東アジア文化都市・静岡としての思いをもとに…宮城聰とウォーリー木下が語る「ふじのくに⇄せかい演劇祭」「ストレンジシード静岡」

ゴールデンウィークの静岡の風物詩「ふじのくに⇄せかい演劇祭」「ストレンジシード静岡」が、2023年も開催される。今年も静岡芸術劇場を中心に、舞台芸術公園や駿府城公園で国内外の多彩な演目が繰り広げられる……のだが、2023年の「せかい演劇祭」は少し特別だ。それは今年、静岡県が「東アジア文化都市」に選定されているから。両フェスにも、中国や韓国の話題作が複数ラインナップされた。

3月に行われたプレス発表会(参照:宮城聰、東アジア文化都市・静岡で開催される「せかい演劇祭」への思いを語る)で、宮城は世界情勢の不安定さを指摘しつつ「現実問題としては、政治上、軍事上は一層剣呑な状況ではありますが、だからこそ文化が歯止めになる可能性があるということに注力しないといけないのではないか。それが現在の国際的な状況の中で『ふじのくに⇄せかい演劇祭』が果たす役割だと思います」と思いを語っていた。世界から東アジア文化都市・静岡へ、静岡から世界へ。今年の「ふじのくに⇄せかい演劇祭」と「ストレンジシード静岡」は作り手たちの強く熱い思いのもと、展開される。

ステージナタリーではそんな2023年の「ふじのくに⇄せかい演劇祭」「ストレンジシード静岡」にかける思いを、SPAC芸術総監督の宮城聰と、「ストレンジシード静岡」フェスティバルディレクターのウォーリー木下に聞いた。特集後半では、一部アーティスト自身の言葉を織り交ぜながら各作品の見どころを紹介する。

構成 / 熊井玲撮影 / 日置真光

宮城聰とウォーリー木下が語る、
2023年の「せかい演劇祭」と「ストレンジシード静岡」

「ふじのくに⇄せかい演劇祭」を展開するSPAC芸術総監督の宮城聰と、「ストレンジシード静岡」フェスティバルディレクターのウォーリー木下は、これまでもさまざまに協力し合いながらゴールデンウィークの静岡を賑わせてきた。今年は静岡県が「東アジア文化都市」に選ばれたことにより、「せかい演劇祭」と「ストレンジシード静岡」がより一体感をもって開催される。そんな2023年の「せかい演劇祭」と「ストレンジシード静岡」について、宮城とウォーリーがそれぞれの思いを語った。

左から宮城聰、ウォーリー木下。

左から宮城聰、ウォーリー木下。

──今年は「東アジア文化都市」として迎える演劇祭となりますが、宮城さん、ウォーリーさんはそのことをどのように意識していますか?

宮城聰 ヨーロッパにはもともと「欧州文化首都」というイベントがあり、それはとある国のある都市を選んで、そこがその年のヨーロッパの“文化の首都”だと決め、いろいろな文化イベントを1年間かけてやるというものです。すると周囲の国の人たちはその都市へ行って「こんな文化があるんだ」と知り、またもともとそこにいた人たちも外国からさまざまな人がやって来ることで自分たちの地元にも多様な文化があったことを再発見する。そうすると、自分とは異なるものを排除する気持ちが薄らいで、いろいろな文化に興味が持てるようになる……ということを目指しているわけです。

このイベントがうまく機能したようで、東アジアでも、歴史を乗り越えて政治上、あるいは軍事上の緊張を文化によって緩和させようという考えのもと、「東アジア文化都市」が始まったと僕は理解しています。現在、政治上、軍事上は一層剣呑な状況ではありますが、だからこそ文化が“歯止め”になる可能性があると思いますし、このような国際状況だからこそ、「せかい演劇祭」が果たす役割があると思っています。

宮城聰

宮城聰

ウォーリー木下 僕は「欧州文化首都」に3年間くらい関わらせてもらったことがあるのですが、ヨーロッパの中ではいわゆる首都や観光都市というようなところより、普段あまり注目されないような街が選ばれることが多いんです。でもだからこそ、地元の人たちが「ここぞ」と自分の存在感をアピールする場になっていると思います。

静岡県も今回「東アジア文化都市」に選ばれたことにより、日本の中でのアピールもさることながら、中国・韓国の各都市とつながることができるので、すごく興奮しますね。「ストレンジシード」には韓国から1団体参加していただくのですが、韓国はアジアの中で一番ストリートシアターのフェスティバルが盛んで、ストリートシアターを専門にしている劇団もいくつかあるほど。そんな“韓国式”のストリートシアターを僕らも学びながら、自分たちの“静岡式”を見つけていけたらと思っていて。静岡で作品を上演していただくことはもちろんですが、演出家や出演者との交流、お客さんとの交流にも期待をしています。

ウォーリー木下

ウォーリー木下

──お互いのフェスに対する印象を伺いたいのですが、宮城さんは「ストレンジシード静岡」に対して、ウォーリーさんは「せかい演劇祭」に対してどんな魅力を感じていますか?

宮城 演劇はそもそももっとも敷居が低い芸術で、芸術という概念がないところにも演劇はあります。どんな場所にも必ず演劇があるということは、つまり“人間にとって演劇が必要”ということだと思います。その一方で、コロナによりデジタル化が急速に進み、人と人のコミュニケーションに“身体”が介在しないことが増えました。そんな今だからこそ、人と人が身体を向き合わせてコミュニケーションする際のヒーリング効果は一層必要になっているし、身体を使って表現する人が劇場というシステムの内にとどまらず、外に出ていかないといけないと思います。

ですので、静岡の人が、静岡に暮らしているだけで演劇的なものと出くわすような場面を作ることができれば、人間が危機に瀕したときに大事な手当てをしてくれる演劇の機能を感じてくれる人が増えるのではないか、そういう出会いが可能になるような仕掛けが求められていると思っています。

「せかい演劇祭」でも駿府城公園など劇場の外でやる演目を作っていますが、“静岡に来たらなんとなくそういったものを観てしまう、静岡に住んでいる人がそういうものと出くわしてしまう”という場を作ることがとても貴重ですし、そういう意味で「ストレンジシード」は、そんな街中で人と人が身体を向き合わせるという、貴重な時間と空間を作る仕掛けになっていると思います。

ウォーリー 「せかい演劇祭」は20年以上続く歴史がありますが、やはり静岡だから来てくれるという作り手もいますし、宮城さんがディレクションした演目だから観に来るというお客さんもいて。そのようなキュレーションの力や、世界で今何が起こっているか演劇を通して知ることができるということが「せかい演劇祭」の魅力ですね。

これまでさまざまな演劇祭を訪れた中で、ルーマニアの「シビウ国際演劇祭」が市民を巻き込んだ“おもてなし”の雰囲気や環境の面で一番好きなんですけど、「せかい演劇祭」はすごく空気が似ていると思います。シビウでは、野外に広場があって大規模な野外劇をやる人がいたり、劇場では有名な演出家の作品もやられていたり、パレードでは毎年市民の人たちが手作りの仮面をかぶって行進したり。そういった意味で、「ストレンジシード」の役目はその広場でやっているオープニングの花火やパレードなんじゃないかなと思いますし、静岡で「ストレンジシード」が続いていくといいなと常に思っています。

──お二人が演出される作品についても教えてください。宮城さんは「天守物語」を駿府城公園で上演されます。

宮城 「天守物語」の初演は1996年で、その頃僕は「日本のオリジナリティはどこにあるのか」と考えていました。でも創作の過程で思いが変わり、「日本のオリジナリティを知るためにも、アジアに自分たちの作品を持っていこう」と考えるようになりました。そこで自分が知っているアジア演劇の長所をなるべく多く盛り込んで作ったのが「天守物語」です。その後、アジア各地を旅するうちに、最終的に僕自身は、表現というものはどこそこにオリジンがあるというものではないんだ、という結論に至りました。日本オリジナルを探究すればするほどそんなものは存在しなくて、すべて何かと何かの出会いと融合、化学反応、混交からできており、それが磨かれていくのだと感じるようになったんです。「天守物語」はこれまでに日本国内をはじめインド、パキスタン、中国、エジプト、韓国、アメリカ、フランス、台湾など国内外30都市で上演されましたが、今年「東アジア文化都市」で上演することで、改めて多くの方に観てもらえたら良いなと思っています。

──ウォーリーさんは「χορός / コロス」の作・演出・構成・美術を手掛けられます。

ウォーリー ストリートシアターのフェスティバルを日本各地でオーガナイズし始めて10年くらいになりますが、基本的にはオーガナイズする側で、自分で本格的にストリートシアターの作品を作ることはしていませんでした。ですので、今回新作を作ることになり、どのような作品にするかいろいろ悩んでいたのですが、結局、久しぶりに自分のテキストを書いてみることにしました。阪神淡路大震災のこととか、小学生や中学生時代に経験したことなど、僕自身のかなりプライベートなことをテキストにし、それをなるべくたくさんのキャストの皆さんに解釈してもらい、作っていくということを試したいなと。参加者を公募したところ、70名近い方が集まってくださりました。関わってくださる皆さんのアイデア次第で内容は変わっていくと思うので、クリエーションが楽しみです。

──どちらのフェスティバルも“今”を切り取った作品がラインナップされており、期待が高まります。最後にお二人から観客の皆さんへメッセージをお願いします。

宮城 演劇祭の一番の魅力は、“世界にはいろいろな人がいる”ということを実感することです。それにはやはり身体を観ないと、その実感が喜びには変わりません。他者の身体を観ると、世界にはいろいろな人がいるということがなんだかうれしいことのように感じられます。「せかい演劇祭」はそういう場ですので、ぜひその身体を観に、いろいろな人がいるということを実感しにお越しください。お待ちしています。

ウォーリー 今回、例えば辻本知彦さんと森山未來さんらによるきゅうかくうしおや江本純子さんなど、日本ですごく重要な、それぞれのジャンルやポジションで作品を作ってきた方たちが、「ストリートシアターって何だ?」というお題目で、いろいろな場所で作品を作ります。静岡がアーティストたちにジャックされる、そういうフェスティバルになります。自分が住んでいる家の隣で、突然何か面白いことが起きたり、逆に面白いものを見つけに街中を歩いたり……そんな出会いのためのフェスティバルとして、皆さんが街中を歩きやすいように準備をしていますので、なるべくたくさんの出会いをしていただけるとうれしいです。

左からウォーリー木下、宮城聰。

左からウォーリー木下、宮城聰。

プロフィール

宮城聰(ミヤギサトシ)

1959年、東京都生まれ。演出家。SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督。1990年にク・ナウカを旗揚げ。2007年に、SPAC芸術総監督に就任。2017年に「アンティゴネ」をフランス・アビニョン演劇先のオープニング作品として法王庁中庭で上演した。代表作に「王女メデイア」「マハーバーラタ」「ペール・ギュント」など。近年はオペラの演出も手がけ2022年にフランス・エクサンプロヴァンス音楽祭にて「イドメネオ」、ドイツ・ベルリン国立歌劇場において「ポントの王ミトリダーテ」を演出した。2004年に第3回朝日舞台芸術賞、2005年に第2回アサヒビール芸術賞を受賞。第68回芸術選奨文部科学大臣賞(演劇部門)受賞。2019年4月にフランス芸術文化勲章シュバリエを受章。

ウォーリー木下(ウォーリーキノシタ)

1971年、東京都生まれ。1993年、神戸大学在学中に劇団☆世界一団を結成し、現在はsunday(劇団☆世界一団から改称)の代表を務める。俳優の身体性を重視した演出が特徴的で、劇団での活動に留まらず、外部作品も多く手がけている。2002年には自身が中心となり、ノンバーバルパフォーマンス集団・The Original Tempoを設立。2001年に「神戸ショートプレイフェスティバル」、2011年に「PLAY PARK-日本短編舞台フェス-」、2013年に「多摩1キロフェス」、2017年に「ストレンジシード」を立ち上げるなど、フェスティバルディレクターとしても活動。