“心を動かす”という人間の特権を守りたい 希望を届ける「Musical『HOPE』」新納慎也×高橋惠子×永田崇人×小林亮太 座談会

キーワードは7? 俳優に寄り添う“演出家・新納慎也”

──演出家としての新納さんについて、キャストの皆さんにお伺いします。稽古場で印象的だったエピソードや、新納さんの名言があれば教えてください。

小林 新納さんはキャストに感情や役のエネルギーを増幅してほしいとき、「700倍」とか「7万倍」とか、7が付く数字で指示を出されます。それがすごくユーモラスで、聞こえるたびに楽しくなってしまいます(笑)。いつも7が出てくるのが印象的で、なぜか鼓舞されますね。

新納 そうなんや!? 今言われるまで、全然気が付きませんでした。でも「2倍深めて」や「3倍大きく」だとちょっと足りないような気がして。だからいつも「700倍にして!」とか、適当に大きな数を言っているんだと思います(笑)。

永田崇人

永田 稽古の初日に歴史のレクチャーを受けたとき、新納さんが「役の状況を想像したとき、自分からどんな音が発せられるのか考える」とおっしゃっていたのがすごく印象に残っています。「HOPE」には、ホープたちが収容所に入れられる場面があります。新納さんはそれについて「自分はその収容所にいた人になることはできない。でももしその状況に置かれたら、体のどの筋肉から、どんな音が出るんだろう」とお話されていて。僕は“役作りフェチ”というか、ほかの俳優さんがどうやって役にアプローチされたのかいつも気になっています。だからその新納さんのお話を聞いて「すごい!」と思いましたし、体から出る音を切り口に演技を考えるというのは自分にとって新たな発見でした。「HOPE」での新納さんは演出家ですが、稽古しながらたまに、新納さんを俳優として見てしまうことがあって「どんな気持ちでこの場面を観ているんだろう」とか、気になるんです(笑)。新納さんを本当に尊敬していますし、「HOPE」という素晴らしい作品を作り上げながら、同時に俳優として大切な考え方やスキルを学ぶこともできて、すごくラッキーです。新納さん、ありがとうございます!

新納 はい、ありがとうございます(笑)。

高橋 新納さんはすごく、私たちに寄り添ってくれるんです。私、ミュージカルで歌うのは初めてなので、歌い方を教えていただくこともあって。新納さんは「この教え方は素人の特権ですよ」っておっしゃりながら、指の本数や広げた指の間隔で、音符の長さや数え方を示してくださるんです。楽譜がわからなくても感覚でどう歌えば良いのか伝わってくるので、すごく助かっています。

──演出家の枠を超えたところで、キャストの方々を助けていらっしゃるのですね。

新納 僕はダンスをストリートから、音楽をバンドから始めています。今でこそ音楽用語もわかってきましたが、昔は歌唱指導の方や音楽監督さんのお話が全然理解できなくて。素人から這い上がってきた僕には“素人の共通言語”がわかる(笑)。だから「8分休符です」と言う代わりに、「『ン、パ、ン、パ』とリズムを取ったときの『パ』のほうです」と言うことができます。それと歌については、「もう辞めようか」と悩んだ時期もあるくらい苦労しました。だから高音の出し方やカッコよく聞かせる歌い方、ちょっとズルをするやり方も知っています(笑)。かつて自分が苦しんだ経験をこういう場で役立てられて良かったな、と思いますね。

鼻の奥がツンとするような、美しい「HOPE」の音楽

──「HOPE」は韓国のクリエイターが生み出した作品です。改めて皆さんは、本作の魅力や特徴をどんなところに感じていますか?

新納 僕がかなりアレンジを加えた上演台本なので、キャストの皆さんは演じていてあまり“韓国の作品らしさ”を感じることはないかもしれません。韓国ドラマを観るとわかりますが、韓国の作品はパッションがすごいし、「ムカつく」とか「悲しい」とかの感情を全部言葉で説明します。でも日本の場合は、気持ちを言いきらない美学のようなものがあったりしますよね。演劇の場合は特に、お客様に想像してもらうことを大切にしていたりしますし。だから思い切って台本の説明ゼリフをたくさんカットしたわけですが、そういうところには文化の違いを感じました。

小林 僕は楽曲が特徴的だと思いました。ブロードウェイやオフブロードウェイの演目がけっこう好きなので、コロナ禍の自粛期間中にいろいろなミュージカルの音楽をあさったんです。でもアメリカの作品と比べると、「HOPE」は音楽の雰囲気が違う気がする。「HOPE」はピアノの旋律がすごくきれいで好きです。脚本の面白さももちろんですが、音楽にも心を動かされます。ただロングトーンがいっぱいあって歌うのがすごく難しいので、新納さんに教えていただいています。

高橋 確かに「HOPE」のメロディラインは、アメリカの作品とはちょっと違う雰囲気がありますよね。セリフは新納さんが工夫して、日本人にも受け入れやすくしてくださっているので、あまり違いは感じていませんが。

永田 僕の場合はミュージカルに詳しくないけど、単純に「良い曲だなあ」と思っています(笑)。「HOPE」の音楽を聴いていると、心を素手で触られているというか、鼻の奥がツンとするような感じがして……うまく言えないけど、すごいんです!

法廷劇でありセラピーでもある「HOPE」で、心を動かしてほしい

──コロナ禍の現在では、多くの人々が大切なものを再発見したり、最初に新納さんがおっしゃったように、これまで大事にしてきたものを手放す決断を下したりすることが増えていると思います。そのような状況下でこの作品が観客にどのように受け入れられるのか、楽しみです。

小林亮太

小林 ホープは壮絶な人生を送っていて、それでも関わった人間に優しくできる人ですよね。初めて脚本を読んだとき、すごく心をえぐられたんだけど、同時にどこか温かい気持ちになれたんです。僕が最初に感じたその感覚は、たとえまったく同じではないとしても、お客様にも伝わるんじゃないかなって。Kとしてそのぬくもりを大事にしながら、ホープや観客の皆さんに寄り添いたいと思っています。

永田 タイトルの“HOPE”は希望という意味ですよね。この作品では、希望とは真逆の失望や絶望をテーマとして描くこともできたと思います。それでも「HOPE」と名付けられているわけですから、タイトル通りにお客様が希望を見出してくれるような舞台にできれば、と考えています。

高橋 「HOPE」はとてもタイムリーな作品だと思います。私自身、コロナのおかげで自分と向き合う時間ができて、いろいろと考えました。ホープはそれまで原稿やその周りの人やものにすがっていましたが、最後にはその執着を手放して「自分自身を生きていこう」と決断します。彼女の姿は、今のこの時代の人々と重なるんじゃないかな、という気がしています。

新納 僕は海外ドラマオタクなので、自粛期間中はずっとドラマを観て過ごして、何の苦も感じませんでした。だけど舞台が再開されて初めて劇場に行ったとき、物語に没入できるあの環境や、キャストの生のパフォーマンス、ステージから降ってくる音にまみれる感覚を久しぶりに味わって、「ああ、俺はこれを求めていたんだ」と思って。家で海外ドラマを観るのとは、心の動き方が全然違うのだと実感しました。今は感染予防のために制限が多い生活です。でも“心を動かす”という、人間に与えられた特権は守りたい。それができる場所の1つが劇場だと思います。実は僕、先日の稽古でラストシーンを観て「吐くんじゃないか?」というくらい感動したんですね。

一同 あははは!

新納 「演出の俺が泣いてはいけない」と思って涙も吐くのもこらえましたが、許されるならあの場でゲーッとやりたかったくらいです!(笑) 心が浄化されたし、演劇の素晴らしさを改めて感じました。「HOPE」は法廷劇でありながら、一種のセラピーでもあるというのが面白い作品です。この息苦しい日々で心を動かしたいと思っている方々には、ぜひこの作品に触れてほしい。もちろん強制はできませんが、劇場に来てもらえたらうれしいです。

新納慎也(ニイロシンヤ)
1975年、兵庫県出身。舞台を中心に活躍の幅を広げ、「ラ・カージュ・オ・フォール」「エリザベート」「スリル・ミー」「ウェディング・シンガー」「パジャマ・ゲーム」「生きる」など多数の舞台に出演。三谷幸喜演出の「TALK LIKE SINGING」ではオフブロードウェイデビューを果たした。また映像ではNETFLIX映画「彼女」、NHK大河ドラマ「青天を衝け」などに出演しているほか、2022年にNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が控える。
高橋惠子(タカハシケイコ)
1955年、北海道出身。1970年に映画「高校生ブルース」主演でデビュー。数々のテレビドラマや映画に出演しながら、舞台でも活躍。舞台「雁の寺」「藪の中」の演技で第10回読売演劇大賞の優秀女優賞、舞台「山ほととぎすほしいまま」「藪原検校」「ハムレット」の演技で第3回朝日舞台芸術賞の秋元松代賞を受賞した。近年の出演舞台にシアターコクーン・オンレパートリー2017 DISCOVER WORLD THEATRE vol.2「危険な関係」「マクガワン・トリロジー」「サザエさん」「黒白珠」「オリエント急行殺人事件」「黄昏 人生最高の輝きを今」「キネマの天地」などがある。
永田崇人(ナガタタカト)
1993年、福岡県出身。2015年に開業した東京ワンピースタワーの「ONE PIECE LIVE ATTRACTION」初代モンキー・D・ルフィ役でデビュー。その後は「『ROCK MUSICAL BLEACH』~もうひとつの地上~」「ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』」、舞台「錆色のアーマ」、ミュージカル「リューン~風の魔法と滅びの剣~」「宝塚BOYS」、音楽劇「プラネタリウムのふたご」など多数の作品に出演している。また中谷優心とのシンガーソングユニット・nagataniとして、2020年2月にオリジナル楽曲「寝不足」を配信した。2022年にはWOWOWオリジナルドラマ「薄桜鬼」に山崎烝役で出演する。
小林亮太(コバヤシリョウタ)
1998年、愛知県出身。5歳のときにモデルデビュー。2011年から2013年までユニット活動をし、その後はNHK Eテレ「ビットワールド」や特撮ドラマ「仮面ライダーアマゾンズ」などにレギュラー出演する。主な出演舞台に「ミュージカル『忍たま乱太郎』」シリーズ、「舞台『パタリロ!』★スターダスト計画★」「僕のヒーローアカデミア The “Ultra” Stage」など。舞台「鬼滅の刃」シリーズでは、竈門炭治郎役で主演を務める。ハンバーガー好きとしても知られ、Webメディアでグルメバーガー店をナビゲートする連載を行っている。