2025年の「大阪・関西万博」に向けて、来阪者に大阪の文化芸術を楽しんでもらうことを目的とした「大阪国際文化芸術プロジェクト」が展開されている。2024年度の演目にラインナップされている「FOLKER」は、遊気舎が1999年に初演した意欲作で、女囚刑務所を舞台に、更生プログラムとして取り入れられたフォークダンスのコンテストに受刑者が出場する様を描いた作品だ。
約25年ぶりの再演に向けて、作・演出を手がける後藤ひろひとと、主演を務める紅ゆずるにインタビュー。また、メインキャストの遠藤久美子、小島聖、内場勝則、男性ブランコの平井まさあきと浦井のりひろに、後藤作品に対するイメージや、公演に対する抱負を聞いた。
[後藤ひろひと・紅ゆずる対談]取材・文 / 熊井玲撮影 / 塩崎智弘
紅ゆずる 衣裳協力:ワンピース / Wild Lily(TEL:03-3461-4887)、
イヤリング / コトモノマルシェ東急プラザ渋谷店(TEL:03-5422-3515)
フォークダンスと格闘技の組み合わせで生まれた「FOLKER」
──「FOLKER」は1999年に遊気舎で初演された作品です。今回、25年ぶりの再演となりますが、後藤さんにとって、どんな印象が残っている作品ですか?
後藤ひろひと 僕は1996年に遊気舎を退団して、「FOLKER」が上演された1999年は、籍は劇団から抜けているんだけれども、座付き作家・演出家として活動している時期でした。無我夢中でやった芝居だったので、実はワーッとやった、という思い出しかないんですよね(笑)。ただ遊気舎の劇団史では一番お客さんが入った舞台で、東京公演は本多劇場前の階段を、わずか10枚程度しかない当日券を求めるお客さんの列が3往復ぐらい並んだという盛り上がりがあった作品で、「音だけでいいから聴かせてください!」というお客さんにはロビーにも入ってもらった、というような公演でした。
──当時の後藤さんは、「ダブリンの鐘つきカビ人間」(1996年)、「人間風車」(1997年)と、今も人気の高い、文学や映画などの香りを感じさせるサスペンスタッチの大作や、2つの劇場を行き来する「PARTNER」(1997年)など、作品数も作品に盛り込む趣向の数も非常に多い時期でした。「FOLKER」は、後藤さんにとってどのような位置付けの作品なのでしょうか。
後藤 25年前というと、プロレスから格闘技に変わるぐらいの時代で、年末のテレビ番組はどこをつけても格闘技を放送している時期でした。その世界にフォークダンスを当てはめたらどうなるのか、という遊び心があったと思います。またプロレスや格闘技のように、四方囲みで観る演劇をすごくやりたかった時期で、かつフォークダンスの円はやっぱり上から見るのが一番綺麗ですから、フォークダンスと格闘技を組み合わせてみたいなと。だから、「FOLKER」の内容って、格闘技みたいでしょ?(笑)
──確かに(笑)。タイトルにもなっている“FOLKER”はフォークダンス・バトル大会のことですものね。フォークダンスに注目したのは、何かきっかけがあったのですか?
後藤 確か遊気舎のイベントで、フォークダンスをするっていう企画があったんですよ。それがすごく楽しそうに見えた、ということを今、思い出しました(笑)。フォークダンスって学生時代にやって楽しかったし面白かったけど、大人になったらもうやらないですよね。でも改めてフォークダンスをやってみたいなと思って、フォークダンスを取り上げました。それと、当時、劇団の女優たちがすごく強い時期だったので、女性たちが中心の女囚ものをやりたい、というノリもあったと思います。そのようにいろいろな要素が合わさって、「FOLKER」が出来上がっていきました。
空那の心を溶かす、フォークダンス
──お稽古のスタートはこれからということですが、紅さんは台本をお読みになってどんな印象を持ちましたか?
紅ゆずる まず“フォーカー”ってどういう意味なんやろう?というところから入って、調べたらドイツ語で「人民の盾」という意味らしくて。だから一般社会と刑務所の間に立たされている、という意味での“盾”なのかなって想像したんですけど、今後藤さんが、イベントでフォークダンスをされたからだとおっしゃったのを聞いて「そうなんやあ」と(笑)。
後藤 あははは!
紅 また、最初はコメディだと思って読み始めたんですけど、最後は「おお!」という展開で。“女囚=悪女”みたいなイメージから、最終的には彼女たちのことを応援したくなるような作品だなと思いました。
──紅さん演じる空那は女囚刑務所の新参者で、女囚たちの関係性から少し距離を取って1人で過ごすことが多い女性です。どんな印象をお持ちですか?
紅 空那は最初、すごく人を遠ざけているので、それはどうしてなんだろうと考えていました。まだその理由を考えている状態ではあるのですが……女囚たちは死刑囚になるくらいだからよっぽどひどいことをしてるはずですけど、空那はそんな女囚たちのことも、また自分自身のことも卑下し、軽蔑しているんじゃないかなと思っていて。それで、あんなギスギスとした態度を取っているんじゃないかなと。
後藤 空那は親すら信じられなくなり、誰も信じないことが生き方の根本になっていったキャラクターだと思うんですよね。憎むことでしか自分自身を表現できないと言いますか。でもその心境が、まさかのフォークダンスで変化していく。人の心が溶けるのって、例えばちょっとしたお菓子の味とか誰かの一言とかそういうもののことが多いと思うんだけど、空那の場合はフォークダンスで溶けるのが面白いなって、今、台本をリライトしながら改めて感じています。
紅 ただ今回、死刑囚についていろいろ調べたところ、どんどん暗い気持ちになってしまって……。
後藤 うん、僕もなった。だからお客様には「これは嘘だ」と思いながら見てもらって、最後に「あれ、もしかしたらあの部分は本当のことだったのかな?」と思ってもらえたらと思っているんですよ。死刑囚たちが一般のフォークダンス大会に出て踊るなんてことはまずあり得ないし、チラシでみんなが着ているオレンジの衣裳だってアメリカの受刑服のイメージで、ほかにも「これは嘘でしょ」っていうようなことがストーリーにたびたび挟まってくる。そこが大切で。また物語の展開的には、浦井(のりひろ)演じるゴシップ雑誌社員の森と、(粟根)まこと演じるライターの中村が現実世界の話を進めていき、女囚たちの物語は彼らがやり取りする“脱獄犯の手記”というフィクションのエピソードとして描かれます。お客さんにとっては、森と中村の現実のエピソードより、物語の中で描かれる架空の女囚たちの話のほうが気になると思うんですよね。今回は、そういったことも考えてのキャスティングです(笑)。
後藤さんは人見知り?
──公式サイトに掲載されている紅さんの動画によると、最初にお会いになったとき、実はお二人、あまりお話にならなかったそうですね。
紅 ええ。私も人見知りなほうですが、後藤さん、私の100倍ぐらい人見知りだなと思いました(笑)。
後藤 そんなこともないとは思うんだけど……。
紅 だって全然目が合わないんです。でもその後、お酒を一緒に飲む機会があって、そうしたらめちゃめちゃしゃべってくださいました。……でもあれは、私のお隣にいた内場(勝則)さんにしゃべっていたのかな?
後藤 確かに内場さんがいると、映画のことや格闘技の話とか、内場さんと僕でしゃべりがちです(笑)。ダメだ、今度は内場さんがいないところで飲みに行こう!
一同 あははは!
後藤 ちなみに僕、確かに最初は紅さんと何をしゃべったらいいかわからなかったんですけど、写真撮影のときに東學(編集注:絵師、アートディレクター。本公演の宣伝美術を担当)さんを紅さんがめっちゃイジってるのを見て、あんまり気を遣ってしゃべる相手じゃないのかなって思って、話しやすくなりました。
紅 ありがとうございます(笑)。こうやって、お会いするたびに後藤さんとの距離が少しずつ縮まっている感じがするのでうれしいです。これからお稽古の中で、後藤さんのいろいろな面を発見したいなと思っています!
後藤 ただ今回、稽古場に異様な緊張感を感じているのは、カミさん(楠見薫)がいるっていうことで……(笑)。一緒の現場、久しぶりなんですよね。まあ今回は東京で稽古だから家に帰るわけじゃないし、「今日のあれは何やったんやー」みたいなことにはならないと思うんだけど。
紅 すごく仲が良いご夫婦ですよね。ポスター撮りのときもすごく楽しそうにお話しされていましたし。
──ご夫婦で共有できることが多いのはいいですね。
後藤 そうですね。この「FOLKER」についても、初演の話ができる相手ですから。
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フォークダンスの意味を、今一度考えたい