ナタリー PowerPush - THA BLUE HERB
ILL-BOSSTINO、「沈黙の2011年」を語る
敵は自分の内側にいる
──「HEADS UP」は、「STILL RAINING, STILL WINNING」とは対象的にじっくり聴かせる楽曲ですね。この曲では、歌詞に「体制」という敵が設定されています。
いやいや。これは誰が敵で誰が味方かっていう話じゃないんだよ。例えば、原発だって、あれはどうしようもなく厄介な代物だけど、独裁者に銃で脅されながら一方的に与えられたもんじゃない。選挙権を持っている自分たちがチョイスした結果なんだよ。合法的にそうやって作られた社会に生きてるんだ。賢くならなくてはいけない。本当に原発をどうにかしたいんだったら、毎日2時間くらい停電を受け入れて、電車乗らず歩いて通勤して、湯沸かし器の温度下げたりすればいい。全員がやれればそれで十分だ。でもそれを「面倒だな」って思う気持ちこそが、強烈な敵なんだよ。それをごまかして人のせいにしてたって、何も変わらないと思う。そういうトリックは余裕で見破れないと。体制が敵なんていうのは、今さら言うことでもない。当たり前の話だ。決して味方じゃない。誰だって知ってる。でも本当の敵は自分の内側にいる。
──この曲でサンプリングされてるのは誰の曲ですか?
般若だね。般若のアルバムには、ヒントになる言葉が埋まってると思って聴いていたんだ。それで、たくさんあった言葉の中から2つを貸してもらった。
これからだよ、日本のヒップホップは
──「ヘッドフォンからはBORN 2 LIVE O.C.」というリリックの意味を教えてください。
「BORN 2 LIVE」(アルバム「WORD...LIFE」収録)っていうのは、O.C.ってラッパーが90年代、1994年くらいに出した曲なんだ。で、最近また聴き直してみたんだよ、リリックの日本語訳も一緒に読みながら。そしたら、歌ってる内容がめちゃくちゃすごいんだよ。生と死の観念にあふれてるというか。俺たちが昔この曲を聴いたときは、全然そんなふうに聴いてなかった。「この雰囲気、イイねー」みたいなさ。でも、実際はそんな簡単に扱える曲じゃなかった。
──O.C.は、アメリカのゲットー出身のラッパーですよね。
そうだね。きっと体制や社会の外側に住む黒人だよ。でも、彼はこういう地震とかがある前に「BORN 2 LIVE」のような哲学を路上で見出していた。リスナーもそうだ。その言葉に共感していた。この曲は、今の日本みたいにお先真っ暗で、没落していく落ち目の国で聴くには最強の1曲だよ。「ほかに何あんの?」っていうくらい。でも逆を言えば、それぐらいタイムラグがあるわけ、アメリカと。ここからだよ。本当に悲しいことが、いろいろあったんだ。日本のヒップホップは大きく、内的に成長していくはずだ。
──日本のヒップホップはまだまだこれから、ということですね。
そう。これからだよ、日本のヒップホップは。俺はよく言ってるけど、ビギー(The Notorious B.I.G.)やNAS、メソッドマン(WU-TANG CLAN)がいた時代なんて、まだ日本には来てないと思う。このどうしようもない時代に運悪く生まれちゃった小学生とかの中から出てくるんだよ、本当にすごいラッパーが。新聞にも載らないような普通の人たちの本当にやりきれない気持ちを表現するのは、やっぱり路上のラッパーだと思うんだ。これからすごい時代になってくるよ。
「絶対これ間違ってるでしょ」って思うことをラップにして届けたい
──では、最後の質問です。BOSSさんは、自分が現在の日本においてどのような役割を担っていると思いますか?
……悪いけど、あんまりそこまで考えてないな。俺の役割は、みんなに共感してもらうために、ちゃんと意味のある曲を作るだけ。しかも、それは「現在の日本において」なんてものじゃない、俺の人生においての問題だ。俺の曲にはいろんなメッセージが入ってるけど、それは触れた人がそれぞれで考えることだから。何が正解なんてわからない。俺は俺の思うことを発信し続けるだけだ。
──BOSSさんはあくまでラッパーであるということですね。
うん。ときに重くて辛い役割ではあるけど、俺は「絶対これ間違ってるでしょ」って思うことをちゃんとラップにして届けたい。それがラッパーの役割でしょ。
THA BLUE HERB(ざぶるーはーぶ)
ILL-BOSSTINO(Rap)とO.N.O(Track Maker)が1997年に札幌で結成。ライブではDJ DYE(LIVE DJ)がバックDJを務める。THA BLUE HERBの最大の特徴は強いメッセージを持ったリリック。デビュー当時は東京のヒップホップシーンと地方に目を向けないメディアへの怒りを全面に打ち出して大きな話題となった。そして、1998年に1stアルバム「STILLING, STILL DREAMING」、2002年に2ndアルバム「SELL OUR SOUL」をリリース。独自の世界観を確立したリリックとソリッドでミニマルなビートが人気を集め、アンダーグラウンドなヒップホップシーンで支持を集めた。2007年に3rdアルバム「LIFE STORY」を発表後、約3年半で日本全国179カ所におよぶライブを敢行。2011年2月にそのツアーのライブドキュメンタリーDVD「PHASE3.9」を発売した。そして2012年3月14日に約4年半ぶりとなる新作「STILL RAINING, STILL WINNING / HEADS UP」をリリースする。