現地で実感した、作り方の違い
──そして5月21日にシビウのラドゥ・スタンカ国立劇場でプレミアが行われました。
吉田 私と松島さん、行方さんたちはプレミアの2日前にシビウに到着して、私はプレスカンファレンス用の資料を作ったり、現地のスタッフの方たちと打ち合わせをしたりしていました。
内藤 舞台美術・照明・衣裳担当のドラッゴシュ・プハジャールさんが初日だけしかいない、2日目にいなくなってしまうと聞いて、「ドラゴッシュさんがいる間に日本公演の話をしなきゃ!」と急ぎ打ち合わせをしましたね。
松島 当初はルーマニアで作られた舞台美術や衣裳、道具をもとに日本公演用のものを準備する予定でしたが、その打ち合わせで、ツアーで使ったものを一部日本に持ってくること、新たに日本で作らなければならないものがあることが判明し、何を作らなければいけないか調べる必要が出てきました。舞台美術・小道具のリスト的なものはそもそもないそうで、現地のスタッフの方が「買ったもののリストはあるよ」とレシートを渡してくれたので、それをもとに必要なものをリスト化しつつ、通訳できる方を引っ張ってきて、「これはどうしてどのように作ったのか」ということをリサーチして回りました。
吉田 それと私は、ツアー中の行程をまとめる“旅手帳”を作らなければと思っていたのですが、ルーマニアチームからなかなか詳細が出てこなくて……。
内藤 大体何時に出発して何時に現地に着いて、何時から劇場に入ってどこのホテルに泊まる、というような情報が、何度聞いても全然出てこないんです。
行方 基本的に、あまり事前に決めたがらないんですよね(笑)。
内藤 そう、照明をいつ吊り込むのかもなかなか教えてくれなくて。でも現地での仕事ぶりを見て、「照明の吊り込み、という感覚がないんだ!」とわかりました。つまり日本のようにゼロのところから仕込むのではなく、大体全部の照明が吊ってあって、今回はどれをどの明るさで使うか、という調整だけなんです。だから仕込みという概念がないんだということを知って、納得しました。
松島 特にフェスティバルのときは変わるがわるいろいろな作品が上演されるので、通常の舞台をベースに、あとはその時々で何を使うのかを選択して、公演を成立させようとしているんだと思います。
行方 日本だったら、仕込みもバラシもみんな図面を見ながら決めていくんですけど、図面はそれぞれの頭の中にあるらしくて、それも衝撃的でした。
内藤 だから、「今日は夜中までバラシがかかるんじゃないか」と思っていたら、1時間ぐらいであっという間に終わってしまったり(笑)。
松島 バラシ専用のスタッフがいるわけではなく、衣裳スタッフも小道具スタッフも俳優も参加して、みんなで設置するし、バラすし、片付けるという感じなんです。ちょっと劇団っぽいなあと思っていました。
吉田 日本でプルカレーテさん演出の作品を作ったとき、発注の済んだ道具が納品される頃に、新たな演出を思いついたプルカレーテさんから「道具の**の部分を変更してほしい」と急に言われて、予算のことや本番までの日数のリミットが頭にあったので、対応がとても難しいと伝えたところプルカレーテさんを怒らせてしまったことがありました。でもシビウでは「ここをこうしたい」とプルカレーテさんが言ったら、その場でスタッフみんなが集まってきて、ワッと変えてしまう。彼にしたら、「日本ではなぜできないんだ!」と思ったでしょうね。
行方 シビウでの数日間、僕は、現地のスタッフさんの仕事を側で見せてもらいました。音響はシンプルだったので、現地ですごく大変そうだと感じたことは特にないのですが、劇中に出てくる笛で日本では売っていないものがあって、音楽担当のヴァシル・シリーさんに何を大事に作曲されたのかとか、どういうイメージで笛を使ったのかを直接聞いたり、ほかにもいろいろな方と積極的にお話しするようにしました。
松島 「ヨナ」の重要な小道具の1つに、蔵之介さんの脇腹に貼る“肉片”があるのですが、プレミアの4日前くらいまでどうするか決まらなくて、結局日本スタッフがシビウ入りしてから決めようということになったそうなんですが、現地の衣裳さんに尋ねたら「ああ、ラテックスで作るつもりだから大丈夫だよ」と言われてものすごくホッとしたり……。
先ほど行方さんが「決めたがらない」と言いましたが、みんなで「どうしようか」と話し合っている時間が長いので、私たちからすると「まだ決まってない!」と焦ってしまうのですが、最後はいろいろなことがスピーディに進んでいきました。
いよいよプレミア!落ち着いて初日に臨む佐々木蔵之介
──プレミアの様子はいかがでしたか?
吉田 蔵之介さんは初日だからといってシリアスになることもなく舞台に立たれて、「ずっと稽古をしてきた場所だから緊張感なくできた」とおっしゃっていましたね。
──プレミアは、黒田さん以外の皆さんがご覧になりました。どんな感想をお持ちになりましたか?
吉田 内省的な作品だと思いますが、お客さんの反応が良くて、みなさんすごく理解力があるなと思いました。蔵之介さんは作者のマリン・ソレスクを「日本の宮沢賢治」というふうにお話しされていましたが、やっぱり何か超越したものがあるのかもしれないなと思いました。
内藤 私はそもそも「この本、よくわからん!」という段階から創作に関わっていますが、一歩踏み出すのに大きかったのは、ドリアン助川さんに訳してもらったことです。蔵之介さんもそれで手がかりを掴んで、プルカレーテさんの稽古を通してさらに「このキーワードでいくんだ」というイメージをつかんだんじゃないかなと思います。プレミアでは、「よくここまできたな、よかったなあ」と思いました。
松島 私もあらかじめ台本を読んでいたのでなんとなく内容はわかっていたのですが、聖書の要素が入っているせいもあるのか、ストーリーとして観るというよりは断片的にシーンが現れる印象を持ちました。ルーマニアのお話だから、観客の方たちは皆さん、作品内容がわかっているのだとは思いますが、蔵之介さんの日本語のセリフをちゃんと字幕で追って観ていてすごいなと思いました。
行方 僕もあらかじめ台本を読んで、聖書の中に出てくるヨナの話を自分なりに調べて舞台を観たのですが、僕にはわからないけれどこのお話の中にはキリスト教的な要素がたくさんあって、シビウのお客さんは皆さん知っているお話で、それを日本人の俳優が演じているという状況を面白く観てくれているんじゃないかなということを感じました。詩的なセリフを聞きながら、ヨナはどういう人なんだろうと想像力を膨らませながら見るのが、面白かったです。
いよいよ東欧ツアーへ
──2日間のプレミアを終えて、いよいよ東欧ツアーが始まりました。
吉田 ツアーでは大型のバスと蔵之介さんの乗る乗用車の2台に分かれて乗り込み、まずはハンガリーのブダペストに向かいました。座席に余裕があったせいか、バス移動は、思ったよりも苦しくなかったです。何時間ぐらいでしたかね?
内藤 トータル6・7時間ぐらいかな?
行方 途中2時間お昼休憩して、8時間ぐらいじゃないですか?
内藤 そうですね。バスの運転手さんも劇場のスタッフです。蔵之介号は、なんと黒子役の俳優さんが運転してくれて驚きました(笑)。
吉田 レストランでは、メニューが読めないから、(行方に)すごい量を頼んじゃって、大変だったよね?
行方 これは何の料理なのか、どのぐらいの量が来るのかまったくわからないし、携帯の電波が通じなくてスマホの翻訳機能にも頼れなくて。「1人で食べられる量か?」と聞いたら「食べられる食べられる」って言われて頼んだら、全然食べられない量が来ちゃいました(笑)。でもそれも面白い体験でした。
──ブダペスト公演は、プレミアのときと違う印象がありましたか?
行方 劇場が違うので、音響面ではスピーカーが本来吊りたかったところにバトンがなくて吊れなかったり、設置場所を変えたら今度はマイクがハウリングしてしまったりといろいろあったのですが、ルーマニアのスタッフは「大丈夫だ」って言うんです。そのときはさすがに僕らも入って調整したんですけど、基本的にルーマニアのスタッフの方はすごくおおらかでしたね。
松島 確かに基本的にはなんとかなるんです。ルーマニアのスタッフも、自分たちですべてのことに対応できることがわかっているから、逆に私たちを受け入れてくれていたんだと思います。部外者として扱うのではなく「この作品、日本でやるんでしょ? だったら知っておいたほうがいいよ」という感じで、そういう意味ではすごく助かりました。
吉田 ハンガリーで印象的だったのは、お客さんの反応がスタンディングオベーションではなく特殊な手拍子だったこと。あと小さな劇場だったこともあり、お客さんが非常に集中して観てくれて、笑い声も起きるなどいい雰囲気の公演でした。
その後、ルーマニアのクルージュ・ナポカに移動しました。クルージュは学生街で、会場のルチアン・ブラガ国立劇場はちょっと古いけれど大きめな、オペラ席やボックス席もあるような立派な劇場でした。お客さんもたくさん入って反応が良かったですね。あと蔵之介さんの写真を大きく引き伸ばしたヨナのパネルみたいなものを各地に持ち歩いていたからその前でお客さんが記念写真を撮る、ということが始まったのも面白かったです。
吉田 ちなみに先ほど、ルーマニア側の一部スタッフさんはルーマニア語しかしゃべれないという話がありましたが、楽屋はいっぱいあったのにみんな1つの部屋に集まってきたりするので、私もルーマニア語しかしゃべれないチームの中に加えてもらって、コミュニケーションがより深くなっていきました。
その次はルーマニアのブカレストで、会場のオデオン劇場は天井が開く、素晴らしい劇場機構でした。プレミアをやったラドゥ・スタンカ国立劇場とオデオン劇場は客席数も同じぐらいだったので、作品的にもいい感じで上演できました。ただ、1回目の公演ではすごい大雨が降って、警報でお客さんの携帯が鳴り続ける中での上演でしたが、蔵之介さんの演技の集中力は途切れることなく、素晴らしかったし、終演後のロビーに立っていた私は、たくさんのお客様から話しかけられ、観劇の感想を聞くことができました。またこの頃から取材対応が増えてきて、ルーマニアの国立放送や現地メディアから取材のオファーが入ってくるようになったのですが、ラドゥ・スタンカ国立劇場の制作さんが間に入ってくれることもあれば、直でやり取りすることもあり、しかも連絡ツールは、ほぼWhatsAPP、取材依頼書というものの存在は稀で、さらに急に連絡が来るので、面喰らいました。そんなバタバタが続いても、蔵之介さんはほぼすべての取材依頼を快く受けてくださいました。
吉田 その後、今度は飛行機でモルドバに飛びました。モルドバはEUに入っていないし、日本で契約していったWi-Fiが通じなかったのですが、首都のキシナウは高級車が走っているような街で、スーパーの品ぞろえも良くて、予想と違っていました。公用語はルーマニア語ですがロシア語もよく話されていて、レストランに入ると英語でなくロシア語のメニューが出されました。会場のサティリクス・イオン・ルカ・カラジャーレ国立劇場は、観客に学生が多くて、ほかの劇場よりも客席がざわついている感じがしました。これは日本にも共通することかも? あとは、劇場スタッフが、私たちの洗濯物を気にしてくれたり、オフの日に遠出を提案してくれたりと親身になってくれました。観劇に来てくださった現地在住の日本人から、モルドバの社会情勢についても深く伺える機会があって、東欧ツアーの中でも、とても印象に残っています。
そのあと、ブルガリアのソフィアでした。ブルガリアは日本文化に対しての造詣が深く、取材の申し入れ内容もすごく細やかで、この作品や蔵之介さんに関心を持ってくれていることがよくわかりました。劇場のイヴァン・ヴァゾフ国立劇場のスタッフさんも対応が非常によく、私の中では、お客様への配慮の仕方が日本に近いと感じました。
東欧ツアーラストはシビウ国際演劇祭のステージへ
──そして約2週間の間をあけて、シビウ国際演劇祭参加演目として、再びラドゥ・スタンカ国立劇場で公演が行われました。
黒田 私が少し先に現地入りし、その後すぐ内藤さんもシビウ入りしました。私はシビウ国際演劇祭で初めて「ヨナ」を観たのですが、戯曲で読んでもわからないなと思っていたところ、実際に舞台を観るとわかりづらい印象はなく、場面展開がすごく明確にあるので、本当に観ている間に引き込まれて気づいたら終わっているというような印象を持ちました。また蔵之介さんがおっしゃっるように、ヨナというキャラクターがチャーミングに見えてきて、自分にとってすごく遠い話でもなく、でもお前の話だぞって押しつけられる感じもなく、純粋に作品を楽しめたのがシビウで見た印象で、きっと日本のお客さんが見ても楽しめるだろうなと思いました。
──1カ月を超える東欧ツアーを経て、10月の東京芸術劇場公演を皮切りに今度は日本ツアーが行われます。作品の誕生から発展までの過程を観てきた皆さんから、日本公演の思いを最後に伺いたいです。
行方 これから日本人の黒子や歌い手さんなどが入ってきて、日本バージョンの良さというものを僕らのほうでも出せるように劇場としても努力をするので、その部分がさらにブラッシュアップされたものとしてお見せできればなと思います。
松島 「ヨナ」という作品は、最初はとっつきにくいと思いますが、観れば観るほどいろいろな発見があって楽しめる作品だと思うので、日本のお客さんが実際にどう受け取られるのか楽しみですし、日本国内のいろいろな場所にツアーする予定ですので、日本でしかできない日本版のツアーを楽しんでほしいなと思います。
吉田 自分の物語としても受け取れるような内容だと思うので、そこにつながれるような観劇体験をしてもらえたらと思います。
黒田 ルーマニアに蔵之介さんが滞在されて作られた、芸劇とラドゥ・スタンカ劇場だからこそできた作品だと思います。なので、ルーマニアのエッセンスが入っていて、この作品だから体感できる匂いというか、独特な雰囲気……それも濃度がある作品という印象があるので、その匂いを楽しんでもらえたらいいなと思います。
内藤 ラドゥ・スタンカ劇場と東京芸術劇場の共同作業の集大成という感じかなと思います。蔵之介さんはシビウ・ウォーク・オブ・フェイムを受賞しました。蔵之介さんのラドゥ・スタンカ劇場に対する貢献が評価されたことは非常にうれしいことですし、蔵之介さん自身も自分の名前がシビウの歩道に星として刻まれたということで、これからもシビウと関係を続けていきたいと思っているんじゃないかと思います。
本作を選んだときは本当に冒険で、日本でどんな反応が起きるだろうかと心配しながら選んだんですけれども、プレミアとシビウ演劇祭で観て、作品が成長したことを感じました。深みが増したと同時に、蔵之介さんが確信を持って、自分の物語であり自分たちの物語だと演じていることがよく伝わってきたんです。ヨーロッパの観客が楽しんできた作品を、これから日本のお客さんにも観ていただけることはうれしいですし、この作品の命が、しばらく続くといいなと思っています。