木ノ下裕一×岡田利規×成河×石橋静河が模索する“時代の変遷とモラルの意味”木ノ下歌舞伎「桜姫東文章」 / キャストがつづる稽古の軌跡 (3/3)

一言一句、一挙一動から検証を続ける稽古場

俳優の言葉と身体が、フィクションを現実にする

1月上旬、木ノ下歌舞伎「桜姫東文章」 の稽古場では、“1巡目”の稽古が行われていた。木ノ下によれば、木ノ下歌舞伎では“完コピ”稽古の後に毎回、全体を大きく3巡して推敲を重ねていくそうで、1巡目はまだ演出の方向性が決まっていない部分も多い、早期段階。その日の稽古はまず稽古場に車座になって、「稲瀬川の場」から読み合わせから始まった。

岡田は「観客に対してもう少し開いてほしい」「そのセリフは、観客に向けて言うのと同時に、桜姫にも向けられているようにしたい」と度々、「観客」という言葉を使って俳優たちにイメージを伝える。しかしここで言っている“観客”は、客席にいる観客ではなく、劇中劇構造によって舞台上に存在する“観客役の俳優”のことを指しているのだ……ということは、稽古をしばらく見て伝わってきた。

「桜姫東文章」の稽古の様子。

「桜姫東文章」の稽古の様子。

さらに岡田は、あるセリフによって、存在しないものが存在するようになったり、フィクションがノンフィクションになったりすることを目指したいと話す。「そこに侍がいるから『あ、おサムライだ』と言うのではなく、『あ、おサムライだ』と言ったことで侍が存在するようにしたい」「何らかの音がしたあとに『かもめが鳴いている』と発言することで『あれはかもめの鳴き声だったのか』と感じられるようにしたい」と、言葉の広がり方の違いを伝えていった。

そんな岡田の発言を聞いていた成河が、「例えば『この風この雨じゃ火はつかないか』というセリフを発しているときの身体は、すでに風雨を感じている身体なのでしょうか、まだ感じていない身体なのでしょうか?」と疑問を投げかける。岡田はしばし考えて「風雨をまったく感じていない身体だとドライすぎますよね……。ほぼ同時だけど、ちょっとだけ言葉が先で、その言葉によって身体は風雨を感じるくらいが良いのでは」と返答し、成河は「そうですね、それにリアリズムじゃない“感じ方”の表現もあると思います」とうなずいた。

「桜姫東文章」の稽古の様子。

「桜姫東文章」の稽古の様子。

また清玄と桜姫がごく近くにいながら気付かずすれ違う場面では、実際にその場面を演じてみた成河と石橋が、「なぜ2人はこの距離感で気付かなかったんだろう」と率直な疑問を口にした。成河が「風雨で視野が狭くなっていたのかな」と言うと、木ノ下歌舞伎に出演歴が長い武谷公雄が、「以前木ノ下さんが、歌舞伎では心が閉じたときに視野も狭くなる、という表現があると言っていたような……」と発言し、木ノ下が「能でもそうだと思いますが、風景と心情はリンクしていて、曇り空の下に心にわだかまりのある人が登場したり、怒りや悲しみが爆発する前に雨が降ったりする。古典芸能では、内と外が同通している場合が多いですね」と補足した。木ノ下の説明を聞いた岡田は「なるほど、雨が降るという具体的な状況を引き起こしそうな前触れを、観客は感じているわけですね」と言い、「先ほどの『あ、おサムライだ』もそうですが、観る人にとって面白いのは、そのフィクションをどれだけ受け入れられるかどうか。それは、俳優の言葉や身体がフィクションをいかに成立させられるかということでもありますね」と続け、俳優たちはその言葉に大きくうなずいた。

「桜姫東文章」の稽古の様子。稽古場の一番奥から全体を見つめる木ノ下裕一(右)に話しかける岡田利規。

「桜姫東文章」の稽古の様子。稽古場の一番奥から全体を見つめる木ノ下裕一(右)に話しかける岡田利規。

キャストがつづる稽古の軌跡

武谷公雄

今回で木ノ下歌舞伎さんには7回目の参加となります。今回は岡田さんが上演台本を書き下ろしてくださり、とても新鮮です。岡田さんも毎回おっしゃってますが、演じている本人を殺さず、そのまま舞台に立つということを大切に徹底してくださいます。自分の役がシーンを通してつながってないときに武谷本人でやればつながるはず、と言っていただいたことを今後も大切にしていきたいと思います。

プロフィール

武谷公雄(タケタニキミオ)

1979年、大分県生まれ。木ノ下歌舞伎へは「黒塚」で初参加。近年の主な出演作に「砂の女」(ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出)、「王将」(長塚圭史演出)、コクーン歌舞伎「切られの与三」(串田和美演出)、「ブリッジ」(松井周演出)、映画「クソ野郎と美しき世界」(山内ケンジ監督)、NHKドラマ10「大奥」、CM「婦人画報のお取り寄せ」「ボールド」「レイク」などがある。夏に木ノ下歌舞伎「糸井版 摂州合邦辻」2023年再演ツアーに出演。

足立智充

稽古前半、成河さんが別作品の本番前や終わりでこちらの稽古に参加していて、それだけでも信じられないのに完コピの仕上げるスピードが尋常じゃなく、どういうこと?と驚愕しました。

プロフィール

足立智充(アダチトモミツ)

1979年、静岡県生まれ。チェルフィッチュ「フリータイム」に参加。以後「スーパープレミアムソフトWバニラリッチ」「ニュー・イリュージョン」などに参加。映画出演作は「きみの鳥はうたえる」「孤狼の血LEVEL2」「夜を走る」など。2月から放送されるWOWOWテレビドラマ「杉咲花の撮休」、映画「Winny」など。

谷山知宏

初めて、演出の岡田さんとご一緒させていただくのですが、自分が今までしたことがない演技方法といいますか、すごく岡田さんの話もWSも面白くて! でも、いざそれを立ち稽古で実践することが、正直まだ私はとらえられていなくて、もどかしさがあるのが現状です。でも、それができたときに、俳優としても、もう1つ面白いとこにいけそうな気がしていて、楽しみです。そして、どんな公演になるのか、私自身もどうなるのか、未知数。ぜひ観てほしいです。

プロフィール

谷山知宏(タニヤマトモヒロ)

1981年、大阪府生まれ。花組芝居所属。ダンスで鍛えた柔軟な体と独特の感性で男役、女形、両方をこなす。特徴のある声で、声優としても活躍。近年の主な舞台に木ノ下歌舞伎「糸井版 摂州合邦辻」、新国立劇場「貴婦人の来訪」、劇団鹿殺し「ランボルギーニに乗って」、花組芝居「鹿鳴館」。そのほかテレビドラマ「無用庵隠居修行3」やNHK BS「ワラッチャオ!」(声の出演)など。木ノ下歌舞伎「糸井版 摂州合邦辻」2023年再演ツアーに出演予定。

森田真和

最初の本読みのときですかね。セリフに対するアプローチが、岡田さん独特でとても印象深かったのを覚えています。岡田さんのアプローチと木ノ下歌舞伎が合わさったとき、どんな「桜姫東文章」が立ち上がるのか、とても興味深く思っています。

プロフィール

森田真和(モリタマサカズ)

1983年、鳥取県生まれ。これまでの主な舞台に木ノ下歌舞伎「東海道四谷怪談-通し上演-」「三人吉三」、「パンドラの鐘」、NODA・MAP「Q:A Night at the Kabuki」など。

石倉来輝

クリエーションでは、テキストを声に出して読むことを時間をかけてやっているのですが、その際のスタンスについてあるときに足立さんが、“今ここに自分がいるという事実をないものにしないように読んでいる”というようなことをおっしゃっていて、その過ごし方はすごく良いなと思ったし、カッコいいなと思いました。

プロフィール

石倉来輝(イシクラリキ)

1997年、東京都生まれ。2016年、東京都立総合芸術高校 舞台表現科を卒業後、俳優活動を始める。2018年にままごとへ加入。近年では、映像作品や発表の形態を問わない創作活動にも取り組んでいる。主な参加作品に、SPAC「高き彼物」、チェルフィッチュ「『三月の5日間』リクリエーション」、夏の日の本谷有希子「本当の旅」、快快「ルイルイ」、森栄喜×石倉来輝「合言葉/Sweet Shibboleth」などがある。3月18・19日、リージョナル・シアター2022いわきアリオス演劇部U-30「わが星」にファシリテーターとして参加。

板橋優里

完コピ稽古が大変でしたが、今回の舞台での存在の仕方や、ほかの役者がセリフを話しているときの過ごし方などが、よりわかるようになりました。

プロフィール

板橋優里(イタバシユリ)

1993年、宮城県生まれ。アナログスイッチ、ぱぷりか、小田尚稔の演劇、チェルフィッチュなどに出演。近年の主な出演作品は、美術手帖×VOLVO ART PROJECT 小田尚稔の演劇「善悪のむこうがわ」、チェルフィッチュ「『三月の5日間』リクリエーション」、チェルフィッチュ×金氏徹平「消しゴム山」など。

安部萌

岡田さんが「感覚的な部分をシェアして、それをキープできればいい」とおっしゃったときにとても頭の中の風通しが良くなりました。感覚そのものをシェアする、ごくシンプルに聞こえるけれど、個々人が満ちて存在したまま1つの作品を作るということ、ひいては今の社会の中で生きていくことの、大切な要素だと感じました。感覚をシェアするために言葉にして、それをまた感覚に落とし込みアップデートしていく。とても難しいけれど充実した稽古期間を過ごせています。

プロフィール

安部萌(アベメグミ)

1995年、山形県生まれ。幼少よりクラシックバレエを学ぶ。多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科卒業。近年では演劇作品への参加や、コラージュ技法を用いたグラフィックデザインも行う。これまでに近藤良平、ままごと、妖精大図鑑、橋本ロマンス、やまみちやえなどの作品に参加。