松尾スズキの絵本を原作とした舞台「気づかいルーシー」が、3度目の上演を迎える。岸井ゆきの演じる主人公・ルーシーと、育て親のおじいさん、飼い馬の三者が、お互いを気づかうあまりに次々と引き起こしてしまう悲喜劇を、歌と踊りに乗せて描き出す。
ステージナタリーでは、岸井のほか、初演・再演から続投の王子様役・栗原類、おじいさん役・小野寺修二、今回から馬役で初参加の大鶴佐助、そして脚本・演出を手がけ出演もするノゾエ征爾の座談会を実施。試行錯誤を重ねる稽古の様子や作品への思いを語ってもらった。また特集の後半では、劇中で絶妙なコンビネーションを見せる川上友里と山口航太、音楽を手がける田中馨と森ゆにに、「わたしのルーシー」をテーマに、ルーシーの印象を物で表現してもらった。
なお取材は撮影時のみマスクを外している。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 川野結李歌
※2022年8月8日追記:東京芸術劇場公演は新型コロナウイルスの影響で中止になりました。
岸井ゆきの×栗原類×大鶴佐助×小野寺修二×ノゾエ征爾が語る「気づかいルーシー」
初参加・大鶴佐助がみんなを刺激!
──本作は2015年に初演、2017年に再演され、今回が3回目の上演となります。前回から5年経ちますが、久々に稽古場に集合して、どんな印象でしたか。
ノゾエ征爾 あまり変わらないですね。
小野寺修二 最初はちょっと「久しぶり」って思いましたけど……。
栗原類 別の現場や劇場で会ったりもしていたので、あんまり久しぶり感がなく、リラックスした感じでしたね。
岸井ゆきの 私は5年間、誰にも会ってないかも! あ、でも佐助くんが出演したノゾエさん演出の「ボクの穴、彼の穴。」を観に行ったとき、ノゾエさんにはお会いしました。
ノゾエ 初演、再演がとても濃い時間だったので、5年経ったと言っても本当に昨日のことのような感じがします。(岸井を見て)稽古着のジャージーも変わってないし。
岸井 変えてない!(笑)
──大鶴さんは、今回が初参加です。
大鶴佐助 皆さん以前から知り合いだったので、初めましてという感じがなく、温かく迎え入れてくださって居心地が良いです。
──大鶴さんは原作や舞台で「気づかいルーシー」をご覧になったことは?
大鶴 なかったんですけど、別の作品でノゾエさんとご一緒したとき、ノゾエさんがよく“ルーシーTシャツ”を着ていたので、「ゆきのちゃんみたいですね」って話しかけたら、「ゆきのちゃんなんだよ」と(笑)。それで作品のことは知っていました。
──馬役で、というオファーはどう思われましたか?
大鶴 まず台本を読んで面白いなと思ったので、特に馬だからとは意識せず、「僕で良ければ」という気持ちでした。でもいざやってみると、馬役は難しいなって思いますね。
小野寺 いやいや、佐助ちゃんはめちゃくちゃ自由度が高くて! 憧れます。
栗原 本当に身体能力の高さが羨ましいです。
ノゾエ 佐助くんの人柄だと思いますが、僕らが変に気をつかうことはなかったというか、彼のやんちゃぶりと振り幅の広さはすごいなと思いますね(笑)。
大鶴 僕、ノゾエさんがめちゃくちゃ好きで。ノゾエさんの“待つ力”を尊敬しているんです。こちらが何かを出すまで一緒に待っていてくださる、そのことがすごくありがたいし、「そのぶん、何かしなきゃ!」と思います。ただ、時々キャパオーバーになってしまったりするんですけど。
一同 (笑)。
ノゾエ 昨日の稽古でも、そこまでやらなくても良いようなところまでさんざん動いて見せてくれて、やり切ったあとに「ノゾエさん、今のキャパオーバーでした」って自己申告してくれて(笑)。毎日2リットルくらい、汗をかいてるよね?
岸井 湯気が出そうだったもん!(笑)
一同 あははは!
演じている側も幸せになる作品
──初演、再演の稽古や本番で、印象的だったことはありますか?
岸井 この作品は、演じていると本当に幸せな気持ちになるんですよね。これまでカーテンコールでそういう気持ちになったことはあるけれど、自分自身が毎回あれほど胸いっぱいになることってなかなかなかったので、それが印象的です。だから本当に、気をつかってきて良かったなあって(笑)。
──ノゾエさんは、初演は演出に徹し、再演から出演しています。舞台に一緒に立ったことで新たに感じたことはありますか?
ノゾエ 初演は作ることで精一杯な部分もあり、どこか傍観者的な部分もありましたが、「ここに入りたい!」という私情も正直あったんですよね。入ってみたらやっぱり、幸福度が一気に“ブータン”へ! 「幸せってこういうことだったのかあ」と。
一同 あははは!
栗原 僕が印象的だったのは、初演の稽古場。この作品ではブロックを使って物語を展開していきますが、初演の稽古では最初、ブロックではなく、絵本のページをめくるようにセットチェンジをしていく舞台美術だったんですね。そんな展開のさせ方をあまり観たことがなかったので、衝撃的でした。そこから試行錯誤を重ねてブロックに変わっていったんですが、あのブロックも何気なく動かしているようで、かなり入念に考えて動かしているので、舞台への集中力が増すきっかけになりました。あとは、再演のときは稽古期間がものすごく短かったんですよね。
岸井 確か2週間くらいだったよね?
栗原 うん。でも皆さん初日からセリフが入っていて、「ヤバい!」と自分に発破をかけてがんばりました。
──小野寺さんは、本作では俳優として出演されています。カンパニーデラシネラの小野寺さんとは印象が異なる、コミカルでチャーミングで、歌って踊れるおじいさん像を披露しています。
小野寺 ここに来ると本当に刺激を受けます。セリフをしゃべるのがこんなに大変なのかとか、ゆきのちゃんは本当に表現力があるなとか、佐助ちゃんのように動きたいとか……そう思いながら舞台に立つのは普段ないことなので、すごく良い刺激をもらっています。
ノゾエ 普段、巨匠ですから。
小野寺 全然巨匠じゃないですけど(笑)。
ノゾエ 小野寺さんには、いわゆる役者の部分だけではなくて、動きの部分でもずっと頼らせてもらっています。だからセリフの確認をしている時間に、急に「今の動き、どうですかね?」って相談したりして、役者としての部分と、舞台空間を作るクリエイターとしての部分と、両方を使ってもらっています。
小野寺 いえいえ。でも本当にここに来ると毎回恥をかかせてもらって、それを温かく見守ってもらっているなあと思いますね。あと劇中、僕は変な服……いや、ある“素敵な衣裳”で出るんですけど、それで舞台に出たときの子供たちの反応が忘れ難くて。
──皮をむかれた、おじいさんの“中身”のボディスーツですね。
栗原 泣いちゃう子もいますよね(笑)。
小野寺 「めちゃきしょい!」なんて普段あまり言われたことがないですし、ノゾエさんがディテールをどんどん足していくので、今回はどんな反応が返ってくるんだろうと……(笑)。
ノゾエ 今回はさらにテカリも加わるかも!?
一同 あははは!
今回は作品の密度を高めたい(ノゾエ)
──ここまでのやり取りからも伝わってきますが、「気づかいルーシー」は稽古場の雰囲気がとても和やかで、和気あいあいとクリエーションが進んでいくそうですね。
大鶴 僕は初演、再演のことはわかりませんが、このカンパニーの人たちは全員ちゃんと“壊す”作業をするじゃないですか。それが僕はすごく健康的だなと思います。作られたものをなぞるのではなく、概念を壊す、じゃないけど、壊して新しいものを構築していく感じが、初参加のメンバーとしてはありがたいですし、それこそが劇を作る構造として健康的なことだと思います。
岸井 確かになぞりたくはないなと思ってはいます。その一方で、稽古していると、「ああ、このシーンではこういう気持ちになったな」と思い出すことがあって。先日も、おじいさんがいなくなってしまってお馬がおじいさんの皮を被って帰ってきたシーンで、台本には書かれてはいないんだけど、“なんとなくおじいさんがいるような気がするけどいなかった”と、ルーシーが一瞬思う、その感覚を思い出して。そのように、前回良かったことは今回も引き続き試せればいいなと思います。
栗原 僕は佐助さんと以前から知り合いではあったんですけど、共演は初めてで、「どんなふうに作品を作っていく方なんだろう」と楽しみにしていました。稽古が始まったら、佐助さんは本当に身体能力が高くて、挑戦の心もすごくて! 「自分も追いつけるようにならないと」ってモチベーションを上げていただいてます。
大鶴 差し上げています(笑)。
ノゾエ 佐助くんを観ていると、動物に感じる驚異的な身体性とか、肉体のしなやかさを感じるんですよね。
岸井 そうですね。佐助くんが入ったことで、アクロバティック度が全体的に増すかもしれないです。お馬がすごく動くから、私もいつもは1回転するところ、2回転くらいしたいなって思ってしまって(笑)。
ノゾエ ゆきのちゃんも動ける人だよね。
大鶴 ですよね! 動けるしエネルギーもあって、そういう女優さんがすごく好きなので「改めて肉体だよな!」と感じます。あと稽古場でノゾエさんがみんなの様子を見ながらニコニコしているのが良いなあと思っていて。
岸井 私も「素敵!」って思う。
ノゾエ わからないよー? マスクの下では歯を食いしばってるかも……。
一同 あははは!
──岸井さんは、あれだけ動きながら歌も安定しているのがすごいなと思いました。
岸井 でも今回は、歌えないような振付になっているんですよ! 「この姿勢でこの音は出ないだろう」っていうような反りが振付の中に入っていたりして!
一同 あははは!
小野寺 えーっとそれは、ノゾエさんに今回、「まずは歌うことを想定せず、動きのカッコ良さを重視して作っていきましょう」と言われていたんですよ。だから、「この動きでは歌うのは難しいかもしれないな」と思いつつ、(本作の振付担当でデラシネラメンバーの)崎山(莉奈)が考えていったので……。
栗原 振付は、公演を重ねるたびに本当にグレードアップしているんですけど、今回は特に「気づかいのうた」の難易度が高いですよね。僕は好きな振りですけど、歌もグレードアップしているので、21公演きちんとやりきりたいなと思っていて。
ノゾエ 今回、これまでと違う大きなポイントは、作品の密度を高めたいというところで。これまでは絵本を読んだときに感じるような余白を、舞台上の時間の流れの中にも多めに入れたいと思っていたんですが、歌や踊りの密度を高めることで、その余白をぎゅっと詰めたいと思っています。
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音楽は…「めちゃくちゃ難しい!」