映画「キャッツ」安倍寧×堀内元|舞台「キャッツ」の息遣いが、映画ならではのアプローチで立ち現れる

日本はもちろん、世界中で人々を魅了しているミュージカル「キャッツ」。トム・フーパー監督が手がけた実写映画版には、作曲に「オペラ座の怪人」などで知られるアンドリュー・ロイド=ウェバー、脚本(フーパーと共同)に家族ドラマに定評があるリー・ホール、そしてキャストにジェームズ・コーデン、イアン・マッケラン、ジュディ・デンチと、演劇ファンも納得の人気者がそろった。

ステージナタリーでは、元劇団四季取締役で音楽評論家の安倍寧と、ミストフェリーズ役で東京のみならず「NY、ロンドンでプロデューサーのキャメロン・マッキントッシュに招集をかけられた(笑)」と語る世界的バレエダンサーでありディレクターの堀内元の対談を実施。「キャッツ」を深く知り、作品・役と向き合ってきた彼らは実写字幕版をどう観たか。過去のエピソードを交え、ざっくばらんに語ってもらった。

取材・文 / 兵藤あおみ 撮影 / Junko Yokoyama(Lorimer)

猫が観客に訴えかける、舞台のカラクリをどう見せる?

堀内元

──「キャッツ」の映画化が決まった際の第一印象を教えていただけますか。

堀内元 最近、「美女と野獣」や「レ・ミゼラブル」など人気作がどんどん映画化されていますからね。「ついに『キャッツ』もそうなるのか、まあ、当然の流れだな」と。ただ、1998年にビデオ化されたときと同様に、舞台版に近いものを作るのかなとばかり思っていたんです。

安倍寧 僕はその逆で舞台とは違うものになるだろうなと思いました。

堀内 結果、安倍さんの仰る通りになりましたね! 僕は、今住んでいる地元(米・セントルイス)の映画館で観たんですが、あまりに新鮮なアレンジで。まったく別もののミュージカルを観るような感覚でした。

安倍 結論から言っちゃうと、一番良い形で映画化されているなと思いました。まず、完全な猫の物語にするんだったらアニメにすれば良かったわけだけれど、そうはしなかった。バラエティーに富んだ登場人物たちに比例するかのように集まった、各分野の実力派俳優たちの個性をちゃんと生かしながら、猫というものをきちんと描いている。あの人間の部分と猫化された部分とのバランスは絶妙と言えるんじゃないかな。今、「キャッツ」を映画化するならこの方法しかないというくらい、トム・フーパー監督が実写化のために努力した部分は、ほとんど成功しているように思いました。

──舞台との違いが特に出ていた部分を挙げていただけますか。

安倍寧

安倍 やっぱり、舞台で端役だったヴィクトリアを膨らませたところでしょうね。“ジェリクルキャッツ”という1つの猫の部落の中に、外から迷い猫(ヴィクトリア)が入ってくる。その彼女が、“ジェリクルキャッツ”の中にいながらはぐれ者で、みんなから嫌われていたグリザベラと仲良くなり、最終的には2匹そろって仲間たちに受け入れられる。今の世界情勢に非常に見合う、素晴らしいストーリーラインだと思う。要するに、この地球上で他者とどう融合し、折り合って生きていくかっていうね。監督と、彼と共に脚本を務めるリー・ホールの並々ならぬ思いが伝わってきました。

堀内 もともと「キャッツ」って、猫が人間に訴えかけるミュージカルなんですよね。「私はこういう猫なんだ」って。だから直接お客さんの目を見て訴えかけたり、そばまで行って触ったりもする。でも映画ではそれができないので、部落の外からやって来たヴィクトリアに対して猫が自分たち自身を表現するんです。そして、観客はそのヴィクトリアの目を通して、「あ、この猫はこういう猫なんだな」って理解する。新しい演出方法で素晴らしいと思いましたね。

安倍 「キャッツ」を初めて観る人でもスーッと作品に入っていけるでしょうね。

ミストフェリーズへの思いは愛着を超えている!?

──先ほど安倍さんも仰っていた通り、本作にはバラエティーに富んだキャラクターがたくさん登場します。特に印象に残っているキャラクターはいますか。

安倍 元さんはやっぱりミストフェリーズだよね?

堀内 うーん、どうかな……。

安倍 そうでもない? ほかの役がいい?

堀内元

堀内 これまで二千何百回と演じてきたので、役に対する愛着とかそういうものは通り越してしまっている感じで。ただ、今回ミストフェリーズの見せ場であるバレエシーンこそなくなっちゃったけれども、重要な役として残ったのは良いなと思ったんですよね。ミストフェリーズって普段はクァクソー(Quaxo)という名の猫で、マジックをするときだけミストフェリーズという名で出て来る。そして、ロンドン版ではマンゴジェリーとランペルティーザのナンバーを歌ったり、ガンビーキャット(ジェニエニドッツ)が踊るシーンで先頭に立ってタップを踏んだりと、進行役を担っていたんです。だから終盤、オールドデュトロノミーがいなくなって「どうしよう?」となったとき、「ミストフェリーズに頼め」となる。いろいろな猫を知っている彼なら、オールドデュトロノミーを探し当てて我々の前に連れて来てくれるだろうからと。物語の中でちゃんと伏線になっているんです。今回クリエイターたちには、ミストフェリーズのバレエで魅せるんじゃなく、ストーリーや彼のマジシャン的なところで魅せたいという意図があった。その代わり、ヴィクトリアにバレエを踊らせたり、鉄道猫のスキンブルシャンクスにタップを踏ませたり、ロビー・フェアチャイルド扮するマンカストラップにたくさん踊らせたりと、バランスがよく取れていたんじゃないかな思います。

──アンディ・ブランケンビューラーの振付はいかがでしたか。

堀内 ジリアン(・リン)が遺したものを、影も形もなく、よくぞあそこまで変えた!と思いました。さすが「ハミルトン」などの人気作を手がける、今をときめくブロードウェイの振付家だけはある。特に猫の動きにとらわれすぎていないところが良かった。自分が踊っていた当時、猫っぽく見せるためにいつも背を丸めた動きばかりだったのが気になっていて。でも映画ではよりフリーな動きになっていましたね。

安倍 ヒップホップを入れるっていうのも今の時代だからですよね。

堀内 ラリー・ブルジョアとロラン・ブルジョア(編集注:レ・トゥインズというダンスユニットを組む双子の兄弟ダンサー)が出てきたとき、面白くて、つい笑っちゃいました。