ステージナタリー Power Push - コドモ発射プロジェクト「なむはむだはむ」
谷川俊太郎×岩井秀人
言葉のほどき方を谷川俊太郎に習う
言葉、音楽、身体の関係性
谷川 僕が詩を書き始めたのは友達に誘われたからで、そもそも音楽で目覚めた人間なんですね。第二次世界大戦中、ラジオで戦況を知らせるニュースが流れるんです。勝ってる感じのときは軍艦マーチで、負け戦じゃないかってときは信時潔さん作曲の「海行かば」って曲で始まって。その「海行かば」って曲にまず僕はイカれてね。言葉は全然わからなくてハーモニーにしびれたんです。そこが入り口で、そのときに喜怒哀楽って感情じゃなくてもっと次元の違う、感動っていうのを初めて感じたわけね。だから詩を書いてても、日本語の持つ“調べ”に意識がいってるから、わりとゆるみやすい日本語になっていると思いますね。「鉄腕アトム」とか「ハウルの動く城」なんかは曲先だったんですけど……。
岩井 え、「鉄腕アトム」もそうなんですか?
谷川 そうそう、高井達雄さんの素晴らしい楽曲に「じゅうまんばりき♪」とかって言葉を当てはめて、うまくいかないところは「ラララ」って。
岩井 え! その順番で考えると「ラララ」ってなんか……(笑)。
谷川 でもみんな一番そこにノるよね(笑)。あと、詩として書いたものが合唱曲になったものもあるし、息子がユニットDiVaのミュージシャンなので、彼と書いた歌ですごく好きなものもあります。
──音楽がつくことで詩が再発見されることはありますか?
谷川 やはり活字で読む詩より聴くほうがはるかにいいってことはあるんですよ、悔しいけど。もちろんその逆もありますよ。でもだいたい歌になるとうれしいですね。自分の詩が立ち上がって羽ばたいたような気がして。
岩井 そういう視点は、僕はあまりまだ知りませんね。
──今回は戯曲の一部が歌になったりすることもありそうですか?
岩井 そういうのもいっぱいあると思いますね。好きな単語をみんなで言う、みたいなところから稽古が始まると思うので。
──また、夏のワークショップでは森山未來さんと森下真樹さん主導で、身体を使ったワークショップも行われました。
岩井 ワークショップでは、みんなで音を聴きながら目をつぶって身体の動かしたいところを動かしてみたり、自分が好きな音がするほうに目をつぶったまま動いていったり、ってことをしました。言葉と身体の関係は、僕はまだよくわかりませんが、それは面白かったな。
──谷川さんは近年のインタビューで、身体に対する意識が詩にも影響を与えている、とお話されていますね。
谷川 健康だったおかげで、僕は身体についてこれまであまり意識せずに来られたんですね。でもDiVaと一緒にツアーをするようになって若いもんの足手まといになりたくないし、そのうち呼吸法の先生に出会って、身体のことを考えるようにもなりました。今は基本的に1日1食で玄米菜食。
岩井 1食、いつ食べてるんですか?
谷川 夜。晩飯。だからそれまで身体と言葉の関係なんてあんまり考えたことなかったんです。ただ身体っていうのはすごく精緻なメカニズムを持っていて、例えば目が痛いときにもしかしたら足の指と関係していたりするってことがあるじゃないですか。ということにだんだん気がつくようになっていて、それが言葉の出方とどうつながっているかはまだよくわからないんだけど、さっき言ったように、地面の下から言葉がぽこっと出てくるみたいなことは、身体とどこか関係している感じがしますね。
──谷川さんのひらがなだけで書かれた詩は、特に一つひとつの言葉が粒立って見えるというか、踊っているような感じがします。
谷川 例えば「社会」とか「世界」とか、明治以降の輸入された観念語、抽象語の類というのはどうしても身体がついてこないですよね。でもひらがな表記で、できるだけもともとの大和言葉に近いものにしていくとそれだけでだんだん暮らしに根付いた言葉、身体に即した言葉になるんです。それとね、僕は日本語ってどうしてもあまりリズム的なものがないと思ってるんです。要するにピッチ(高低)アクセントでしょう? 僕は“調べ”って言ってるんですけどね、英語なんかだとストレス(強弱)アクセントだから明らかにリズムになるんです。だから歌詞にしてもラップにしてもやりやすいんだけど、日本語は相当無理して作っていかないと、西洋系の音楽には乗らないっていうところがあったりしますね。
──今、日本語ラップが流行っていますが……。
谷川 ねえ。あれ僕が聴いた限りでは、関西弁のが一番面白かった(笑)。(東京の言葉では)なんか意味のほうが立っちゃったりしてさ。
──日本語ラップもお聴きになったりするんですね(笑)。
谷川 チャンスがあればね。だってラップって何十万枚も売れたりするでしょ? 現代詩は500部売れればヒットみたいな世界だから、羨望ですよ。
岩井 あははは!
父親の死で蓋が開く
岩井 僕が今回、なぜ子供と一緒にやりたいと思ったのかは、終わってしばらく経たないとわからないと思うんですけど、去年くらいまでは最初に話した「縛るための言葉」をすごく出している段階だった気がしてて。だけど父親が死んでちょっと僕の中で一段落したというか、1回本当に言葉をほどいてみようと思っていて。そもそも発語すること自体に人の身体って救いがあって、歌を歌うとすごく気持ちがいいように、そのこと自体には意味がなくても実は大事なことってあると思うし、今回はそれを肯定してもの作りをしてみたいと思ってます、と、ここで宣言します(笑)。
谷川 僕は父親とほとんど問題がなくて、「君子の交わりは淡きこと水のごとし」ってよく形容してたんですけど。
岩井 水、じゃないなあ、うちは。
谷川 でしょうね。でもそういう淡い関係でも父が死んだときに解放感がありました。父がいると「これはちょっとまずいな」ってことが詩を書く上であったんですよね。で、「父の死」(「世間知ラズ」に所収、思潮社)っていう長い詩が書けたんです。父が死んだことで蓋が開いたみたいなさ、僕でさえそうなんだから、きっとそういうのがあるのだと思う。
──そんな、蓋が開いた岩井さんが「なむはむだはむ」をどう立ち上げるのか楽しみです。
岩井 そうですね。これまでの流れがあっての、総決算みたいになりそうな。自由度を高く、やってみたいです。
谷川 やってほしいですね。
岩井 それにしても(「んぐまーま」を再び開いて)、「だばがじで~!」って言いたい。言いたいですよ! 呪いが解けるんです、この濁音の連続。
谷川 言うと気持ちいいもん! ぜひ声に出して言ってください(笑)。
コドモ発射プロジェクト「なむはむだはむ」
2017年2月18日(土)~3月12日(日)
東京都 東京芸術劇場 シアターウエスト
原案:こどもたち
つくってでる人:岩井秀人、森山未來、前野健太
そもそもこんな企画どうだろうと思った人:野田秀樹
谷川俊太郎(タニカワシュンタロウ)
1931年東京生まれ。詩人。1952年に第1詩集「二十億光年の孤独」を刊行。1962年「月火水木金土日の歌」で第4回日本レコード大賞作詞賞、1975年「マザー・グースのうた」で日本翻訳文化賞、1982年「日々の地図」で第34回読売文学賞、1993年「世間知ラズ」で第1回萩原朔太郎賞、2010年「トロムソコラージュ」で第1回鮎川信夫賞など、受賞・著書多数。詩作のほか、絵本、エッセイ、翻訳、脚本、作詞など幅広く作品を発表。近年では、詩を釣るiPhoneアプリ「谷川」や、郵便で詩を送る「ポエメール」など、詩の可能性を広げる新たな試みにも挑戦している。
岩井秀人(イワイヒデト)
1974年東京生まれ。劇作家、演出家、俳優。2003年にハイバイを結成。2007年より青年団演出部に所属。東京であり東京でない小金井の持つ「大衆の流行やムーブメントを憧れつつ引いて眺める目線」を武器に、家族、引きこもり、集団と個人、個人の自意識の渦、等々についての描写を続けている劇団ハイバイの主宰。2012年にNHKBSプレミアムドラマ「生むと生まれるそれからのこと」で第30回向田邦子賞、2013年「ある女」で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。代表作に「ヒッキー・カンクーントルネード」「おねがい放課後」「て」。
2017年2月15日更新