「ダークマスター 2019 TOYAMA」タニノクロウ インタビュー&美術制作レポート | ここに今生きている人たちが何を考えているか、そのことが知りたい

庭劇団ペニノのタニノクロウが、自身の出身地である富山県のキャスト&スタッフと共に、富山版「ダークマスター」を立ち上げる。狩撫麻礼のマンガを原作とする本作は、ある寂れた飲食店を舞台に、腕はいいが偏屈者のマスターと、そこに迷い込んだバックパッカーの青年を描いた奇妙な物語だ。リアルな舞台美術をはじめ、目の前で繰り広げられる“神業的”な調理シーンや、イヤホンと映像を織り交ぜた演出など、視覚、聴覚、嗅覚を刺激する密度の高さが人気の本作。富山版「ダークマスター」に、タニノはどのような思いで臨むのか。粉雪が散らつく1月下旬、富山の稽古場にタニノを訪ねた。

取材・文・[美術制作レポ]撮影 / 熊井玲
[タニノ稽古場インタビュー]撮影 / 京角真裕(空耳カメラ)

時代の変わり目に「ダークマスター」は似合う

──タニノさんは2018年にオーバード・ホールで「地獄谷温泉 無明ノ宿」を上演されました。ご自身の故郷を意識した作品だと早くから公言されており、第60回岸田國士戯曲賞を受賞されるなど反響が大きかった、近年のタニノさんの代表作です。

タニノクロウ

まさか富山で上演すると思っていなかったので、あのときは舞い上がっていましたね(笑)。とにかく自分が楽しむことと、チームのスタッフ、キャストに「富山っていいところでしょ」とアピールする、接待の日々でした(笑)。

──(笑)。「地獄谷温泉~」を手がけられるまでは、タニノさんが富山のお話をされることはあまりなかったように思います。「地獄谷温泉~」のクリエーションが、タニノさんにとって大きなポイントになったのでしょうか。

大きかったですね。「地獄谷温泉~」の舞台は北陸の山間としただけで特に富山には限定しておらず、ある程度距離感を持って書いたつもりですが、富山弁を使っていますし、もともと「ばあちゃんのために作れるものはないだろうか」と思って作ったところがあるので、どうしても富山のことを意識してしまうところがあります。ただオーバード・ホールに声をかけていただいたときにはびっくりしましたし、その後の海外ツアーなんてまったく考えていなかったです(編集注:「地獄谷温泉 無明ノ宿」は海外でたびたびツアーを行い、18年秋のパリ公演にてセットの老朽化により最終公演を迎えた)。

──富山での反応はいかがでしたか。

言葉の威力はやっぱり強くて、東京公演では富山弁のニュアンスがお客さんにちゃんと伝わるか心配でしたが、富山ではすっと理解されていると感じました。またあの作品の“山間にある小さな温泉宿”という風景がすっとイメージできる、そういう原風景を共有している人たちなので、作品が持っている気味悪さを余計に感じ取ってもらえたようですし、北陸新幹線が通ったことによって、いろいろなものが失われたり生まれたりしていることを切実に感じている人たちでもあるので、感想を聞くと、作品の芯がちゃんと伝わっているなと感じました。その「地獄谷温泉~」富山公演の千秋楽に、「次は『ダークマスター』を」とお話をいただいて。「ダークマスター」は時代の変わり目とか、いろいろな思惑が渦巻いているとき、変化が激しいときに上演の意味がある作品だと思うので、元号が変わったり、オリンピックの前年だったりする2019年に、ぜひやりたいと思いました。

富山の商店街にて。タニノクロウ。(撮影:今寺学)

富山の商店街にて。タニノクロウ。(撮影:今寺学)

作品がゴールではない

──今回は“オール富山”を謳い、キャストも美術スタッフも公募で選ばれました。富山で、富山の人たちと作品を立ち上げることにこだわったのは?

美術制作の様子。

もともと東京で作った作品をほかの場所に持って行って観せるということに、それほど大きな価値があるとは思っていなくて。で、16年に関西で、関西のメンバーと「ダークマスター」をリクリエーションするプロジェクトをやったんですね(参照:「ダークマスター」大阪で開幕、タニノ「私自身のための演劇教科書のような作品」)。演劇は、何かいいアイデアがあって、いい人たちさえいれば作品はできると思っているので、自分1人がその土地へ行ってその土地の人たちと作品を作ることができればいいと思ったんです。この作品が、ある一定の評価を得たので、こういった作り方もできると実感したと言うか。また美術スタッフを公募にしたのは、「蛸入道 忘却ノ儀」(18年)のときに、我々やお客さんの思いを何かしら作品に残すようなクリエーションをしたいと思ったんですね(編集注:「蛸入道~」では観客が開演前に書いた“願いごと”が上演のたびに劇場内に貼られた)。その影響もあると思います。例えば富山の人が、舞台美術のパネル1つ作るのに何時間もかけるってことが、この作品のリアリティを下支えするのではないかと思って。実際に目に見えるものでなくても、キャストであれスタッフであれ、この作品に影響していないものはないと思うし、僕はそれを信じて演劇をやっているところがある。だとしたら、作品と人との関係性をもっと増やしたいと思いました。なので、小道具も街から集めたものを使っていて、そうやって何か1つひとつ、小さな思いが詰まったものを持ち込むことが、この作品のリアリティを高め、質を高くするんじゃないかと思っています。

──ただ、タニノさんのように細やかな作品作りをするアーティストにとって、俳優や美術スタッフに一般の方を交えることは、時間も労力もかかりますし、苦にならないのでしょうか。

全然苦じゃないですね。その背景には、関西版での経験があると思いますが、もともと「ダークマスター」はイヤホンを使ったり、目の前で調理したりという小劇場の面白さや工夫がふんだんに盛り込まれた作品なので、演技力がすべてではない。その点でやりやすい作品ではあります。だから出演者たちにも決して演技のことだけ考えてほしくないというか、もっといろんなことに好奇心を持ってこのクリエーションに関わってほしいと思っています。この作品が単なるゴールということではなく、作品を通して世の中を見つめることができるのが最高だと思うので、そういうクリエーションにしたいんです。


2019年2月15日更新