一番カッコいい研究所の卒業の仕方は……
──本科で1年間学んで、研修科に残れるのはほんの一握りの方のみです。選考に漏れてしまった方は、その後どのように演劇と関わっていくのでしょうか?
坂口 長い目で見たら、演劇を続けてない子のほうが多いだろうね。60人くらいの本科生が毎年卒業していくけど、卒業して10年後にはその半数以上が演劇とは直接関係のない道に進むんじゃないかな。
植田 寂しいことも多いですけど、やっぱりうれしいのは、卒業生たちが現役生の発表会を観に来てくれたときや、卒業後に新しい団体やユニットを立ち上げたって報告を受けたときですよね。
坂口 そうだね。「ここは落第したところだから、絶対来ない!」って人たちが多かった時期もあったけど、今は発表会に来てくれる卒業生も多い。
植田 一般のお客様ですぐ満席になってしまうので、「卒業生はゲネプロに来て!」ってお願いするくらい(笑)。
坂口 うれしいことだよね。あとこれは冗談半分で生徒たちに言ってるんだけど、最後の発表会が終わって「研修科に残ってください」って言われたときに、「どうもありがとうございます。とても楽しかったけど、ここでやりたい芝居が見つからないので失礼します」って去っていくのが一番カッコいい研究所の卒業の仕方だ、って(笑)。やっぱり演劇人はそのくらいの気持ちで構えてないとって思うからさ。
──粋な考え方ですね。ちなみに、本科から研修科に進級するか否かはどの段階で決まるのでしょうか?
坂口 卒業発表会が終わった次の日に会議をして、昼過ぎまでには決まっている感じ。
植田 そうですね。長時間の会議を経ても、満場一致が起こり得ないところに“文学座らしさ”を感じるというか、みんなそれぞれ違う感覚を大事にしているので、票が割れるのが面白いところだなと思います。
目指すは“演劇界の京大”?
──1961年に創設された文学座附属演劇研究所は、来年ついに60周年を迎えます。改めて、研究所の強みはどんなところにあると考えていらっしゃいますか?
植田 「おはようございます」と「お疲れさまでした」の間だけで付き合っていくんじゃなくて、「おはようございます」の前もあれば、「お疲れさまでした」のあとも関係が続いていくのが、研究所を含む文学座のよさだと思います。授業で使ったテキストを通して話すっていうよりも、1対1の人間同士で対話できるっていうのかな。「基礎訓練」っていうテキストに、「舞台でみりょくのある俳優になるためには、日常生活においてもみりょくのある人間でなくてはならない」っていう杉村春子さんの文章が載ってるんですが、僕はその言葉がすごく好きで。文学座が一番大事にしてるのって、結局その部分なんじゃないかなって気がするんです。
坂口 うちのいい意味での伝統って何かっていうと、「その瞬間が成立していればいい。瞬間瞬間の素晴らしさをつなぎ合わせた軌跡が、やがて演劇になっていく。それが一番面白いはずだ」っていう考え方なんだよね。リアリティを積み重ねていって、「理屈なんかないよ」「筋なんかないよ」っていう演劇の作り方をするのって、古いようで実は新しいんじゃないかなと思う。この考えを面白がってくれる人たちが集まってくれるうちは、文学座の魅力はまだまだ続くんじゃないかな。
──以前、座員の方々にお話を伺ったときに、西川信廣さんも「1つの価値観に縛られず、新しい才能を潰さない比較的自由な気風が、文学座の伝統として残っている」(参照:文学座特集 | 2019年本公演 演出家&キャスト座談会 / アトリエの会 今井朋彦インタビュー)とおっしゃっていました。では最後に、60周年以降の展望について教えてください。
植田 これからの10年をこういうふうにしていこうかなというのは何となく考えてはいて、来年はその足掛かりになるような節目の年にしたいなという気持ちでいます。文学座はよく、古くて歴史があるから安心というイメージを持たれがちなんですけど、“文学座らしさ”って実は、今まで見たことないタイプの人が集まってくることにあると思っていて。“演劇界の東大”と例えられることが多いですが、それよりも“演劇界の京大”になれたらいいなって考えてるんです(笑)。
坂口 ははは! “演劇界の京大”!(笑)
植田 みんな知識があってしっかりしてるのももちろん面白いけど、自由な人たちが集まってものすごいことを成し遂げるっていうのを目指したいなって。
坂口 うーん、そうだなあ。では、受験を考えてくれている方々に一言。改めて考えると、演劇って本当にぜいたくなジャンルじゃないですか。わざわざその日に劇場に来て、何時間か芝居を観るなんて。そのぜいたくさを一度味わうとなかなか忘れられないんだ、これが(笑)。その気持ちをここに来てぜひ味わってほしい。文学座附属演劇研究所で待ってます。
- 文学座附属演劇研究所
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1961年、文学座の創立25周年の記念事業の1つとしてスタートした文学座附属演劇研究所。授業では文学座座員たちによる演技実習をはじめ、各専門家を招いての音楽、体操、ダンス、アクション、能楽、作法のレッスンや、演劇史を学ぶ座学もあり、広く舞台で活動していくための基礎教養を学ぶことができる。なお、研究所は本科と研修科に分かれており、本科の卒業公演後、選抜されたメンバーのみが研修科に進級する。
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- 坂口芳貞(サカグチヨシサダ)
- 1963年に文学座附属演劇研究所へ入所し、1967年に座員となる。近年の出演作に、Ring-Bong「逢坂~めぐりのめあて~」(演出:藤井ごう)、文学座5月アトリエの会「青べか物語」(演出:所奏)、Pカンパニー「別役実の男と女の二人芝居 日替3本立て」(演出:山下悟)があるほか、文学座附属演劇研究所「阿Q外傳」(演出:鵜澤秀行)に特別出演している。吹替えではモーガン・フリーマンやショーン・コネリーの声を担当。2019年7月に行われた研究所本科昼間部、夜間部の「わが町」では演出を務めた。
- 植田真介(ウエダシンスケ)
- 2000年に文学座附属演劇研究所へ入所し、2005年に座員となる。近年は、ティーファクトリー「エフェメラル・エレメンツ」(演出:川村毅)、「クイーン・エリザベス -輝ける王冠と秘められし愛-」(演出:宮田慶子)などに出演。10月には、ティーファクトリー「ノート」(演出:川村毅)の公演を控えている。