スカート「SONGS」特集|澤部渡ソロインタビュー&エンジニア・葛西敏彦との対談で紐解く、スカートの“SONGS” (3/4)

スカート・澤部渡×エンジニア・葛西敏彦 対談

左から澤部渡、葛西敏彦。

左から澤部渡、葛西敏彦。

常に変化を繰り返している、スカートの音楽

──スカートが葛西さんに録音をお願いするようになったのは、カクバリズム所属後初のアルバム「CALL」(2016年リリース)からですよね。葛西さんにオファーしたのには何か理由があったんですか?

澤部渡 森は生きているの「グッド・ナイト」というアルバム(参照:森は生きている2nd+先行カセットテープも)を葛西さんが録っていて、それを聴いたときに「なんてすごい音なんだ」と衝撃を受けたんです。それでいつかお願いしたいなと思っていたら、社長(カクバリズム代表・角張渉)からも葛西さんの名前が挙がって。

葛西敏彦 どういう経緯かは知らなかったから、最初は角張さんに呼ばれて行ったという感じでした。それで今日は誰なんだろうと思っていたらスタジオに澤部くんがいて、「あ! スカートの録音なのか」と(笑)。

──スカートの楽曲はもともと聴いていたんですか?

葛西 もちろんチェックはしていました。初めはオルグ(※東京・池袋にあったライブハウス・南池袋ミュージック・オルグ。2014年に閉店)にいる人たちというイメージで、そこでPAをやってたエンジニアの馬場(友美)ちゃんから澤部くんの名前を聞いていたんです。「CALL」のときが初対面で、そこから少しずつコミュニケーションを重ねていったという感じですね。

──せっかくお二人がそろっているのでお聞きしたかったんですけど、スカートはメジャーデビューから5年が経って、要はメジャーアーティストになったわけです。「ものすごくインディーな音作りをしてきた人がメジャーに行くとどう変わるんだろう?」と思っていたら、いまだにインディーの手触りを残している。その一貫した音作りの中にも、実はメジャーと拮抗する戦いがあったりするのでしょうか。

澤部 葛西さんが提案してくれる拮抗の仕方を、毎回僕が却下してしまっている気がする(笑)。

葛西 少しずつ飲んでもらう部分はあるんだけど、例えば「ここは少しキックを出したいんだよね」「あそこが気になるからキックは出したくないんです」「じゃあこうしたらいいんじゃない?」と細かいやりとりの中でせめぎ合いがあるんです(笑)。とは言え最終的には“澤部渡”という印が付いた音源が一番スカートらしいわけだから、それでいいんだと思うんですよ。逆に「20/20」(2017年リリースのメジャーデビューアルバム)の頃はもう少しいろんなことをやっていたよね?

澤部 そうですね。メジャー1発目のアルバムということもあって、もう少し試行錯誤せねばみたいな空気感があったんです。でも2作目の「トワイライト」を作ったことで、そういうのが吹っ切れた感じがします。

葛西 うん。今は「これがスカート」というサウンドができあがってきてるから、その中で楽しんでいる感じはありますね。やっぱりインディー感があります?(笑)

左から葛西敏彦、澤部渡。

──スカートはインディーズ時代から一貫性があるように感じるんです。それをポニーキャニオンも許容してるというか、「もっと派手にしなさい」と言わないあたりもすごいなと思っていて。

澤部 本当ですよね。プロデューサーとか立てたら間違うんだろうけど。

葛西 でも、ずっと仕事をもらえてるしね。

澤部 それが逆に売れ時を逃しているんじゃないかって気もしますよね(笑)。

葛西 いやいや、それは「今のスカートがいい」と思っている人がたくさんいるってことだよ。澤部くんはメジャーアップデートをするタイプではないけど、その分マイナーアップデートは常に重ねているんです。毎回何かしら新しい要素を少しずつ作品に入れ込んでいて、それは技術面でも録音方法でもそう。だから「CALL」の以降の作品をパッと聴きで比べると似てるように感じるかもしれないけど、少しずつ変化はしていて。

──具体的な変化を挙げるとしたらどういった部分になりますか?

澤部 例えば「CALL」と今とで一番違うのは、やっぱりドラムの音ですよね。単純にテックに入ってもらっているというのもあるんだろうけど。

葛西 確かに伊藤さんの存在は大きいよね。

澤部 THE BOOMとかで叩いていた伊藤直樹さんにドラムテックをお願いしていて。楽曲のイメージに合うキットを持って来てもらってチューニングしていただくんですけど、これが本当にいい音なんですよ。

葛西 伊藤さんとは何回もコミュニケーションを重ねているから、今ではスカートのサウンドも理解してくれているしね。

澤部 そうですね。何もお伝えしてないのにバッチリなキットを持って来てくれることもあったりして(笑)。

2人が共通認識として持つ正解

葛西 そのほかの変化で言うと、歌はより丁寧に録るようになったよね。

澤部 そうですね。昔は1日に4曲とか録っていたけど、今は2曲が限界。「SONGS」のレコーディングでは1曲だけで終わった日もあって、めちゃくちゃ落ち込みましたもん。

葛西 時間がかかったのは「ODDTAXI」だっけ?

澤部 そうそう。ほかの曲と比べると歌詞は半分なのに「なんでこの曲に丸1日もかかるんだ!」って(笑)。

──それはどういう部分で苦戦したんですか?

澤部 うーん、なんでだったんだろう……気付いたら夜中になってたんですよ。

葛西 やっぱり1回作ったものだと正解が決まっている感じがあるんですよ。例えば「Aを弾け」のようなアルバム曲だとイメージが固まりきってないので、作りながら「どういうものが適切なんだろう?」と答えを探りながら進めることができる。でも「ODDTAXI」の場合は一度世に出した曲だし、PUNPEEさんの歌も届いていたので、そこから先は針の穴を通すような作業になってくるんです。

澤部 パズルのピースにヤスリをかけながら少しずつハメていくみたいなね(笑)。

葛西 その分、完成したときはすごく盛り上がったけどね。

──正解というのは、お二人の中で共通認識としてあるんですか?

葛西 そうですね。「ODDTAXI」に限らず、2人の中での正解が違っていることはあまりないかもしれないです。

澤部 うんうん。

葛西 最初に澤部くんから楽曲のイメージをもらうことが多いし、バンドの録音をするときに方向性をしっかり話してくれるので、それも大きいかもしれないです。それにレコーディング中も「こういう音で迷ってる」みたいな話をすると、「こっちだと思う」と意見をくれるんですよ。だからそのやりとりの中でイメージが定まって、歌の録音の頃にはあまり迷いがない状態になってる。まあ、澤部くんの中でやりたいことがはっきりしてるというのも大きいんですけど。

澤部 佐久間さんにも「澤部くんのデモを聴くと、弾き語りの段階でやりたいことができあがってるから楽だ」と言われたことがあります(笑)。

葛西 あー、それはよくわかるな。そう言えば「Aを弾け」の録音のときに「The Whoみたいなドラムにしたい」って話になったじゃん。あれはよかったよね。

澤部 してましたね(笑)。伊藤さんに送る資料の中にThe Whoの音源を入れて送りました。

葛西 それで最後のミックスのときに「なんかもうひとさじ入れたいな」と思って、The Whoが活躍していた60年代のコンプレッサーをモデリングしたプラグインを使ってみたんです。そしたらバカみたいに60年代の雰囲気が出ました(笑)。

左から澤部渡、葛西敏彦。

「澤部くん、これ好きだろうな」がなんとなくわかる

──葛西さんには以前、音楽ナタリーのコラム企画「エンジニアが明かすあのサウンドの正体」にもご登場いただいていて(参照:東郷清丸、D.A.N.、スカート、蓮沼執太フィルらを手がける葛西敏彦の仕事術)、その中で「アーティストにイメージシートを作ってもらう」というお話をしていましたよね。スカートとの制作でもそういった作業はやられているんですか?

葛西 今回はなかったけど「アナザー・ストーリー」(※2020年リリースのアルバム。スカートの自主レーベル時代の楽曲を再録した全16曲入り)のときは澤部くんにインタビューしましたね。曲数が多かったし、歴史の深い曲もあるから僕の知識が追いついてないなと思って。でも今回は既発曲が多いし、そのときどきでギュッと一緒に考えながら作ったから、その感覚を忘れていなかったのもあって、そんなにコミュニケーションがなくてもいけたんですよね。

澤部 そうそう、今回はアルバム曲が少なかったですもんね。

葛西 それに付き合いも長くなってきたから、話さなくても「澤部くん、これ好きだろうな」というのがなんとなくわかるんですよ。

──葛西さんの「これ好きだろうな」という意見は、実際に澤部さんにも刺さっているんですか?

澤部 もちろん。でも、シングルのときは好きだったけどアルバムの1曲として考えるとちょっと違うかも、みたいなこともあるんですよ。だからそういう部分の手直しはしてもらいました。

葛西 うん。シングル曲を録ってる段階で「アルバムのときは作り直そう」みたいなことを話してたもんね。たぶん僕も澤部くんもアルバム1枚を通して聴くのが好きなんですよ。だから「流れとして聴きやすい」というのは意識していて。

澤部 それは本当に大事にしてます。そういったこだわりが今の時代にどれだけ求められているかはわからないけど(笑)。

葛西 確かに(笑)。「SONGS」は既発曲が多い分、それぞれがギュッとしているんですよね。今回はそれを緩めていく作業に注力したところはあります。なので1曲目から順番に聴いてもらえるとうれしいですね。