ナタリー PowerPush - TRF

祝20周年!今明かされる革新的ユニットの歩み

エイベックス・グループ・ホールディングス株式会社 代表取締役CSO・千葉龍平氏インタビュー

千葉龍平氏は、小室哲哉とともにTRFの構想を練り、今日に至るまでユニットを裏から支えてきたキーパーソン。今回は1991年まで時代を遡り、小室の描いたコンセプトや当時のディスコシーン、エイベックスの実情などを交えながら貴重な話をたっぷり聞かせてくれた。

ダンスシーンの中から小室哲哉の作品やアーティストを生み出す

──早速ですが、TRFというユニットがどういういきさつで作られたか、順を追って教えていただけますか。

デビューが1993年なので、小室さんと話し始めたのは91年かな。多分デビューさせるのに1年くらいかかったので。

──小室さんとはまず初めにどんな話を?

当時、TM NETWORKがTMNに改名して少し経ったくらいでした。彼にとってTMNっていうのは自分の母体であり、自分の夢やクリエイティブを表現できる場所だったんですけれども、それとは別にダンスシーンの中から自分の作品やアーティストを生み出したいっていう気持ちがあって。元々彼はディスコ好きで、ダンスミュージックに興味を持ってましたから。で、それはメジャーのレコード会社からではなく、インディーズというかコアな部分から発生してくるようなプロジェクトでありたいみたいな思いもあって。

──ええ。

そのとき僕はマハラジャという麻布十番のディスコのイベント企画をやっていました。小室さんの中では、ディスコからダンスミュージックを発信してヒットを出したいということでマハラジャも重要なファクターで、全国のマハラジャを使って広くプロモーションしていきたいと。で、そこと関係を持っているのが僕だったので、僕を使ってマハラジャの人間を口説いたりして、イベントをやる土壌を作っていった。僕はなんでもない、そのへんの御用聞きの小僧くらいな感じだったんでフットワークが軽くて使いやすかったんでしょうね。

──そうして1992年、全国のマハラジャで展開した小室さんのイベントが「TKトラックスナイト」。

インタビュー写真

そうです。そのイベントの中からアーティストを発掘して、DJ、シンガー、ダンサーという形態の、その人たちが集まるとディスコになるようなユニットを作りたいという話でした。それを一緒にやろうよと言われて、なんかわかんないけど「やりましょう」って返したんですよね。で、じゃあ何をすればいいかと訊いたら「ダンサー集めてくれないか」だったり「ボーカルを探してくれ」だったり「DJを探してくれ」だったりっていう注文が来て。

──じゃあ小室さんのイメージを聞いて、実際にメンバー探しを行っていたのが千葉さんということですか。

はい。ダンサーは、当時マハラジャに出入りしてたダンサーの中からSAMを中心にしたグループ。DJは、マハラジャのDJの末木強さんから紹介されたDJ KOO。そして、TKトラックスナイトのダンスコンテストで出会ったYU-KIが歌い手と。これらのメンバーを発掘して音楽制作に入っていきました。

ダンス好きのオタクが集まっていたエイベックス

──小室さんはそのユニットの所属するレーベルとして、当時洋楽を主に扱っていたavex traxを選びました。これにはどんな意図があったのでしょうか?

理由のひとつは、その前に、小室さんが参加したマハラジャのコンピレーションCDやTMNの曲をダンスバージョンにリミックスした「TETSUYA KOMURO PRESENTS TMN SONG MEETS DISCO STYLE」がavex traxから発売されて、これが非常に好成績を収めたという実績があったこと。「TMN SONG MEETS DISCO STYLE」は15万枚くらい売れたのかな。あとはエイベックスって当時メジャーなレコード会社ではなかったし、そういうコアなものって若者の中ではカッコいいじゃないですか。当たり前になっているものじゃなく、新しく生まれてきたようなカッコよさがその頃のエイベックスにはあったので、このブランドに乗ることで、アンダーグラウンドなシーンから新しいユニットを出していきたいっていう思惑とちょうど重なる部分があったんですね。それでエイベックスにしようと。

──なるほど。当時のエイベックスの規模や雰囲気ももう少し詳しく知りたいです。

えっと、そのとき社員は30人くらいじゃないですかね。で、扱っていたのが洋楽だけで、会社があったのが町田ですから。ダンス好きのオタクが集まって、まだ日本人が知らないダンスミュージックをアメリカやヨーロッパから見つけてきて、日本の人に知らせて売る会社みたいな感じです。

──今ではマスマーケティングを得意とする巨大な企業というイメージがありますけれども、そういう雰囲気はまだなかったと。

いや、規模は小さかったけど、マーケティング主体の会社ではありましたよ。そもそもオリジナルの製品を作ってるわけじゃないから、世の中の音楽の動向を察知してそれを仕入れていた。元からマーケティングありきの会社だったんです。

この夢は賭けるに値する

──当時、千葉さん個人としてはこのユニットについてどう感じていました?

僕は全く何も思ってなかったです。っていうのも、そのとき僕は広告代理店の人間で、そのアーティストを立ち上げて成功したら宣伝費もらえるかなくらいの。

──営業的な観点で(笑)。

そう。それ以上でも以下でもなかった。

──ヒットするだろうという確信みたいなものは?

インタビュー写真

全然なかったですね。そんな仕事やったことがないから、確信なんて持つわけがない。僕自身も音楽的な経験は全くなくて、楽器を弾いたこともなかったんですよ。その当時27、8歳でCDって2枚くらいしか買ったことなくて。

──えー(笑)。

ちなみに両方とんねるずでした。そんな人間なんで、ヒットするとかしないとかっていう感覚は別になかったです。でも夢があるじゃないですか、僕にとってみれば。なので、この夢は賭けるに値するなという気持ちだけでやりました。

──では、千葉さんはどのタイミングでエイベックスの社員になるんですか?

TRFのデビューのずっとあとですよ。17年前。30歳でした。

──じゃあTRFの立ち上げのときは……。

マネジメント会社の常務です。TRFとか、のちにglobeのKEIKOとかhitomiとかが所属しました。TRFって最初13人いたんですね。この13人のスケジュールを預かるのは、広告代理店がやることでもないし、エイベックスもやったことないし、お互いどうぞどうぞみたいな状況で(笑)。でも僕は広告が欲しいから「じゃあ僕が預かりますよ」と言って、きっとプロダクションみたいなものなんだろう、じゃあやろう、という流れでした。

4カ月連続リリース第2弾 トリビュートアルバム「TRF リスペクトアイドルトリビュート」2012年12月19日発売 avex trax
トリビュートアルバム「TRF リスペクトアイドルトリビュート」CD+DVD盤[CD+DVD] 2940円 AVCD-38660/B
トリビュートアルバム「TRF リスペクトアイドルトリビュート」CD盤[CD] 2310円 AVCD-38661
収録曲
  1. BOY MEETS GIRL / IRF
  2. EZ DO DANCE / アイドリング!!!
  3. 寒い夜だから… / Dream5
  4. Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~ / 東京女子流
  5. survival dAnce ~no no cry more~ / BiS
  6. Love & Peace Forever / iDOL Street(SUPER☆GiRLS、Cheeky Parade、ストリート生)
  7. BOY MEETS GIRL -DJ KOO PARTY MIX-
DVD収録内容
  • IRF~BOY MEETSしたいGIRLS達~
TRF(てぃーあーるえふ)

TRF

YU-KI(Vo)、DJ KOO(DJ、サウンドクリエイター)、SAM(ダンサー)、CHIHARU(ダンサー)、ETSU(ダンサー)の5人からなる音楽ユニット。1993年に小室哲哉のプロデュースにより、trf名義でシングル「GOING 2 DANCE」、アルバム「trf ~THIS IS THE TRUTH~」にてデビューを果たす。90年代中盤には「survival dAnce ~no no cry more~」「BOY MEETS GIRL」「CRAZY GONNA CRAZY」「Overnight Sensation ~時代はあなたに委ねてる~」など、数々のミリオンヒットを生み出す。1996年からユニット名を現在のTRFに変更。また1998年より小室プロデュースを離れ、独自のスタンスで活動。各メンバーはソロ活動や、他アーティストの振り付けなども行っている。2012年11月にはベストアルバム「TRF 20TH Anniversary COMPLETE SINGLE BEST」をリリース。これを皮切りに4カ月連続リリース企画をスタートさせ、2013年2月にデビュー20周年を迎える。