芸術監督・小川絵梨子に密着|新国立劇場 シーズン ラインナップ説明会レポート

新国立劇場では毎年1月上旬に、オペラ・舞踊・演劇が合同で来シーズンのラインナップ発表会を行なっている。雑誌、新聞、Web、テレビなどさまざまなメディアの前で、各部門の芸術監督がラインナップ作品それぞれの紹介と、芸術監督としての思い、展望などを語る貴重な場だ。

ステージナタリーでは1月8日に開催された新国立劇場2020 / 2021シーズン ラインナップ説明会の模様と、部門別に行われる記者懇談会の様子をレポート。さらに発表会と懇談会終了直後に、演劇芸術監督・小川絵梨子にインタビューを実施した。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 川野結李歌(P2)

※初出時、本文に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。

新国立劇場 2020 / 2021シーズン ラインナップ説明会&部門別記者懇談会レポート

大野和士、吉田都、そして小川絵梨子

大野和士

1月8日に東京・新国立劇場にて、2020 / 2021シーズン ラインナップ説明会が開かれた。会場となったのは、新国立劇場の中でも比較的大きい稽古場で、記者用の長机と椅子がずらっと用意され、部屋の一番奥には新国立劇場のロゴを白とブルーの格子柄に組んだパネルが設置された。受付開始と同時に記者たちが続々と集まり、会場はすぐにいっぱいになる。年初ということもあり、会場のあちこちで年初の挨拶も聞かれる中、和やかな雰囲気のままラインナップ説明会はスタートした。司会者の呼び込みで、オペラ芸術監督・大野和士、舞踊の吉田都、そして演劇の小川絵梨子が会場に姿を見せる。全員、黒を基調としたシンプルな出で立ちで、登壇席に3人が並ぶと、会場にキリッとした空気が流れた。

新国立劇場のシーズン ラインナップ説明会では、毎年各部門の芸術監督が作品の紹介や見どころを解説する。オペラ、舞踊、演劇の順番で紹介が行われ、まずは大野が挨拶を述べた。「今回で3シーズン目となりますので、1シーズン目に立ち上げたプロダクションが、次年度はまた巡ってくるという算段になっております」と穏やかな笑顔で会場を和ませた大野は、新シーズンの注目作として新制作の「夏の夜の夢」「夜鳴きうぐいす / イオランタ」「カルメン」、そして藤倉大の新作「アルマゲドンの夢」について熱っぽく語る。特に藤倉の新作については「世界の注目を集めることになるでしょう」と自信をのぞかせる。語りながら大野の口調にはさらに熱がこもり、オペラのラインナップ全作品について見どころを説明し始める。そんな大野の覇気ある語り口に、来シーズンへの期待がグッと高まっていった。

吉田都

続けて吉田が登壇。「在任中に目指したいことについてご説明したいと思います」とやや緊張の面持ちで切り出した吉田は、「まず作品選びに関してですが、新国立劇場のバレエ団は20年以上積み上げてきたものがありますので、それを大事にしつつ新たなものをと考えています」と、これまでのバレエ団の歴史を尊重しつつ、ラインナップに込めた自身の考えを語る。さらに「振付家の発掘と育成も大切」と言い、「新国立劇場から世界に発信できるような作品が作れたらいいなと思っています」と期待を込めた。また「バレエでの社会貢献も考えています。日本に戻って来てから感じていることですが、ダンサーを取り巻く環境を向上できたら」と決意を語る。吉田が話す様子を、小川は時にうなずき、時に笑顔を見せながらじっと見つめていた。

演劇の新シーズンは「人を思うちから」シリーズが始動

小川絵梨子

最後に小川がマイクを持つ。小川は、「2020 / 2021シーズンのトップは、久しぶりに、海外の招聘公演からスタートします」と、落ち着いた口調でラインナップ紹介を始めた。「まずはオデオン座で制作されます、『ガラスの動物園』。そして私を含む3人の芸術監督の時代を経て上演されてきた、鵜山仁さん演出のシェイクスピア歴史劇シリーズが、『リチャード二世』でいよいよ完結します。また子供と大人が楽しめる演劇の第3弾として『ピーター&ザ・スターキャッチャー』をノゾエ征爾さんの演出で。もともと大人向けに書かれたピーターパンの前日譚ですので、ご家族もしくは演劇を観たことがないお子さんにもぜひ来ていただけたら」と話す。また2020年シーズンの大きな目玉として、「斬られの仙太」(上村聡史演出)、「東京ゴッドファーザーズ」(藤田俊太郎演出)、「キネマの天地」(小川演出)の3作品を含む「人を思うちから」シリーズを挙げる。「『人を思うちから』にはいろいろな意味が考えられますが、“日本人は人のことを思うことができる”、それは素晴らしいことだと思っていて。もちろん独立心や個性も大事ですが、人を思うことができるということは、誇るべきことではないかと。こんな素敵な側面が私たちにはあるのだと感じられたらと思います」とシリーズに込めた思いを語った。小川は自身の演出作「キネマの天地」を「優しさと愛がある作品」と評し、「『キネマの天地』の小春役は、中学1年生のときにオーディションで勝ち取った役(笑)」と明かした。

左から小川絵梨子、大野和士、吉田都。

続けて短編フェスティバルについて言及。小川は「短編はなかなか上演機会がない。今回は劇場という形にとらわれず、劇場のあちこちで短編の上演会ができたら。古典から若手の作家の新作までを、若手からベテランまでさまざまな演出家に上演していただきます。“初めての演劇”とキャッチコピーを掲げていますが、演劇に触れたことがない方にも来ていただけたら」と思いを述べる。さらに昨年度よりスタートしたロイヤルコート劇場との劇作家ワークショップやこつこつプロジェクトも続けていくことを明かした。

続けて質疑応答の時間が設けられ、記者から8月に上演される「Super Angels スーパーエンジェル」について質問が寄せられた。大野は同作がオペラ、バレエ、演劇3部門が協働する演目であることに触れ、「オリンピックのタイミングで、新しい聴衆を新国立劇場に呼びたいということでやっている作品です。アンドロイドが50人くらいの子供さんたちのコーラスと大人のコーラスと共演します。その演出をしていただくのが小川さんです」と小川に話を振ると、突然の展開に小川は少し焦りながら、「オペラをやるのは初めてで、大野先生やいろいろな方に教えていただきながらやっています。私自身、どうなるか見えないところがあり不安はありますが、心に届くオペラになればいいなと思っています」と心境を語った。

部門別懇談会では、より身近な対話を

記者懇談会の様子。小川絵梨子(右)。

ラインナップ発表会ののち、3部門それぞれに分かれて、30分程度の記者懇親会が行われた。演劇は20席程度の椅子を円状に並べ、小川もその一端に加わって、記者も小川もそれぞれの顔が見える形で進行。懇親会では毎年、基本的に記者からの質問に小川が返答するというスタイルで、発表会より少し突っ込んだ小川の考えや思いを引き出す場となる。今年は「ガラスの動物園」を手がけるイヴォ・ヴァン・ホーヴェ、小川と世代の近いノゾエ、藤田らに対する思い、さらにこつこつプロジェクトや新国立劇場養成所との関係について質問が寄せられた。小川はすべての質問に静かに耳を傾け、ラインナップ発表会のときよりもラフな口調で、自分の思いや現状についてざっくばらんに回答する。今年に限ったことではないが、小川の飾らない語り口は記者たちの緊張も解き、懇談会は時折笑いも起きつつ、和やかに進行する。またこの場では、「人を思うちから」というシリーズテーマと現在の世界情勢に対する小川の思いも問われた。小川は中東の状況に触れながら、「損得や正しい / 正しくない、強い / 弱い、政治的に有利か否か、生産性があるかどうかということより、人が人を思える力は非常に大切ではないかと思っています」と話し、「日本の演劇の一般的な“情”を描いた作品って、欧米の演劇ではなかなかお目にかかれません。欧米では基本的に、演劇って社会批判するものですから。そんな日本にしかない、“情”を描いた豊かな作品を、“人を思うちから”を改めて信じて誇りにしたいと思います」と思いを語り、懇談会は終了した。


2020年1月31日更新