと思ったときに手を出すのが秋元さんです。でも、自由だからこそ私も自然な感情が出やすいですし、毎回同じようにならないので面白いですね。

東京バレエ団「眠れる森の美女」(2023年公演)より。(Photo by Shoko Matsuhashi)

東京バレエ団「眠れる森の美女」(2023年公演)より。(Photo by Shoko Matsuhashi)

出産後、身体の使い方を考える機会が増えた

──おととしの初演時は産休から復帰されたばかりでした。それから2年、ご自身でどんな変化を感じていますか?

前回に比べると、身体は動きやすくなっていますね。友佳理さんにも「変わったね」と言っていただけました。ただ、出産を経て、身体は完全に元通りとはいかないです。やりにくくなった部分も多いのですが、おかげでより身体の使い方を考えることが増えて、結果的に良くなったこともあるんですよ。身体を一から新たに作り上げている感覚があります。

──お子さんはもう2歳になられたのですね! 子育てされながら踊る生活にはもう慣れましたか?

2歳になるといろいろなことがわかってきて、最近は「ママ、お仕事しないで!」なんて言われて切ない気持ちになることもあります……。子供の成長に伴って、その時々で向き合い方も変わってくると思うので、育児は楽しさもあり、難しさもありますね。大きく変わったのは、時間の使い方です。今は24時間丸ごと自分だけのものではないので、「この時間は子育て」「この時間は仕事」のように、そのときそのときを大切に、全力で取り組むようになりました。

沖香菜子

沖香菜子

──最後に、今回の「眠り」をご覧になるお客様におすすめポイントを教えてください。

「眠り」は古典バレエの美しさが全部詰まった作品です。ディズニー映画にもなっていて多くの方が物語をご存じだと思いますので、難しいことは考えずにそのまま楽しんでいただけます。さらに今回は、毎年ゴールデンウイークに上野で開催している「上野の森バレエホリデイ」の一部としての上演になるので、ロビーもお祭り仕様になっています。劇場というものをより身近に、楽しい場所に感じていただける機会になると思いますので、普段あまり劇場にいらっしゃらない方やお子さんのいるご家族にもぜひご覧いただきたいです。上野でお待ちしております!

東京バレエ団「眠れる森の美女」(2023年公演)より。(Photo by Shoko Matsuhashi)

東京バレエ団「眠れる森の美女」(2023年公演)より。(Photo by Shoko Matsuhashi)

プロフィール

沖香菜子(オキカナコ)

神奈川県生まれ。東京バレエ団プリンシパル。4歳でバレエを始める。2008年に文化庁新進芸術家海外研修制度に合格しボリショイ・バレエ学校に留学。2010年に東京バレエ団に入団、2018年にプリンシパルに昇進した。主なレパートリーに、ブルメイステル版「白鳥の湖」のオデット / オディール、「ドン・キホーテ」のキトリ、「ラ・シルフィード」のラ・シルフィード、「ジゼル」のジゼル、「ドリーム・タイム」、「ザ・カブキ」のおかるなど。バレエ団初演作品にノイマイヤー版「ロミオとジュリエット」のジュリエット(2014年)、ベジャール「第九交響曲」(2014年)、ロビンズ「イン・ザ・ナイト」(2017年)、「海賊」のメドーラ(2019年)、勅使川原三郎「雲のなごり」(2019年、世界初演)、「くるみ割り人形」のマーシャ(2019年)、「かぐや姫」の影姫(2023年、世界初演)、「眠れる森の美女」のオーロラ姫(2023年)などがある。