ナタリー PowerPush - THA BLUE HERB

ILL-BOSSTINO、「沈黙の2011年」を語る

こんなに気持ちだけで録音したのは1stシングル以来

──そして、THA BLUE HERBの第4段階のスタートとなるシングル「STILL RAINING, STILL WINNING / HEADS UP」が3月14日にリリースされます。

このシングルは、去年の夏くらいから書きためた17~18曲のうちの2曲なんだ。アルバムは十数曲で1つの世界観を作っているけど、シングルは1曲で完成する世界観を持った曲にしたかった。だから、この2曲になったんだ。

──「STILL RAINING, STILL WINNING」は普通に聴くとTHA BLUE HERBが第3段階で行ってきたツアーを振り返るような歌詞ですが、苦境にある日本へのエールのようでもありますね。

去年あんなことが起きて、俺たちもずっと止まってた。それを動かすのに必要な曲ってなったら、やっぱり「行くぜ!」みたいなエネルギーを持った曲だよね。相手の気持ちを探る曲とかじゃなくてさ、「行くに決まってんじゃん」って。

──かなりアガる曲ですよね。

そう思ってくれるとうれしいです。この曲は、ちょっとラップに気持ちが入り過ぎてるんだよね。こんなのは、1997年に出した俺らの最初のシングル「SHOCK-SHINEの乱 / RAGING BULL」以来だよ。今までの俺だったら、多分NGにしてた。キレイに録音することのほうに思考が向いてた。でも、やっぱり今は気持ちを入れて、真正面からガチでいかないと人の気持ちなんて開けないときだと思う。今回はそれを重視した。多少録音が雑でも、思いっきり気持ち込めて歌った。

俺は音楽の可能性を証明したいんだよ

──この曲で「BACK TO THE MUSIC / BE STUPID / BE FREE」と歌ったのは、今BOSSさんから見てみんなが音楽から離れていると感じたからでしょうか?

インタビュー風景

うん。でも、去年はいろんなことが起きたからね。音楽を聴いたって死は訪れるし、地震は起きるし、理不尽な事故だって起きちゃうしさ。「音楽で何が変わる? 世の中?」みたいなさ。でもね、だからさ、俺は音楽の可能性を証明したいんだよ。国をどうとかじゃなくて、人の気持ちの中での話ね。だから音楽をやってるんだ。俺はたまたまラップというものを手にすることができたから、人に信じてもらえるようになった。そして、ダンスフロアでいろんなポジティブな音楽を聴くことで、死を含めた人生の深みを知ることもできた。俺は特定の宗教を信じてないけど、音楽は信じているよ。それで精神的なバランスを取ってる。この世を明るく生き抜くためにはそれが必要だと、そう教わってきたし、そこに依拠して生きていく。

──この曲にはそれぐらい強い思いが込められているんですね。

本当に酷い目にあって今も苦しんでいる人に対して言葉を発することは、ものすごく勇気のいることだ。でも、どうせやるんだったら、言い切ってしまわないと人の気持ちは貫けない。誤解を恐れては人の気持ちには届かないし、大きなヤマは劇的には動かない。

──まさにリリックにあるとおり「やらずに後悔するよりゃマシ / それでやるだけやりきってやれば後悔はない」ということですね。

結局、生は永遠ではない。去年まで日本人は皆、それを知ってるようで知らずに無邪気に生きてきたけど、いきなり、ガッツリとそのことを突きつけられちゃった。でも、そこでネガティブにならず、ポジティブに考えるべきだと思うんだ。それしかない。「死」っていうものを知り、学び、「どう生きるか」とか、「何をしたいか」とか、「やりたかったことをやってみよう」とかさ。俺たちの音楽は、そういう発想に辿り着くための着火剤として有効だと思ってる。

どん底まで行ったから、もう次は上がっていく時間だよ

──あと、この曲からはSEEDAやNORIKIYO、BES、D.Oらといったアンダーグラウンドなラッパーたちが想像されます。彼らについて、BOSSさんはどう思われていますか?

ようやく日本でも彼らのようなアーティストが評価される土壌ができてきたと思うんだ。ヒップホップってのはさ、みんな負けから始まってるんだよね。俺だって、一流の会社に入ってるわけじゃないし、資格もない。車の免許すら持ってない。この社会では、地位を与えられないような人間なんだよ。でも、ヒップホップってそういうものなんだよ。パンクもそうだし、ハードコアもレゲエもそう。そういうところから生まれた音楽なんだ。だから手負いのラッパーがそういう音楽を歌うとものすごいリアリティがある。本当の声を聞かせてくれるラッパーが現れ始めたときに、俺も現役でラッパーを続けていられるのは幸運だと思っている。彼らにはインスピレーションを受けることも多いし、勝ち負けじゃないけれど、自分の中でものすごく負けたくないとも思う。

──ヒップホップやパンク、ハードコア、レゲエは基本的にカウンターカルチャーですからね。不況のときほど素晴らしい作品や新しいムーブメントが生まれるものですよね。

日本という国にとっては後退なんだけどね。でも、俺たちのカルチャーからすれば、進化することができる大きなチャンスなんだ。路上でこの国を見つめているヤツが、どこぞの大学教授や学者センセイでは想像も付かないようなとてつもない哲学を持って、絶妙な言葉遣いと皮肉たっぷりの比喩でラップする。もう、そういう時代だと思う。

──SHINGO★西成なんかは、まさにそういうアーティストですよね。

そうだね。

──「STILL RAINING, STILL WINNING」には、そういった「何かが始まる直前の熱気」が詰まっていると思います。

国全体がこれ以上ないってくらいどん底まで行ったから、もう次は上がっていく時間だよ。

ニューシングル「STILL RAINING, STILL WINNING / HEADS UP」 / 2012年3月14日発売 / 1050円(税込) / THA BLUE HERB RECORDINGS / TBHR-CD-019

  • Amazon.co.jp
CD収録曲
  1. STILL RAINING, STILL WINNING
  2. HEADS UP
THA BLUE HERB(ざぶるーはーぶ)

ILL-BOSSTINO(Rap)とO.N.O(Track Maker)が1997年に札幌で結成。ライブではDJ DYE(LIVE DJ)がバックDJを務める。THA BLUE HERBの最大の特徴は強いメッセージを持ったリリック。デビュー当時は東京のヒップホップシーンと地方に目を向けないメディアへの怒りを全面に打ち出して大きな話題となった。そして、1998年に1stアルバム「STILLING, STILL DREAMING」、2002年に2ndアルバム「SELL OUR SOUL」をリリース。独自の世界観を確立したリリックとソリッドでミニマルなビートが人気を集め、アンダーグラウンドなヒップホップシーンで支持を集めた。2007年に3rdアルバム「LIFE STORY」を発表後、約3年半で日本全国179カ所におよぶライブを敢行。2011年2月にそのツアーのライブドキュメンタリーDVD「PHASE3.9」を発売した。そして2012年3月14日に約4年半ぶりとなる新作「STILL RAINING, STILL WINNING / HEADS UP」をリリースする。