吉澤嘉代子|ここからが新章の始まり

「自分と対峙する」象徴としての鏡

──今作にはシングル3曲とそのカップリング曲、インディーズ作品のリメイクを含む10曲が収められています。新曲はアルバムのために書き下ろしたものと、以前からこのタイミングで出したいと温めていたもの、どちらが多いのでしょうか?

温めていた曲が多いですね。

吉澤嘉代子

──サウンド面で言うと、全体的にストリングスやホーンなどの管弦楽器が多く取り入れられているのと、ちょっとユーモラスにも聞こえるシンセサイザーも随所に出てきます。「ミューズ」の大サビで美しいストリングスに重ねて「ピュン」とシンセ音が出てきたり。

確かに。最近の好みというのはあるかもしれない。「こういうアレンジにしたい、楽器はこれがいい」という意見は私から出してますけど、全体のアレンジは基本的に曲ごとのアレンジャーさんにお任せしています。この楽器が好きというよりは、ホント曲によってですね。曲の主人公によって楽器は変わります。

──1曲目の「鏡」はストリングスカルテットがサウンドの主軸になっています。この曲について、吉澤さんはセルフライナーノーツで「女の子同士の秘密の時間を書きました」と書いていますが……。

読み上げられると恥ずかしいですね。

──アルバム全体の世界観を導入として見せるような、1曲目に置くことを想定して書かれたような曲ですね。

はい、まさにオープニングみたいな感じで。1番しかない短い曲なんですけど、「女優姉妹」を象徴するようなサウンドイメージになればいいなと思って、それだと弦が合うのかなと思いました。残酷さと不自由さがグロテスクなぐらい表現できたらいいなって。

──鏡というモチーフも女性的ですよね。「鏡よ鏡」の時代から連なる。

うんうん、そうですね。鏡はアルバム全体のモチーフにもなっていて、いろんな曲で鏡というフレーズを多用しているんですけど、女性が対峙するものの象徴ですね、鏡は。女性をテーマにしようと思ったとき、選曲の軸は「誰かに委ねるのではなく、自分と対峙する」だと思ったんです。1曲を除いてなんですけど、そういうふうにしたいなと思って、それで鏡がよく出てきます。

──2曲目に1stシングルの「月曜日戦争」が出てきます。

「架空OL日記」の台本を読んで、最終回を観たときにすべてのピースがはまるみたいな、そんな曲にしたかったんです。同時に今回のアルバムを出すことを意識していたので、そこにまったく沿わないものにはならないようにと考えて作りました。

──ドラマの受注とアルバムコンセプトがうまくハマった形になったと。ライブで歌ってるときはいつも楽しそうですね。

楽しいです。(ブルボンの菓子「ルマンド」のような形をした)バズーカを放ったりして。

──3曲目の「怪盗メタモルフォーゼ」はSHISEIDOのメイク用品「インクストローク アイライナー」のタイアップ曲で(参照:吉澤嘉代子、SHISEIDOウェブCMに新曲「怪盗メタモルフォーゼ」書き下ろし)、「残ってる」のカップリングにCMバージョンが収められていたものの、フルサイズは今作が初収録です。サウンドは相当謎めいてますね。

はい。これはゴンドウトモヒコ(METAFIVE、pupaほか)さんのアレンジです。CMバージョンはヨーロピアンな感じだったけど、フルバージョンはちょっと違うエキゾチックな雰囲気にしたいなと思って、ゴンドウさんに相談しながら作りました。舞台は異国の城下町で、もうちょっと雑多な街にしたいなと思って。友達に絵が上手な子がいて、その子に「メタモルフォーゼを描いて」とお願いしてイメージを作りました。

──物語設定を絵コンテに?

はい。絵にして主人公像を固めていくことはあります。何者かになりたかった主人公が、自分を認めて抱きしめて、人生の旅に出たいと願うという……この曲にも鏡が出てきますけど、これは特に「自分と対峙する」という部分が出た曲ですね。

“性(せい)”と“性(さが)”

──そして4曲目の「女優」はタイトルもしかり、アルバムの主題と言える楽曲ですよね。ちょっと重ためなムードを持った曲ですが、セルフライナーでは「好きな人のそばにいられるように騙されている私を演じる主人公が、それでも光を信じ続ける物語」と説明されています。

物語としては最初、ポルノ女優を主人公にしていたんです。日活ロマンポルノみたいな、少し昔の時代設定なんですけど、世界観をかなり狭めて書いていたので生々しい言葉が多くなりすぎて、もう少し丸くしたいなと思ってポルノ設定を丸めました。ポルノ女優の設定で曲の説明をし続けるのは大変そうだなと思って(笑)。設定自体は変わらないんですけど、言葉はマイルドにしました。

──以前ならばもっとディープに細かく描いていたようにも思うのですが、他者の視点を取り入れた今のテーマにはそれは合わないということでしょうか。

吉澤嘉代子

そうですね。アルバムのテーマも最初は“性(せい)”で、もっとドぎつい作品になるはずだったんですけど、作っているうちに「アルバムをそれだけでまとめるのはもったいないな」と思って、女性の“性(さが)”、どうしようもないものを加えて、少し枠を広げたんです。「女優」はアルバムの軸になる曲にしたかったので、生々しすぎるとちょっとアルバム全体のテーマを受け入れられないかなと思って、もう少しみんなの日常になじむ言葉に変えていきました。

──その「女優」の次は3rdシングル「ミューズ」です。この曲を吉澤さんがライブで歌うとき、いつもすごく精神を集中させているように見えるのですが、ほかの曲とは違う特別な感情があるのでしょうか?

ありますね、確かに。マジ歌ですね(笑)。マジ歌モード。生半可な気持ちでは歌えないです。

──音源にもブレスと言うか、はっきりとした呼吸の音が入っていてドキッとします。ストリングスがカオティックに入っていたり、音数は多いんですけど、妙に生々しい。編曲は「残ってる」を絶賛されていた蔦谷さんですね。

「ミューズ」は自分が今まで書いてきた曲とは違う気持ちで作ろうと思ったので、初めての方と組みたくて。それで、私を好きと言ってくれる人とやりたいと思って、蔦谷さんにお願いしました。デモは弾き語りだったんですけど、そこからまったく違うアレンジになりましたね。

──ああいうアレンジになるとは想像していなかった?

してなかったです、全然。ぱっくり割れた世界に一瞬飛び込むみたいな……抽象的ですけど、そういうサウンドになったらいいなと思っていて。それがアレンジによってすごく出ていたので驚きました。できあがってすぐには聴けなくて、寝ちゃったんですよ。

──寝ちゃった?

お昼寝しちゃったんです(笑)。それで起きて「ハッ、届いてるんだった」と思って聴いたら、寝ぼけた頭に新鮮で美しい音楽が流れて、泣いちゃいましたね。

“恥ずかしい”は文化的な感情

──マジ歌「ミューズ」の直後に、吉澤さんの特徴の1つである“ひょうきん”サイドの新曲「洋梨」が登場します。「月曜日戦争」のジャケットを手がけたイラストレーター・たなかみさきさんがボーカルで参加しているという異例の展開ですけど、これはなぜ?

女性をテーマにしたアルバムなので、誰か女性と共作したいなと思っていたんです。誰を誘おうかなと考えていたある日、たなかさんとスナックに行く機会があって。歌が上手な人はたくさんいるけど、たなかさんの歌はそれだけじゃない玄人感と言うか、すごくいい歌なんですよ。あと、いつも絵に添えてくださる一文が素敵な言葉だから、きっと一緒に曲を作れるはず、と思ってお願いしてみました。レコーディングしてみたら、やっぱうまいなと思ったし、私ちょっと飲まれてるんじゃないかなって(笑)。

──歌詞は一緒に組み立てていったんですか?

吉澤嘉代子

渋谷の喫茶店に集合して考えました。私のアルバムには「麻婆」とか「ガリ」とか「ブルーベリーシガレット」とか食べ物縛りの曲を入れているので、それを今回はこの歌で担当したいと伝えて。それで「女の人同士の曲だったら、果物とかフレッシュな感じでよくない?」となって、秋の果物とはなんぞや……柿とかぶどうとか挙げていく中で、洋梨が一番滑稽さがあったので。「洋梨体型」みたいなちょっと侮辱する言葉でもあるし、“洋梨=用なし”のダジャレをたなかさんが発見して「いいですね」と。そこから「用も無いのに~」でどんどんふくらませていきました。たなかさんは本当にひらめきの人なので、こちらが気後れするぐらいいっぱいアイデアを出してくれるんですよ。私が「あれもダメ、これもダメ」と変に制約を付けて悩んじゃうところを、たなかさんは受け取れないぐらいどんどんボールを投げてくれるので、すごく刺激になりましたね。曲を作り始めた頃の新鮮な気持ちを思い出しました。

──この曲、ライブではどう再現するんでしょう?

ツアーでは弓木(英梨乃 / KIRINJI)ちゃんに歌ってもらうよう交渉中です。

──続く7曲目の「恥ずかしい」は2013年発表のインディーズミニアルバム「魔女図鑑」からのリメイクです。この曲はなぜ今このタイミングでのリメイクになったのでしょうか?

「魔女図鑑」に入っていた曲は全部メジャーになってからのアルバムにも入れたいと思っていて、1曲ずつリメイクしているんですけど……とうとう「恥ずかしい」の順番じゃないかなと。私の中でいくつか人生のテーマソングがあって、「恥ずかしい」はその中の1つなんです。もともと性的なテーマでアルバムを作ることを考えていたので、羞恥心を歌っているこの曲も今回のアルバムに合うかなと思って。

──すごく恥ずかしがっている人の歌ですけど、具体的に何を恥ずかしがっているのかは書かれていませんよね。

そうなんです。感情だけを表現した曲なので。私の中で一番大きいんですよ、恥ずかしいという感情が。怒りが強い人、喜びが強い人、いろいろいると思うんですけど、私の場合は“恥ずかしい”。

──何が一番恥ずかしいんですか?

リハーサルが恥ずかしいです(笑)。フェスとかだとリハーサルもお客さんに観られるし、ホント恥ずかしいんです。スイッチを入れなくていい状態のときにどこまで入れるか。カラオケとかも恥ずかしいし……恥ずかしいことだらけですよ。でも“恥ずかしい”ってすごく進んだ感情だなと思っていて。怒りや恐れは生きるうえで必要だけど、恥ずかしいって文化的な感情だと思うんです。「こういうふうには見られたくない」とか、美意識の問題だと思うんですけど、そういう感情が大きい自分は好きです(笑)。


2018年11月7日更新