「BOAT」藤田貴大×宮沢氷魚×青柳いづみ×豊田エリー×中嶋朋子|プレイハウスの空間に“風景”を描きたい

舞台に“風景”を描く

藤田 この間、朋子さんと話していたときに「北の国から」の話になって。そのときに朋子さんが「風景だったんだよ」と言っていたんですね。その言葉の意味は朋子さんにしかわかり得ないとは思うんですけど、すごくいい言葉だなと思って、3日間くらい引っかかってて。「全部風景だった」って実はそれ、演出家がみんな目指すところなんじゃないかなと思ったんです。舞台の中には、ヒエラルキーがあるものもあるじゃないですか。主人公がいたり、あるいはキャストの番手が歴然と決まっていたり。それはそれでいいと思うんだけど、プレイハウスのような抜けのいい空間って野外フェスのような感じで、すごく気持ちいいものだと思うから、「この人が観たい」じゃなくて「この人々が観たい」「この風景が観たい」って感じになったらいいなって思って、その思いが朋子さんのひと言につながって、この人と仕事ができてよかったなと思ったんです。こういう話を実は蜷川幸雄さんともけっこうしたんですけど、蜷川さんもシェイクスピアをやりながら「もっとイングランドの風景でいいんだよな」って思っていたそうなんです。それをどうしたら表現できるか、今葛藤してるんですけど。

──ボートがずらりと並んだお稽古場でキャストが動いている様子は、確かに風景的でした。

藤田 人間の体って小さいですもんね。氷魚くんも背が高いけどやっぱりボートを前にすると人間なんだなって思う(笑)。

左から藤田貴大、中嶋朋子、宮沢氷魚、豊田エリー、青柳いづみ。

待っている人、弾かれる人、そしてよそ者

──今作のタイトルと中嶋さんの役柄のイメージは同時に思い浮かんだそうですが、稽古が始まってもその印象は変わりませんか?

藤田 そうですね。馬鹿みたいな話なんですけど、実は僕、子供の頃はテレビ禁止で、でも「北の国から」だけは観てよかったんです(笑)。なので朋子さんは僕の人生の中で一番観ている女優さん。それもあったのか初めて朋子さんに会ったときに、僕はスピリチュアルな人間では全然ないんですけど、初めて誰かと会ったときのインパクトを大事にしている部分があって、朋子さんは「待ってるかもしれない」って言葉がポンと出たんです。僕と制作だけがつながってるLINEのグループがあるんだけど、僕のメモみたいな感じで、そこに初めて会った人の印象とかを書き残しておくんですね。「氷魚くん目がヤバい、声がいい」とか「中嶋朋子さん待ってる」とか(笑)。朋子さんはそのときの印象が今回の役柄になったという感じです。

──つい先ほど役柄が発表されたばかりとのことですが、それぞれどんな役なのか、役柄をお聞きになってどんなイメージが湧いているか、教えていただけますか?

「BOAT」ビジュアルより、中嶋朋子。(AD:名久井直子、撮影:井上佐由紀)

中嶋 私は待っている人、です。その土地に長くいて、そこで人生を送っているんだけど、夫を海で亡くしていて、でもその人が死んだかどうかもわからないので待ち続けている。あと新しく来た人や弾かれてしまった人を受け止めるのか受け入れるのかはわからないけど、どこか受け皿になるような人なので、それすらも待っている人なのかな。受け身のようであり動的でもあると言うか、相反するものを持っている女性です。

青柳 私は弾かれ者です。だいたいいつも疎まれる役なので、幸せな人をやれたことがないんですけど。藤田くんには「お前は叫んでいればいい、叫びだよ」と言われて。

藤田 もう最近、叫びしかないんじゃないかなって思ってて。最近ぐっと来た言葉で、知り合いのお子さんが言った言葉があって。

青柳 すごく怒られて「かーかなんか嫌いだ!」みたいになって、「じゃあ人を嫌いになった人間はどうするの」って聞いたら「人を愛さなくなった人間はねえ……叫びを愛するんだよ!」って。

一同 あはははは!(笑)

中嶋 すごい話!

藤田 僕は劇作家だからちゃんと演劇を進行させるために言葉を書いてきたけど、例えば3行あるセリフを1行にできないかとか、言葉じゃないところでやれないかってことをずっと考えてて。その中で、僕がやりたいのは意味を言うためにセリフを言うことじゃなくて、叫びなんじゃないかな……ってことが言いたかったんだけど、なんかギャグにされた(笑)。

──小説家の川上未映子さんのテキストを用いた、2014年上演の「まえのひ」、今年の「みえるわ」などは特に、あれだけ言葉を尽くしているのに、脳裏に叫びが焼き付きました(参照:川上未映子×マームとジプシー「みえるわ」、詩から生まれる6つの演劇)。

藤田 「みえるわ」は特にベースが詩だったから、すごく意味が通ってる言葉というわけでも、物語があるわけでもなかったし、それを舞台化するとなったら言葉の塊みたいなものを届けるしかないという部分もありましたね。あと、青柳とはやっぱり馴れ合いでやりたくないというのがすごくあって、ちゃんとテーマがないと一緒にやる必要がないと思うんですよ。劇団員ではないし、その作品に対して目的がないと、たとえ何回も出演してもらってる人だったとしてもオファーをしない、と思ってるので。だから今回も、別の意味で違うフェーズにいけたらなって。かと言ってただ孤独に追いやるだけじゃダメだなと最近思っているので、青柳の孤独を朋子さんとかエリー、氷魚くんたちが支えたり、見守ったり、協力したりして、それぞれに関係していく形にしたい。それは新しいことじゃないかな。

左から豊田エリー、青柳いづみ。

豊田 私は、青柳さんとは幼なじみで、その土地の丘の上にあるサナトリウムに入っていて……死ぬときを待っている人です。なので朋子さんとはまた別のものを待ってる人ではあるんですけど。彼女は街から少し離れた場所にはいるけど、街に混乱があること、何が起きてるかは知ってると思います。

宮沢 僕はよそ者で、その土地に来てまだ長くない。どこか溶け込めないところがあって、そのときに青柳さんが帰って来て、彼女が爪弾きにされていることを僕が一緒に正していくと言うか。だからその土地で生活はしてるものの孤独で、誰かとの関わりを求めて青柳さんと一緒にやっていく人なんだと思うんですけど。

藤田 氷魚くんってこんな感じで、この間もめっちゃまずい居酒屋に付き合ってくれて、しかも僕は飲みに行こうって誘っておいて禁酒してるから焼酎抜きのすごい酸っぱいレモンサワー飲んでたんだけど(笑)、そういうところを優しい目で見守ってくれるすごいくいいやつなんです。めっちゃいいやつだなって思うんだけど、話してると透けて見えるっていうか、絶対になんかいろいろあっただろうな、って思うんですよ。「透けてる」って言葉でしか今は言えないんだけど、けっこう受け止めてくれてるようで僕のことをたぶん信じてないし……いや一緒に仕事する人としては信じてくれていると思うけど(笑)、たぶん家族とか家はあっても、どこかに居場所があったことがない人なんじゃないかなって思ったんです。そこに立っているようで立ってないと言うか。だから彼しかできないことがある気がしてて。“よそ者”っていうのはカミュの「異邦人」を舞台化したことがあって(2011年上演の「あ、ストレンジャー」)、その感じが「BOAT」でも大事になってくるんじゃないかなと思ってます。その土地じゃないところから来た人がその土地のために何かやる、ということが、内側と外側を意識していく今回のような作品ではすごく重要になってくるんじゃないかと思うし、氷魚くん自身の雰囲気が“よそ者”のイメージと僕の中でうまくマッチした感じがあって、いいのではって思っていますね。

──ちなみに、ボートに乗ってやって来る人なんでしょうか?

藤田 違うと思う、たぶん。漂着した人ではないと思います。

「BOAT」
2018年7月16日(月・祝)~26日(木)
東京都 東京芸術劇場 プレイハウス
「BOAT」

作・演出:藤田貴大

出演:宮沢氷魚、青柳いづみ、豊田エリー、川崎ゆり子、佐々木美奈、長谷川洋子、石井亮介、尾野島慎太朗、辻本達也、中島広隆、波佐谷聡、船津健太、山本直寛、中嶋朋子

藤田貴大(フジタタカヒロ)
マームとジプシー主宰、演劇作家。1985年北海道伊達市生まれ。桜美林大学にて演劇を専攻し、2007年にマームとジプシーを旗揚げ。以降、全作品の作・演出を担当。11年6月から8月にかけて上演された3連作「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」で第56回岸田國士戯曲賞を26歳で受賞。13年に今日マチ子原作の「cocoon」を舞台化、16年に第23回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞する。オリジナル戯曲のほかに、14年には野田秀樹の「小指の思い出」、15年には寺山修司作「書を捨てよ町へ出よう」、16年には「ロミオとジュリエット」の演出を担当。さらに16年より音楽家・大友良英と福島の中高生と共にミュージカル「タイムライン」を発表しているほか、詩集やエッセイ集なども手がける。18年10月には「書を捨てよ町へ出よう」の再演が控える。
宮沢氷魚(ミヤザワヒオ)
1994年生まれ。MEN’S NON-NO専属モデルとして活躍中。語学も堪能で、日本語と英語のバイリンガル。2017年にTBS「コウノドリ」で俳優デビュー。続けて日本テレビ「トドメの接吻」にもレギュラー出演し、ドラマ3作目のNHK 神奈川地域発「R134/湘南の約束」にて初主演を務めた。藤田貴大演出「BOAT」で初舞台。11月から12月にかけて「2018 PARCO PRODUCE“三島×MISHIMA”『豊饒の海』」への出演が控える。
青柳いづみ(アオヤギイヅミ)
女優。2007年マームとジプシーに参加、08年「三月の5日間」ザルツブルグ公演よりチェルフィッチュに参加。以降両劇団を平行し国内外で活動。近年は演出家・飴屋法水や彫刻家・金氏徹平との活動、音楽家・青葉市子とのユニット、また文筆活動も行う。18 年に川上未映子×マームとジプシー「みえるわ」で小説家・詩人の川上未映子の詩を全10都市11会場で発表した。 18年10月に藤田貴大演出「書を捨てよ町へ出よう」再演への出演が控える。
豊田エリー(トヨタエリー)
1989年生まれ。2002年デビュー後、テレビ・映像を中心に活躍。ドラマ「玉川区役所 OF THE DEAD」「貴族探偵」、映画「ぼくたちと駐在さんの700日 戦争」等に出演。また「kodomoe」(白泉社)創刊号より表紙モデルも務めている。16年に藤田貴大演出「ロミオとジュリエット」で初舞台を踏んだ。
中嶋朋子(ナカジマトモコ)
東京都生まれ。テレビドラマ「北の国から」で22年間にわたり螢役を務める。以後、映画・舞台と活躍の場を広げ、第44回紀伊國屋演劇賞個人賞、第17回読売演劇大賞優秀女優賞ほか受賞暦多数。ナレーション、朗読、執筆活動など幅広く活動。TBSラジオ「文学の扉」でパーソナリティを務める。