精神的な“更地”に、僕たちはどんな未来を築けるのか?|杉原邦生×南沢奈央×濱田龍臣が語る、KUNIO10「更地」

KUNIOの杉原邦生が、2012年に上演した太田省吾作「更地」の再演に挑む。太田省吾(1939~2007年)は「水の駅」などの沈黙劇や身体性に着目した演出で知られる劇作家・演出家。大学時代、太田の指導を受けた杉原は、自身も衝撃を受けた「更地」の上演に向け、「太田さんの芯をブラさず、僕なりの演出で」と目標を掲げつつ、今回はさらに「精神的な更地に演劇は何を築くことができるのか」という目線を織り込んで、9年ぶりに作品を立ち上げる。更地に立つ“初老の夫婦”を演じるのは、南沢奈央と濱田龍臣。一見すると難解なセリフや、動きを抑制した稽古にも、「発見があって楽しい!」と目を輝かせる2人が、どんな舞台を見せてくれるのか。9月中旬、稽古開始から数日を経た3人に、作品に対する思いを聞いた。

取材・文 / 熊井玲

芯はブラさず、自分なりの演出で

──杉原さんは、2001年に太田省吾さん演出の「更地(韓国版)」をご覧になったそうですね。その体験が衝撃だったと、過去のインタビューでお話されています。

杉原邦生(撮影:細野晋司)

杉原邦生 僕は高校までまったく演劇をやっていなくて、大学で演劇を始めたんです。高校生までは親の影響で劇団四季とか歌舞伎、バレエを観ていたので、舞台といえば豪華絢爛な舞台セットがあって、派手なお芝居というイメージ。いわゆる“大きな物語がある”のが演劇だと思っていたんです。でも「更地」を観に行ったら、京都芸術劇場のstudio21というブラックボックスの空間にポツンポツンと、便器やプランターなどの道具が並べて置いてあるだけ。「マジで? ここで芝居やるの?」って(笑)。でもそんなシンプルな舞台で俳優さんも2人だけなんだけど、それぞれの役の思いや考えていることが伝わってきて、2人のドラマがちゃんと見えたんですね。それで「ああ、こういう演劇もあるんだ」と、そういう衝撃でした。

僕は大学時代太田さんから演劇を学び、大学院に進んでからは太田さんが担当教員でもあったので、いつか太田さんの作品を自分なりの演出でやってみたいと思うようになり、最初にやるなら「更地」だなとずっと考えていました。自分が最初に出会った太田省吾作品が「更地」だったし、いつか演出家として「更地」と対峙したいなって。でも2012年の「KYOTO EXPERIMENT」でなぜ「更地」を上演することになったのかは、実はあまり記憶が定かじゃなくて(笑)。おそらくその前年に東日本大震災があって、太田さんが阪神大震災のあとに「更地」を上演したことを知っていたので、そういったことも関連して「今がやるタイミングかもしれない」と思ったんじゃないかなと。また個人的にも2003年に演出家として活動し始めて9年経って、自分の演出にそれなりのロジックや論理みたいなことができてきたタイミングだったので、そういう思いも重なったんじゃないかと思います。

──2012年上演時の手応えは?

杉原 太田さんの作品だけど、僕の演出でやる、という気持ちで臨みました。当時の僕の演出は、“いつでも金の紙吹雪が舞ってミラーボールが回ってラップする”ということがトレードマークになっていたと思うんですけど(笑)、太田さんの作品でもそれをやってやるぞ、みたいな感じで。ただ僕は太田さんから直接演劇を学んでいるから、太田さんが本当に演劇でやろうとしていたことの芯はブラさずに、自分なりの上演にしたいと思っていたんですね……と話しながら思い出してきたんですけど、ラップは初めから入れようと思って入れたわけではなく、太田さんの戯曲を読んでいるときに、セミのシーンで「やたら韻を踏んでるな」って思ったんですよ。あとで調べたらそこは森繁哉さんというダンサーの「踊る日記」という詩のようなテキストから引用されたセリフだったんですけど、「こんなに韻を踏んでるなんて、太田さんこれ、ラップしたいんじゃないかな? きっとラップを知らなかったからそうなってないだけで、これはラップだ!」と思ってラップの演出にしたんですよね。だから太田さんの戯曲を自分なりの解釈で、新しいものとして上演したいという思いは一貫して持っていて、その手応えはすごくあったかなと思っています。

「更地」の言葉は宝物のよう

──南沢さんと濱田さんは、太田省吾や「更地」についてはご存知でしたか?

左から濱田龍臣、南沢奈央。(撮影:吉野洋三)

南沢奈央 私は「更地」のことは知らなかったです。太田省吾さんについては、作品は拝見したことがなかったのですがお名前は知っていて、よくご存知の方に聞くと革新的な演劇を作られた方ということで、私にできるかなという不安がありました。でも実際に台本をいただいて、みんなで解釈を深めながら本読みをしていくと、最初に邦生さんがおっしゃっていましたが、意外とシンプル。理解してしまえば言われていることもよくわかるし、共感するところもあるなと思いました。

濱田龍臣 僕は昨年、邦生さん演出の「オレステスとピュラデス」(参照:杉原邦生の野心作「オレステスとピュラデス」鈴木仁&濱田龍臣がエネルギッシュに体現)に出演させていただいて、そのときに太田さんのお話を邦生さんから伺いました。ただ実際に作品を観る機会はなかったし、「更地」については僕も知らなかったです。台本を読んでみると、もう一歩で言いたいことがわかる気がするんだけど何だろう?ってモヤモヤする感じがして……。その後、稽古場で邦生さんや南沢さんと台本を読ませていただく中で、「こういうことか!」という発見がいっぱいあり、毎日本当に楽しい稽古をさせていただいています。

──杉原さんもおっしゃっていた通り、大きな物語が太く流れていく作品ではないと思いますが、セリフを黙読したときと実際に声に出したときで、感じ方の違いはありましたか?

南沢 邦生さんがさっきおっしゃったセミのシーンは、読んだときに「どうやって言えばいいのかな、難しいな」と思っていたんですけど、ラップになると聞いて驚きました(笑)。また、どの言葉も本当に練られていて、かなり綿密に書かれた言葉だということを、実際に音に出して気付きましたね。そのうえでどう役作りしたら良いんだろうと思っていたのですが、稽古の初日に邦生さんが、「2人が遊んだり演じたりしているのを、楽しんでいる感じで」とおっしゃって、それならできるかもと思いました。ただ立ち稽古に入って、台本でイメージした以上に、本当に舞台上には何もないんだなと(笑)。ゾッとする気持ちもありますが、逆にこれからどうにでも作れるんだなと思うと、ワクワクしてもいます。

濱田 僕も、邦生さんから「初老の夫婦を演じている感じ」という前提を聞いて、なるほどと思いました。それまでは21歳の僕がどうやったら初老になれるんだろうと思ってたんですが、そんなに重く捉えなくて良いんだなって。言葉遣いもちょっと古っぽいというか、昔っぽい言葉遣いが多いんですけど、セリフを1つひとつ読んでいくと今の「い」抜き言葉、「ら」抜き言葉と違ってすごく綺麗なんです。台本にも「発せられる言葉が宝石だ」ってセリフがあるんですが、本当に宝石みたいな言葉をしゃべらせてもらっているなって。まあまだけっこうセリフを間違っちゃうんですけど(笑)、一言一句を大切にしながら演じたいなと思います。

過去を掘り起こすだけでなく、どんな未来を築くか

──今お話にもありましたが、台本上だと登場人物の2人は初老の夫婦という設定です。ただ杉原さんの演出では、初演時も今回も、若い俳優さんをキャスティングしていますね。

左から濱田龍臣、南沢奈央。(撮影:吉野洋三)

杉原 初演のときは、震災の残り香のようなものが社会にも残っていて、震災によっていろいろなものが壊され、原発の問題やそれに付随するいろいろな問題が明るみに出て、これからの未来をどうしていくのかという空気の中での上演でした。僕が太田さん演出の「更地」を観たときは、初老の夫婦が過去を旅して、過去を掘り起こす、回想するという印象が強かったんですね。もちろんそれも大事なんです、過去の上に現在は成り立っているわけだから。だけど、初演時に僕が考えていたのは、過去を掘り起こしたうえでこの先どうしていくのか。この先、僕らがどういう未来を築いていくのかということ。なので、登場人物2人が未来に向かっていく男女に見えたら良いなというのがイメージの発端でした。であれば、若い俳優が演じたら良いんじゃないかって直感的に思ったんです。

その目線で考えてみると、自分たちで家を解体して更地にした夫婦が、その更地で自分たちのこの先を想像しながら話しているとも考えられるし、あるいは災害などで若くして命を絶たれてしまった夫婦が、あるはずだった自分たちの未来を演じているようにも見えるなと。そのほかにもいろいろな見え方、感じ方ができる上演になるんじゃないかと思って、若い俳優でいくことに決めました。

──二人芝居なので、カップリングとしての相性も重要かと思います。南沢さん濱田さんの顔合わせについてはどんなイメージをお持ちでしたか?

杉原 初演でもそうだったんですけど、女性のほうが精神年齢が高いイメージで、お姉さん妻と弟夫のような感じが良いなと思いました。それを念頭に置きつつ考えていく中で、たっちゃん(濱田)は昨年、「オレステスとピュラデス」を一緒にやらせてもらって、もっと違う面も見てみたいなと思わせてくれた俳優だったんです。「オレステス~」は大きな舞台でドカーン!という作品だったので、今度はもうちょっと地味な作品をネチネチと一緒に作ってみたいなって。あと、たっちゃんはあまり悩んでいる姿が表に見えずいつも飄々としている感じがあるので、もっと稽古場で悩みまくっている姿を見られないかなって(笑)。なので、これまでお客さんが観たことがない姿を今回、見せてくれるんじゃないかなと思います。

南沢さんは、白井晃さん演出の舞台で2回観ているんですが、特に「アーリントン」(参照:南沢奈央・平埜生成らが紡ぐ“切ないほど痛ましい”恋物語「アーリントン」開幕)の印象が強くて。だだっ広い空間にたった3人しか俳優が出てこない不条理劇なんですけど、南沢さん演じる登場人物の苦しみや悲しみ、存在理由がちゃんと伝わってきたんです。その姿を見て、南沢さんなら二人芝居でも、太田省吾さんのセリフでもきちんと成立させてくれるんじゃないかと。また抽象的な言い方になっちゃうんですけど、2人共舞台に立ったときにきちんと存在できる俳優だってことは大事なことで。しかもあとで知ったんですが、2人は何度も共演してるんですよね? 姉弟役と親子役をやったことがあるらしくて、今回は夫婦役。そういう意味でも結果的にこの2人で良かったなって。