ナタリー PowerPush - TRF

祝20周年!今明かされる革新的ユニットの歩み

「ダンサーのソロはね、ギターのソロと一緒なんだよ」

──お話から察するに、皆さんは当時ダンサーの地位が低く見られる風潮を感じていたし、それについてすごく嫌悪感を抱いていたようですね。

インタビュー写真

SAM ええ。そのときは世界的にもダンサーがメンバーにいるグループなんか稀ですから、ダンサーはバックで踊るものっていうのが当たり前なんですよ。だから、TRFのコンサートで僕らがソロを踊ってもピン(スポット)が来なくて。

CHIHARU 自分たちのコンサートですよ!? リハーサルで「ソロを踊ってるのでここは明かりをください」って何回言ってもくれないんですよ。それで小室さんが入ってくれて照明さんに「ダンサーのソロはね、ギターのソロとかと一緒なんだよ。だからそのときはちゃんとピンを当ててもらわなきゃ困る」って言って、初めてくれたんですよ。頑なにバックダンサー扱い(笑)。あと、コンサートでサポートダンサーを使うときのリハーサル料っていうのも私たちが初めて作りましたね。そのときまでなかった。

SAM 今はリハーサルしたら毎日お金出るんですけど、僕らが歌手のバックで踊ったときは、本番が1本3万円とかで、リハーサルは交通費も弁当もなく全て自腹だったんです。

CHIHARU でもバンドはあったんですよ。

SAM 「それはおかしいだろう」って言って、リハーサル料が出るっていうシステムに変えていったんです。

「寒い夜だから…」でどうやって踊ればいいんだ!?

──初のコンサートで意識が変わって以降はどうでしたか?

SAM そこからはとにかくコンサートに対してのモチベーションが高くなって。でもダンサーとしてはTRFの曲の振り付けにかなり苦戦しましたね。洋楽のヒップホップでばかり踊ってたので、「寒い夜だから…」でどうやって踊ればいいんだ!?って。「EZ DO DANCE」でギリギリダンスミュージック、「masquerade」ってロックじゃん、あれでどう踊ればいいんだよって、そのくらい僕らの頭もガチガチだったんです。

CHIHARU 「寒い夜だから…」のサビでダンッて決めるときにみんな止まったりするんだけど、止まるのも嫌だった(笑)。マニアックなことばっかりやってきたから、そんなのダンスじゃないじゃんって。今考えるとなんでそんなに嫌だったんだろうなって思うんですけど、そのときは恥ずかしくてね。

ETSU すごい抵抗がありましたね。

SAM DNAが受け付けないくらい。嫌で嫌でしょうがなくて、2、3年は耐えに耐えたね。

──そこまでですか……。

SAM 今となってはどんな曲でもできますけど、当時は日本語の曲で踊ること自体あり得ないような、そんな時代ですよ。あと僕らの幅も狭かったんですよね。アンダーグラウンド出身のダンサーで、ガチガチな固定観念を持ってて、すごく融通の利かない連中だったなと(笑)。やっぱりTRFになって小室さんやいろんな人と話したり、コンサートを重ねていくうちに、視野も広くなって考え方も変わってきた部分はすごくあります。

一番踊れる時期に何もできない

──1996年ごろから楽曲はより多彩なサウンドアプローチになり、歌モノ志向も強くなり、それに伴ってダンスも変わったと思いますが。

SAM 「Hey! Ladies & Gentlemen」とか「BRAVE STORY」とかそうですよね。やっと自分たちの本当の踊りがちょっとずつ見せられ始めてきたっていう時代です。ただ、それとともに売れなくなってきて(笑)、水面下ではいろいろやってるんですけど表立ってアピールできないっていう感じでした。

CHIHARU アリーナツアーとかもして、幅広いことはできるようになったんですけどね。

SAM そうだね。コンサートの作り方とか、メジャーシーンのお客さんがどういうことで喜ぶかとか、少しずつわかってきた頃なので、そういう意味では充実してたかもしれないです。

──また、6年ほど新作リリースがないこともありました。この期間はダンサーとしてどんな心持ちで過ごしていたんですか?

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SAM 30代の頃、5年くらい何もできない時期があったときは、自分が40過ぎてどうなるかわからなくてすっごい怖かったんです。だから毎年ライブやらせてくれってエイベックスに言ってて。そうでないと、どのくらい体力落ちてるかもわかんないし、来年も踊れるかどうかわからない。だから一刻も早くやりたいって。結局2006年になっちゃうんですけど。

CHIHARU 踊れない体になるって思ってたのかな。

SAM そういうことしてる先人もいないし、常に誰の背中を見ていいかわからない状態なので、自分たちで感じるしかないんですよね。ただ今は50歳ですけど、60まで踊れるなって思うんです。キャリアを積んでいろんなことが見えてるからだと思うんですけど、体力的にも精神的にもなんか行けるなって感じてます。

──CHIHARUさん、ETSUさんも休止状態の時期は不安を感じていました?

CHIHARU 不安でしたね。自分が一番踊れる時期でしたから。これを逃したら……と思って本当にお願いしに行きましたよ。だけど会社側は、お客さん来ないからダメとか、CD出しても売れないから出さないっていう感じだったんですよ。そういう中で人のコンサートの演出や振り付けをしながら、踊ってるダンサーを見てうらやましいと思ったりもしたし、自分だって今踊れるのにっていう悔しさがあったり、焦りがあったり。それは本当に葛藤でしたね。お仕事の依頼がきたときにいつでも受けられるようにトレーニングだけはしてて。

SAM ただ、それを毎日続けるのはすごいことだと思いますよ。

CHIHARU 何か発表する場所があればそこに向けてできるけど、さしあたって出る目処がないところで毎日っていうのはね。ETSUがいるから「よし今日も一緒にがんばろう」ってなるけど、1人で目標なく毎日体動かせるかって言ったらちょっとできなかっただろうなと思います。

SAM この2人は2人で支えながらやってきてるんですよ。

──つまり指導者ではなく、いつまでも現役でいたいという姿勢があったんですね。

CHIHARU そうですね。やっぱり踊っていたい。いつでも「なんか衰えたね」って言われないようにはしていたいです。

4カ月連続リリース第2弾 トリビュートアルバム「TRF リスペクトアイドルトリビュート」2012年12月19日発売 avex trax
トリビュートアルバム「TRF リスペクトアイドルトリビュート」CD+DVD盤[CD+DVD] 2940円 AVCD-38660/B
トリビュートアルバム「TRF リスペクトアイドルトリビュート」CD盤[CD] 2310円 AVCD-38661
収録曲
  1. BOY MEETS GIRL / IRF
  2. EZ DO DANCE / アイドリング!!!
  3. 寒い夜だから… / Dream5
  4. Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~ / 東京女子流
  5. survival dAnce ~no no cry more~ / BiS
  6. Love & Peace Forever / iDOL Street(SUPER☆GiRLS、Cheeky Parade、ストリート生)
  7. BOY MEETS GIRL -DJ KOO PARTY MIX-
DVD収録内容
  • IRF~BOY MEETSしたいGIRLS達~
TRF(てぃーあーるえふ)

TRF

YU-KI(Vo)、DJ KOO(DJ、サウンドクリエイター)、SAM(ダンサー)、CHIHARU(ダンサー)、ETSU(ダンサー)の5人からなる音楽ユニット。1993年に小室哲哉のプロデュースにより、trf名義でシングル「GOING 2 DANCE」、アルバム「trf ~THIS IS THE TRUTH~」にてデビューを果たす。90年代中盤には「survival dAnce ~no no cry more~」「BOY MEETS GIRL」「CRAZY GONNA CRAZY」「Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~」など、数々のミリオンヒットを生み出す。1996年からユニット名を現在のTRFに変更。また1998年より小室プロデュースを離れ、独自のスタンスで活動。各メンバーはソロ活動や、他アーティストの振り付けなども行っている。2012年11月にはベストアルバム「TRF 20TH Anniversary COMPLETE SINGLE BEST」をリリース。これを皮切りに4カ月連続リリース企画をスタートさせ、2013年2月にデビュー20周年を迎える。