近年のヨーロッパ企画の代表作「来てけつかるべき新世界」が、8年ぶりに再演される。本作は、大阪・新世界のはずれにある串カツ屋を舞台に、店の看板娘マナツと新世界のおっさんたちの日常を描いた“SF人情喜劇”。時代の流れに乗って、新世界のはずれにもロボットやドローン、AIといったテクノロジーの波が押し寄せて来て……。ヨーロッパ企画の真骨頂であるセリフの面白さと“企画性コメディ”の妙が存分に詰まった本作に、新たな息が吹き込まれる。
稽古がスタートして間もない8月上旬、ステージナタリーでは、作・演出を手がける上田誠、初演に続けてマナツ役を演じる藤谷理子、ヨーロッパ企画と親交がありつつ、意外にも今回が初参加の板尾創路と岡田義徳に集まってもらい、稽古の様子や作品の魅力などについて話を聞いた。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 山地憲太
企画性コメディを新たなフェーズに導いた「来てけつかるべき新世界」
──「来てけつかるべき新世界」は、2016年に初演され、第61回岸田國士戯曲賞を受賞した人気作です。第30回公演「ロベルトの操縦」(2011年)以降、非日常的な設定や仕掛けの中で起きるやり取りを描く“企画性コメディ”を掲げてきたヨーロッパ企画にとって、実在する場所を舞台に、登場人物たちが具体的な物語を繰り広げる「来てけつかるべき新世界」は、前後の作品群と比べても異色の作品だったように思います。どんな立ち上がりの作品だったのでしょうか?
上田誠 確かにこの作品から僕らは、新たなフェーズに入ったと思います。それまでは企画性を軸に、そこに劇をまとわりつかせるイメージで、設定や物語、キャラクターはその企画性を成り立たせるためにわざと抑え目にしていたのですが、この作品から新世界という場所の世界観や登場人物のキャラクター性を立てるようになりました。
作品の立ち上がりとしては、もともと新世界の話というか、大阪人情喜劇みたいなことを劇団でやりたかったんです。またそれまではヤクザもの、貴族もの、という感じで特定の場所やモデルはなく抽象的に描いていましたが、タイトルから引っ張られたのか大阪を舞台にすることになり、改めて大阪についてたくさん調べたんです。そうしたら、大阪でも特に新世界の一角、通天閣からジャンジャン横丁のことについて、本当にいろいろな人が語っているんですね。そんな場所はほかにはないかも、と興味が湧いて、みんなで新世界を見に行く、フィールドワークに近いこともやりました。そうやって骨組みにテクスチャーをつけて充実させていくやり方が面白くなり、これまでの作り方と合わせてみたら面白いものになるんじゃないかと思って、本作の創作が始まったんです。結果、お客さんのウケもよかったし、評価もいただいて、本作以降は作品の作り方が変わっていきました。
──劇中では、さまざまな新しいテクノロジーの到来を拒み、受け入れ、翻弄される新世界の“おっさん”たちの姿が描かれます。岸田國士戯曲賞の授賞式(参照:岸田國士戯曲賞を受賞の上田誠「これからもコメディを開拓していきたい」)で上田さんは、書店でドローンの本を見つけたことがきっかけの1つにあるとお話しされていました。
上田 そうですね、ドローンが出てきたことでこの劇を作ろうと思った、というところはあります。というのも、それまではSNSやインターネットなど目に見えない部分でテクノロジーの変化が起きていたけれど、久々にドローンというものが登場して、ドローンとロボットで、やっとフィジカル的に面白く舞台映えするテクノロジーが出てきたなと思ったんです。
板尾創路 劇中でドローンを使おうとする作家・演出家はけっこういるけれど、みんな持て余している感じがあって。でも上田くんはうまいこと使ったんやないですか。(酒井善史演じる)テクノが前半は姿を見せず、ドローンに取り付けられたiPadで登場するところとか、すごいですよね。姿を現さないけど、キャストとしては“出演”しているという。ドローンの使い方の発明だと思います。
上田 あのシーン、実は初演で“出とちり”しちゃったこともあって。
藤谷理子 何も映ってないiPadが、空から降りてきたんです(笑)。
板尾 デジタルで“初出とちり”!
一同 あははは!
上田 ドローン以外も電光掲示板やiPadなどを使って、当時、やることは全部やろうと思ってやりました。串カツを揚げるロボットアームも実際に操作できるようにと、日本橋に買いに行ったりしたんですよ。
藤谷 (うなずく)。
まずは関係性のインナーマッスルを鍛える
──藤谷さんは、初演時はまだ劇団員ではなく、客演として本作に参加されました。初演ではどんなことが印象に残っていますか?
藤谷 ヨーロッパ企画の本公演に参加することから初めてで、エチュードで作っていくということも知らずに参加したので、衝撃でした(笑)。初演のときは上田さんがみんなに、自分とテクノロジーの距離感についてアンケートを取っていましたね。上田さんと、確か石田さんが当時はまだガラケーで、ほかはみんなスマホだったり、新しいiPhoneが発売されたらすぐ買い換える人がいる一方で、ずっと同じものを使い続けている人がいたり……。それぞれのテクノロジーとの距離感で役のイメージが決まっていった印象があり、それが面白いなと思っていました。役のイメージという点では、例えば私が演じるマナツも、当初は東京に行く設定だと聞かされていたのですが、私自身が地元がすごく好きなので、マナツは新世界に残る役になりました。そういうところも面白いなと思いましたね。
──またマナツは語り部の役も担い、作品全体を牽引する役所でもあります。
藤谷 今考えると怖いというか(笑)、初めての劇団でその役を任されたら、今だったらドキドキすると思うんですけど、当時はちょっとのんきで。ヨーロッパ企画はすごく好きな劇団でしたし、自分がヨーロッパ企画に出ていて、ヨーロッパの人たちと共演してる!ということが信じ難いほどうれしかったので、何も考えずに楽しくやれていたんだと思います。今考えると本当に恐ろしいです……(笑)。
一同 あははは!
──板尾さんと岡田さんは以前からヨーロッパ企画やメンバーと関係性があったそですが、ヨーロッパ企画に対してはどんな印象をお持ちでしたか? またその印象は、稽古が始まってから変化がありましたか?
板尾 ヨーロッパ企画を最初に観たのは、「ブルーバーズ・ブリーダーズ」(2006年)で、いい意味で“こんなアホな劇団が京都におるんや!”と思ったんです。本当に群像劇という感じで、誰が主役ということではなく、派手なキャストを呼ぶでもなく、ある関係性の中でチームが動き、おかしな方向にずれていく様が描かれる。その展開だけでやり切って人気を得ているということが、一観客として面白いな、稀有な存在だなと思っていました。ただ、「来てけつかるべき新世界」については少し印象が違って、理子さんがいることで全然作品が違って見えたんです。群像劇の良さがありつつ、彼女がいることによって群像劇がよりもっと光って見える、そのすごさがわかる。彼女の存在によってヨーロッパ企画が進化したというか、グレードアップしたような感じがしました。そんな現在のヨーロッパ企画の芝居に参加させていただけるのは、ラッキーですね(笑)。
──昨年、上田さんと板尾さんが対談された記事で、板尾さんが「一生に一度くらいはヨーロッパ企画に」とおっしゃっていたのが印象的だったのですが、意外と早く実現しましたね。
板尾 そうなんですよ(笑)。
一同 あははは!
上田 こういうのって本当に、“タイミング”ですよね。
──岡田さんのヨーロッパ企画の印象は?
岡田 上田さんとは、ずっと昔に上田さん脚本のドラマでご一緒したことがあって。その後、永野(宗典)さんをはじめヨーロッパ企画の方々とはよく共演することがあり、すごく頼り甲斐があるなと思っていました。例えば同じシーンで僕が何か振ると、ちゃんと関係性として返してくれるんです。ヨーロッパ企画の方たちは皆さんそうだったので、撮影が終わったときに「一緒に舞台をやりたいですね」っていう話をよくしていました。自分が芝居をしていて面白いと感じることを一緒に考えてくれる方たちだなと思いましたし、物作りに対してちゃんと向き合っている方たちだなと。そういった思いと実力を持った方たちが集まって、京都でクリエイトしていることに興味があり、そこに参加したいという思いがずっとありました。そしていろいろな場を経て、昨年「横道ドラゴン」(編集注:上田が脚本を手がけ、岡田や永野、中川晴樹、酒井善史、土佐和成らヨーロッパメンバーが出演した2023年制作の映像作品)で上田さんとご一緒し、けっこう密に話す時間もあって今回呼んでいただけたのは、上田さんがおっしゃるようにタイミングだったんだなと思います。
──お稽古の印象はいかがでしょうか。
岡田 まだ稽古のやり方についていけていない部分がありますが、自分がこの歳になって改めて勉強させてもらえるうれしさというか、自分はまだまだ開拓できる余地があるんだっていう喜びが大きいですね。だからいつもワクワクして、ソワソワもしてるんですけど(笑)。課題は与えられていないようで実は与えられているなとか、みんなの中で自分がどうバランスを取り、どの立ち位置で立てばベストなことができるのかなとか、毎日考えさせてもらえている。すごく幸せな日々を過ごしています。
板尾 来てけつかるべきキャスティングやな。
一同 あははは!
上田 岡田さんが今おっしゃった“課題”について、例えば若手の方とやらせていただくときは、明確に課題を示してわかりやすく演出をつけていくほうが良かったりすることもあるのですが、今回の出演者は皆さん手練れなので(笑)、できるだけその面白さを殺さないようなやり方でやりたいなと思っています。ただ台本ではけっこう密度が細かく指示があるので、その中でそれぞれの佇まいをどう含ませていくかを考えつつ、稽古を見ているところです。
岡田 そうなんですね。実は上田さんのリアクションを求めたい欲もあったんですけど、スッと稽古が進んでいくと、「ああ、ここはうまいこと行ったのかな……?」なんて考えていたんです。
上田 (うなずきながら)例えば芸人さんも、新鮮さみたいなことが大事だからあんまり稽古をしないって言いますけど、今回はコメディなので、稽古で作り込みすぎず、バランスを考えて稽古しようと思っています。
板尾 確かにやるほうとしては人間やから、飽きてしまう場合もあるしねえ。
上田 ええ。なので、そうならないように今は関係性のインナーマッスルを鍛えているような感じかもしれないです(笑)。