目まぐるしく変化していく日々、ふと非日常的な時間や空間に浸りたくなったら、“ゆるりと歌舞伎座で会いましょう”。4月の「四月大歌舞伎」では、江戸の木挽町を舞台に美しい若衆・伊納菊之助による仇討ちの真相が描かれる、永井紗耶子の直木三十五賞受賞作「木挽町のあだ討ち」を、市川染五郎主演で歌舞伎化。染五郎が菊之助を演じるというニュースには、原作ファンからも「ぴったり!」と喜びの声が飛んだ。
ステージナタリーでは、染五郎と永井の対談を3月に実施。染五郎を“推し”と表現する永井に、染五郎ははにかみつつ、2人は「木挽町のあだ討ち」の歌舞伎化に向けた思いを熱く語った。
取材・文 / 川添史子撮影 / 須田卓馬
大河ドラマの染五郎キャスティングに「最高の義高がキタ」
──永井紗耶子さんはこれまでも市川染五郎さんの舞台をいろいろとご覧になっているそうですね。
永井紗耶子 会見で(脚本・演出の)齋藤雅文さんが「近年の染五郎さんは脱皮するように成長されている」と表現されましたが(参照:市川染五郎の主演に永井紗耶子「“推し”に演じていただくような気持ち」と喜び「木挽町のあだ討ち」)、本当に作品ごとにめざましく進化されていらっしゃいますよね。昨年のお正月に拝見した(祖父・松本白鸚、父・幸四郎と高麗屋三代が共演した)「息子」も実に素晴らしかったのですが、今年の新春浅草歌舞伎で拝見した「絵本太功記」の武智光秀の迫力……1年で印象がガラッと変化していらして。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で源義高を演じられたのは2022年ですか?
市川染五郎 はい、約3年前です。
永井 当時、私も鎌倉を舞台にした歴史小説「女人入眼」(中公文庫)を出したときだったので、大姫の死に別れた許嫁である義高をどなたが演じるのか、担当編集者と大注目していたんです。読者の皆様はおそらく大河のイメージも重ねながら読まれるはず……なので染五郎さんが演じると発表された瞬間「ヨシッ!」と思わずガッツポーズして、すぐ編集さんに「最高の義高がキタ」と電話しました(笑)。
染五郎 ありがとうございます。実際の義高は享年12ですから、あの時でもギリギリの年齢で、もう2度とできない役の1つでしょうね。映像作品は、撮影をしてから放送されるまでの期間があるので、“過去の自分”を視聴者の方に見られているわけです。そのあたりが生の舞台とは違い、不思議な感覚になります。
「木挽町のあだ討ち」誕生秘話
──今年二十歳、まさに作品ごとに変化していく染五郎さん。今回の「木挽町のあだ討ち」ではまた新たな面が見られそうです。舞台は木挽町にある芝居小屋、森田座。亡き父の仇を討ったのは、赤い振袖を被いた菊之助という若衆で……さまざまな悩みや葛藤を抱えながら芝居小屋の人々の助けで成長していく少年を、永井先生はどのように生み出したのでしょう?
永井 みんなが支えたくなる存在感があり、自分の生きてきた世界を疑うことなくまっすぐに生きてきたけれど、それが少し揺らぎ始める……そういう若者が頭に浮かびました。文中では“白皙の美少年”と書きましたが、見た目だけではなく、佇まいの美しさ、心の美しさを大事にしたかったんです。周囲の人々が自然と手を差し伸べてしまうような内面の美しさ、そこが物語の軸にもなるだろうと。
染五郎 武家の生まれであり、素直でまっすぐ。とにかく純朴な人であるということは、僕自身、役を考えるうえで一番のベースにしたいと考えています。そんな菊之助が芝居小屋の中に入っていくわけですから、周囲の人たちとは違う空気をまとっているというか、浮世離れしているというか……それがだんだんと新しい環境に馴染んでいって、いつの間にか森田座チームの一員になっている。その流れもきっちり作りたいですね。限られた上演時間で削らないといけないセリフや場面もありますが、そういった部分はきっちり肚の部分に吸収し、内面的な部分を充実させて、菊之助の成長をお見せしたいです。
永井 どんな菊之助を演じてくださるのか、ただただ楽しみです!
──小説では章ごとに変化する登場人物の一人語りで書かれており、語り手が替わるたびに仇討の真相に近づいていく構成になっていますが、舞台では菊之助を軸に時系列に展開します。彼を取り巻く人物たちの配役も絶妙ですね。
染五郎 すべての人物が愛すべきキャラクターで、「これが実体化したときにどんなものになるだろう」とワクワクしながら稽古に臨みました。想像していた人物像と先輩方のイメージがぴったりなのはもちろん、「こう膨らませるのか」という驚きもあって、毎日が発見と興奮の連続。対話していくことによってこちらの演技もどんどん変化していきますし、日々面白い化学反応が起きていますね。熱のこもった作品になる予感がします。
永井 やはりお芝居って生き物なんですね。
染五郎 はい、そうだと思います。
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生きてきた境遇がバラバラの人たちが“芝居でつながる”