「プライムたちの夜」宮田慶子&プロデューサー・三崎力|人工知能を前に、人間は自分の人生の何が残せるのか?

自分の人生の何が残せるか

──同シリーズの4作品では、過去からの因縁として現在に続く、紛争や人種の問題を主軸にしていました。一方、「プライムたちの夜」は現在から未来に向けた、老いや家族の問題をテーマにしています。5作目に本作を選ばれたのはなぜですか?

左から三崎力、宮田慶子。

宮田 人生の終焉を自覚したとき、人間は自分が生きてきた時間はなんだったのか、何を成し得、何ができなかったのか、何を残せればよかったのかと、いろいろなことを考えるようになる。日本も高齢化社会になり、人生80年どころか100年と言われるようになって、“後ろ”はどんどん延びていっているのだけれど、それは同時に“自分が何を成し得たのか”という問題に向き合わなければいけない時間が延びていることでもあります。「プライムたちの夜」にはプライムという人間そっくりなアンドロイドが登場し、それにある人間の情報をインプットして“その人”に近付けていきますが、その作業がある種リトマス試験紙になると言うか、つまり自分の人生の何を一体そこに移し替えられるのかということが、つくづく考えさせられるドラマだと思います。この“自分の人生の何が残せるのか”という点について、作家の目線は辛辣で、しんどくなるくらい厳しい見方がされていると思いますね。ある意味悲観的に「何も残せるものはない」と言われているようにも取れるし、「形は残らないけど記憶には何かが残せる」と言われているようにも取れる。いずれにしてもとても切実なメッセージが込められていて面白かったし、「なんてクールな台本なんだろう」と、そこにひたすら惹かれましたね。

三崎 台本では、“プライムは実体を持つロボットではない、例えばホログラフで表現してもいい”とされています。となると、プライムは自分の心の投影だったり、過去の幻影だという解釈もできますし、また会話は極めてナチュラルに展開していて、実は面白いセリフもいっぱいあるので、あまり近未来やSF的な世界観ではなく、普通のドラマとして観られるのではないかと思います。

宮田慶子

宮田 そうですね。また本作には、老いの問題と同時に、家族の問題も含まれている。浅丘ルリ子さん演じるマージョリーと香寿たつきさん演じるテスは親子で、相島一之さん演じるジョンとテスは夫婦ですが、いろいろ語られるうちにわかってくるのは、どの関係も決して幸福なものではなく、少し歪んでいるということ。お互いが生きているうちは、とてもいい関係を表面上演じているんだけど、どちらかが亡くなったときに、じゃあ本当にどこまでわかり合えていたのかと考えると、実はよくわかっていなかったことが明らかになる。こんなに愛し合っていて一見すると幸せなファミリーなのに、なぜお互いをわかりあえてないんだろうって、そこが実につらいですね。でも多くの場合は“思いやり”と言うか、親子や夫婦だからこそ本当のことは言わない、ということもあるじゃないですか。その“思いやり”によって嘘を重ねていくと、取り返しがつかない“溝”になってしまう。これは悲劇ですよね。そういった意味では、どんなにわかり合えているように見える夫婦でさえ、根源的に抱えている1人の人間としての孤独というものは、やはり共有できない。まったくの“個”の問題として、自分が抱えて死んでいくしかないという、ここも普遍的な切ない問題を描いていると思います。

アンドロイドは本物になり得るか

──プライムに情報をインプットする際、その情報がどのくらい精度が高い情報かも重要になりそうです。

宮田 今、“終活”と称されて自伝を書かれる方も多いけれど、ご本人が事実として書いた内容を、その人が亡くなったあとに読んだ人が「ふーん、こうなりたかったんだね」と思うようなこともあって(笑)。

三崎力

三崎 本人は本当のことをしゃべっているつもりだけど実は美化された過去だったり、願望があたかも事実のように語られていたり(笑)。

宮田 そうなると記憶も確かではない。本人が語る“事実”でさえ定かではないとすると、人間の真実はどこにあるのか、本当にわからないですよね。またある人の情報をインプットする際に、自分がやっても他人がやっても、主観的、客観的に少しずつ事実とは異なる情報がインプットされていくわけで、となるといつまで経っても永遠に、アンドロイドは本物にはなり得ないわけです。それをざっくりとした楽観論として、“人間は複雑で単純にロボットにインプットできるようなものではない”ということもできます。けれど一方で、今のAIは多元的な思考など人間よりはるかに優秀だと思うから、人間のほうが複雑ということでもないなと思いますし……人間を完全に写し取れるAIってできるのかな。

三崎 人間は感情の動物ですから、毎朝同じように生活し、同じように感じているようでいて、微妙に違う。それを全部、完璧に写し取ることはできないんじゃないでしょうか。

宮田 そう! でも演出家って、基本的に毎日役者さんには同じ状態で、同じ仕事をしてほしいんです!(笑) もちろんそうはならなくて、今日は天気がいいとか、昨日飲みに行ったとか、そういうことですぐ芝居が変わるんですけど。役者さんって正直だからフェロモンやアドレナリンの出方で声帯がまったく変わるし(笑)。だから芝居に関わっている間は、芝居が変わらないように、毎日平穏に何もしないでくれって思う。

左から三崎力、宮田慶子。

三崎 (笑)。でもいつ何が起こるかわからない、それが人間じゃないですか。僕も制作を20年やっていますが、1回たりとして昨日と同じ芝居だったことはないです。俳優さんも生き物だと言ってしまえばそうなんですけど。

──最近はアンドロイドが出演する舞台もあります。

宮田 実験的ですよね。

三崎 ロボットオーケストラなんて試みも始まっているようですが、一般化していくのでしょうか。僕が生きている間にはないかな、と思いますが……。

新国立劇場 2017/2018シーズン
開場20周年記念公演 「プライムたちの夜」
新国立劇場 2017/2018シーズン 開場20周年記念公演「プライムたちの夜」
2017年11月7日(火)~26日(日)
東京都 新国立劇場 小劇場
2017年11月29日(水)
兵庫県 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
  • 作:ジョーダン・ハリソン
  • 翻訳:常田景子
  • 演出:宮田慶子
  • 出演:浅丘ルリ子、香寿たつき、佐川和正、相島一之
宮田慶子(ミヤタケイコ)
宮田慶子
1980年、劇団青年座 文芸部に入団。1983年青年座スタジオ公演「ひといきといき」の作・演出でデビュー。翻訳劇、近代古典、ストレートプレイ、ミュージカル、商業演劇、小劇場と多方面にわたる作品を手がける一方、演劇教育や日本各地での演劇振興・交流に積極的に取り組んでいる。主な受賞歴に、第29回紀伊國屋演劇賞個人賞、第5回読売演劇大賞優秀演出家賞、芸術選奨文部大臣新人賞、第43回毎日芸術賞千田是也賞、第9回読売演劇大賞最優秀演出家賞など。2010年に新国立劇場 演劇部門の芸術監督に就任、16年4月より新国立劇場演劇研修所所長。また公益社団法人日本劇団協議会常務理事、日本演出者協会副理事長も務める。
三崎力(ミサキチカラ)
新国立劇場演劇制作。京都市出身。これまで、パナソニック(現、東京)グローブ座、Bunkamuraシアターコクーン、兵庫県立芸術文化センター、さいたま芸術劇場で演劇制作に携わる。2009年4月より、現職。