1985年6月30日、早稲田大学の演劇サークル出身で脚本・演出家の成井豊を中心に旗揚げされた演劇集団キャラメルボックスが、2025年6月30日に創立40周年を迎えた。“家族でも観られるエンターテインメント演劇”をコンセプトに、多くのファンタジー作品やSF作品を発表し続けてきたキャラメルボックスは、2019年上演の「ナツヤスミ語辞典」をもって一度活動を休止したが、2021年上演の「サンタクロースが歌ってくれた」で活動を再開。2025年には創立40周年を記念し、6月に「サポーターズ・ミーティング2025」を開催、7・8月に記念公演①「さよならノーチラス号」「ナナメウシロのカムパネルラ」(参照:キャラメルボックス40周年記念公演「さよならノーチラス号」開幕、成井豊が手応え)を上演した。
12月に上演される記念公演②「トルネイド 北条雷太の終わらない旅」に向け、旗揚げメンバーであり劇団代表を務める成井、「トルネイド」で重要な役どころを演じる劇団員の鍛治本大樹と林貴子に、劇団と自身の歩みを振り返ると共に、彼らにとって劇団とはどのような“場所”なのか、思いの丈を語ってもらった。
取材・文 / 興野汐里撮影 / 藤田亜弓
一番好きな作品、一番好きな主人公
──劇団創立40周年、おめでとうございます! 改めて、40周年を迎えた率直な気持ちをお聞かせいただけますか?
成井豊 10周年、20周年、30周年のときもイベントや記念公演をやってきましたが、“40周年”という数字は、今までに感じたことがないくらい大きな節目だと思いました。40年劇団をやり続けたことについて、自分で自分を褒めてもあげても良いんじゃないかな(笑)。「サポーターズ・ミーティング2025」を開催してみて、キャラメルボックスの芝居を30年以上観続けてくれているお客さんが本当に多いことを実感して。応援してくださる方がこれだけたくさんいてくれたからこそ、自分たちはここまで劇団を続けてこられたんだと改めて思いました。
──鍛治本さんは2007年、林さんは2009年にキャラメルボックスへ入団されました。お二方は“40周年”という歳月をどのように捉えていらっしゃいますか?
鍛治本大樹 僕は、入団前の2005年にキャラメルボックスの俳優教室に通っていたんですけど、その頃にちょうど劇団が創立20周年を迎えて。40周年の半分くらいの期間、劇団に携われていると思うととても感慨深いですね。
林貴子 40周年というのは、単純にすごい年数だなと思います。「サポーターズ・ミーティング2025」を親子3代で観に来てくださったお客さんがいて、それぐらい長い時間応援していただいているんだなと、胸がいっぱいになりましたし、「これからも面白い作品をお届けするぞ!」と気持ちを新たにしました。
──記念公演①では、1998年初演の「さよならノーチラス号」、最新作「ナナメウシロのカムパネルラ」が上演されました。記念公演②では、2003年上演「彗星はいつも一人」の決定版「トルネイド 北条雷太の終わらない旅」が上演されます。「さよならノーチラス号」「ナナメウシロのカムパネルラ」「トルネイド 北条雷太の終わらない旅」という3作品を記念公演の演目に選んだ理由を教えてください。
成井 記念公演①では自分が一番好きな作品と最新作を、記念公演②では自分が一番好きな主人公・北条雷太の物語をやりたいと考えたんです。「彗星はいつも一人」の改訂上演をするにあたって、公演名を「トルネイド」に改めたのですが、結果的にあまり大きな改訂はせず、テキストレジ(編集注:脚本を上演用に訂正すること)をしたぐらいでした。「彗星はいつも一人」からの大きな変更点といえば、語り手を1人から全員にしたこと。「彗星はいつも一人」のもとになった1995年初演「レインディア・エクスプレス」では、主人公の北条雷太をはじめとするメインキャラクター3人以外全員が語り手だったんです。「彗星はいつも一人」のときに語り手を1人に絞ったんですが、今回また全員を語り手にしました。そういう意味だと「トルネイド」は初演と再演をミックスしたというふうにも考えられると思います。僕、基本的に過去公演の映像は観ないんですけど、再演するときは仕方なく早送りで観るんですよ。今回、脚本を改訂するために「彗星はいつも一人」の映像を観たらすっごく面白くて!(笑) でも、2000年代の演劇特有のギャグまみれなコテコテ感が、2020年代においてはトゥーマッチに感じたので、そういった部分を調整しました。
──成井さんは「さよならノーチラス号」が最も好きな作品で、「トルネイド 北条雷太の終わらない旅」に登場する北条雷太が最も好きな主人公とのことですが、鍛治本さんと林さんがキャラメルボックスの中で一番好きな作品は何ですか? また、印象深い主人公がいれば教えてください。
鍛治本 これまであまり言ったことがなかったんですけど、僕が好きな作品は、サッカーを題材にした「スケッチ・ブック・ボイジャー」です。僕は学生時代にサッカーをやっていたのですが、俳優教室に通っているときに1995年の再演版の映像を観て「面白い!」と衝撃を受けて。「スケッチ・ブック・ボイジャー」は20周年の際に上演されているんですけど、いつか機会があったら自分も出演できたら良いなと思っています。
林 私は「広くてすてきな宇宙じゃないか」に登場するおばあちゃんが大好きです。何でもできるアンドロイドのおばあちゃんが、人間という存在に少しでも近付こうともがいているところが、本当に愛おしくて……。自分自身、クリコという役で出演させていただいたこともあり、「広くてすてきな宇宙じゃないか」は思い出深い作品の一つです。
北条雷太はとにかく愚直な男
──「トルネイド 北条雷太の終わらない旅」では、不老不死になった190歳の武士・北条雷太を軸にした物語が描かれます。「彗星はいつも一人」の映像を観返し、また「トルネイド 北条雷太の終わらない旅」の新たな脚本を作成されて、成井さんは本作の魅力がどのようなところにあると感じましたか?
成井 現実からスタートして非現実的な出来事が起こり、最終的に現実へ戻る、というのがファンタジーの基本構造なので、現実と非現実の間でどれだけ飛躍できるかが重要だと思うんです。34歳のときに「レインディア・エクスプレス」を書いたのですが、190歳の武士を登場させるという設定は我ながらよく思い付いたなと(笑)。今の64歳の僕にはこんな発想はできないですよ! 「レインディア・エクスプレス」のアイデアのもとになったのは、人魚の肉を食べて不老不死になった漁師を描く高橋留美子さんのマンガ「人魚の傷」シリーズでした。不老不死というのは、けがをしてもすぐ治ったり、いつまでも若くいられたりと、生きていくうえでさまざまな利点があるんじゃないかと普通は思いますよね。でも、北条雷太にとっては不利なことばかり起こるんです。誰かを好きになったとしても、自分が異形の者であることがバレてしまうから、その人とずっと一緒に過ごすことができない。そんな不老不死の男が、本当に好きになった人のことを何とか幸せにしようとするのが、この「トルネイド」です。北条雷太は良い言い方をすると誠実で、悪い言い方をすると不器用。とにかく愚直な男だと思います。そこがたまらなく愛おしい。宮沢賢治作品の主人公、引いては宮沢賢治さんそのものみたいな感じもしますよね。
鍛治本 「彗星はいつも一人」の映像を観たあとに、「トルネイド」の改訂台本を読んだのですが、成井さんがおっしゃっていたように、全員で語り手を担当するところがすごく良いなと思いました。みんなで一緒に北条雷太を見守るところが、キャラメルボックスらしい群像劇になっていると感じましたし、クリスマスの季節に合う作品になっているなと。
林 確かにクリスマスにぴったりですね! 私は自分が北条雷太のように不老不死だったら耐えられないなと思って……生きていたら、誰かとつながりたいと思うのって、ごくごく自然なことだと思うんですけど、深くつながればつながるほど、悲しい別れが訪れる。ですが、つらいだけでなく、温かい気持ちにもなれる作品だと思います。
──今作「トルネイド 北条雷太の終わらない旅」で、鍛治本さんは主人公の北条雷太役、林さんは北条雷太と縁がある80歳の老女・朝倉ナオ役を演じます。お二人は、ご自身が演じるお役に対してどのようにアプローチしていきたいと考えていますか?
鍛治本 キャラメルボックスの看板俳優・西川浩幸さんが演じた役なので、プレッシャーを感じる部分もありますが、お客さんが“新しい北条雷太”に会えることを期待してくださっていると思うので、僕なりの北条雷太を演じられたら良いなと思います。夏に行われた記念公演①のとき、成井さんが稽古場で「現実感を大切にしたい」とおっしゃっていたのですが、その言葉は今のキャラメルボックスにとって、そして僕自身にとっても大事なキーワードになるんじゃないかなと。ファンタジックな設定に逃げ込まず、生身の人間が演じる以上は現実感を大切にしたいです。
林 私、おばの手伝いで毎年夏にお花の出荷をやっているんですが、近所に住んでいるおばあちゃんたちがいつも参加してくれるんです。皆さん80歳を超えているのに、本当に元気で若々しくて! 80歳のおばあちゃんの役は年齢的に難しい役どころではありますが、おばあちゃんたちと関わってきた経験を生かして、しっかりと役作りができればと思います。
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