人間臭い人たちで4人芝居を
──キャストには、新国立劇場に初登場となる浅丘ルリ子さんをはじめ、魅力的なキャストが集まりました。
宮田 題材が硬質になり気味なので、とても人間臭い人たちにやってもらいたいなと思いました。マージョリー役は、ある年齢の方にやっていただきたかったんですよね。どなたもそうですが、あるお歳を超えられるとセリフ覚えのことを皆さんご心配されますが、浅丘さんは演じることへの情熱がとにかくすごい。人との関係性にも敏感な方にやっていただきたかったので浅丘さんにお願いしました。実を言うと浅丘さん、だいぶ悩んではいらっしゃいましたが、最終的に「やるわ」とおっしゃってくださって。あとで「やると言ったけどこんなに難しい台本とは思わなかったわ!」ともおっしゃっていましたが(笑)。
──マージョリーは台本上、85歳のごく普通の主婦という設定で、浅丘さんがこういった役をやられるのはとても意外です。
三崎 ある意味、浅丘さんにとってもものすごいチャレンジだと思いますね。浅丘さんは僕が物心付いたときから大スターで、カッコいい女性という印象。その方にこの役をやっていただけるのは、本当にありがたいです。そしてマージョリー役が決まってから、ほかのお三方をイメージしていったのですが、ぜひ、と思った方々にそれぞれお引き受けいただけて。
宮田 マージョリーは娘のテスにとって、ある意味偉大な超えられない存在。その構図と、浅丘さんに立ち向かう香寿さんという図がいいなと思ってテス役を香寿さんにお願いしました。2人が親子関係を演じると、ステレオタイプの母娘ではなく、“個”の顔を出してくださるだろうと思って。香寿さんは「朱雀家の滅亡」(2011年)でおれいの役をやっていただいて、腹の底から女の情念や憎しみ、恨みを絞り出すような演技が素晴らしかった。そこで彼女に今回も頼りたいなと思いました。その旦那さんであるジョン役には相島さん。相島さんとは何本もご一緒していますが、彼のあの優しさ、デリケートさ、そして悲しみを抱えながらも歯を食いしばって笑顔を作る芸風こそ“あいちゃん”だと思っていて(笑)。ジョンはいつも手を広げて、「僕はなんとでもするよ」って母娘を受け止めようとする。その哀愁と包容力を出せるのは相島さんだと思っています。佐川さんも何度も一緒にやっているのですが、彼は誠実な芝居を、きちっとしてくれる人。演じようという感じではなくて、ちゃんと“人”を作ろうとして一生懸命もがくんです。そこに信頼感が持てるし、だからこそ彼が作ってくれる人物はいつも愛おしいんですよね。今回も心優しい清潔な青年を作ってくれるだろうと信頼してます。なので、今回の座組は本当にいいメンバーがそろったと思います。
海外同時代作家の目で世界を見る
──「プライムたちの夜」の作者、ジョーダン・ハリソンは1977年生まれ。本シリーズ企画で取り上げられた作家は、ドナルド・マーグリーズを除き70、80年代生まれの三十、四十代が中心です。宮田さんは、「かさなる視点」シリーズ(参照:「かさなる視点」上村聡史&宮田慶子 / 小川絵梨子)をはじめ、日本の三十、四十代の劇作・演出家たちとも深く関わられていますが、それぞれの相違点をどう感じていらっしゃいますか?
宮田 日本の作家たちの作品を読む機会は多いのですが、以前は社会との接点が少ない作品が多く、現代とどう切り結びたいのかがわからない時期があり、気になっていました。今はだいぶいろんな形が出てきましたね。ただこれは劇作家に限らず、日本人自体がグローバルな社会の問題に対して少し腰が引けがちなので、そこに真っ向から取り組んだ作品は、海外に比べるとなかなかないように思います。
三崎 それは戯曲だけではなく、文学でも同じような傾向があるのではないでしょうか。
宮田 そうかもしれません。今、ヨーロッパもアメリカも移民が大きな問題となっていますが、異文化と出会うことで自分のアイデンティティはものすごく見つめ直される。現在の日本で移民問題はまだ海外のような切実さはありませんが、ちゃんと目を開けば、原発問題をはじめさまざまな問題があって。そういった社会的な問題を見つめた作品を、日本の劇作家たちにもどんどん描いていってほしいなと思いますね。
三崎 日本の作家たちは驚くほど細やかな視点をもっていますから、そのよさは残してもらいつつ、この島国から少し視点を広げるような作品が生まれてくるといいなと思います。
──観客にとっては、海外同時代作家の目線に触れることで新たな視野が広がりそうです。
三崎 このシリーズの作品は、ひょっとすると、お客様がご自分で結末を考えないといけないかもしれません。そこに想像力を働かせて楽しんでいただきたいなと思います。
宮田 「プライムたちの夜」に関して言えば、さまざまな問題提起がありラストもつらい部分がありますが、でも台本の中で「なんて素敵なの。誰かを愛せたってことは」というセリフがあるんですね。老いによって細かい記憶は消えてしまうかもしれないけれど、愛するという思いを持てたことが、たったひとつよかったことだと。どんなに技術が進んでも、愛するってことはやっぱり人工知能にはできないんじゃないかなと思っていて、そのことがぽんと最後に、胸に灯る火のように観せられたらと思っています。
- 新国立劇場 2017/2018シーズン
開場20周年記念公演 「プライムたちの夜」 - 2017年11月7日(火)~26日(日)
東京都 新国立劇場 小劇場 - 2017年11月29日(水)
兵庫県 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
- 作:ジョーダン・ハリソン
- 翻訳:常田景子
- 演出:宮田慶子
- 出演:浅丘ルリ子、香寿たつき、佐川和正、相島一之
- 宮田慶子(ミヤタケイコ)
- 1980年、劇団青年座 文芸部に入団。1983年青年座スタジオ公演「ひといきといき」の作・演出でデビュー。翻訳劇、近代古典、ストレートプレイ、ミュージカル、商業演劇、小劇場と多方面にわたる作品を手がける一方、演劇教育や日本各地での演劇振興・交流に積極的に取り組んでいる。主な受賞歴に、第29回紀伊國屋演劇賞個人賞、第5回読売演劇大賞優秀演出家賞、芸術選奨文部大臣新人賞、第43回毎日芸術賞千田是也賞、第9回読売演劇大賞最優秀演出家賞など。2010年に新国立劇場 演劇部門の芸術監督に就任、16年4月より新国立劇場演劇研修所所長。また公益社団法人日本劇団協議会常務理事、日本演出者協会副理事長も務める。
- 三崎力(ミサキチカラ)
- 新国立劇場演劇制作。京都市出身。これまで、パナソニック(現、東京)グローブ座、Bunkamuraシアターコクーン、兵庫県立芸術文化センター、さいたま芸術劇場で演劇制作に携わる。2009年4月より、現職。