スカート「SONGS」特集|澤部渡ソロインタビュー&エンジニア・葛西敏彦との対談で紐解く、スカートの“SONGS” (4/4)

どんな環境でもいい音で

葛西 今回のアルバム、プライベートでも聴いてるよ。

澤部 本当ですか! 僕もめちゃくちゃ聴いていて。いつものことではあるんだけど、今回は特に聴いてる気がする。

葛西 最近、娘に安いラジカセを買ったからそれで聴いてみたんだけど、すごくよかったんだよね。レコーディングスタジオでミックスしているときは、マスタリングできるくらいの大きめのスピーカーを使って、いい状況を作っているんです。で、今回のアルバムはマスタリングに行ったときも、小さいスピーカーで聴いたときも「いいものを作れている」と実感できたから、今日はそれを伝えたかったんだよね(笑)。

澤部 ありがとうございます(笑)。

──葛西さんがおっしゃる通り、リスナーによって音楽を再生する環境は違いますよね。そのアウトプットの先が安価なスピーカーであっても「いい音を届ける」というのは念頭に置いて音作りをしているんですか?

葛西 うん、それは常に考えていますね。自分のスタジオでミックスするときは大きいスピーカーはもちろん、ラジカセみたいな小さいスピーカーでもチェックするんですよ。それ以外にも普段使っているワイヤレスイヤフォンやスマホのスピーカーで聴いたりもするし。僕は最大公約数みたいな音の鳴らし方があると思っていて、そこは妥協しないようにしています。

左から澤部渡、葛西敏彦。

“その曲に合う音”を求めて

──スカートは「CALL」以降も継続して葛西さんにお仕事を依頼していますが、それは澤部さんが「葛西さんとなら理想の音に近付くことができる」と思っているから?

澤部 そうですね。単純にいい音を作ってくれるのはもちろん、仕事をするうえでのコミュニケーションという意味合いで話が早いんですよ。それに、一緒になっていろんなことを試してくれるから本当に助かってますね。例えば僕が1人で演奏した「Aを弾け」では「ドラムの音に何かひと味足りない気がするんです」と相談したら、ずっと一緒に考えてくれて、キックの録り方で雰囲気を変えてくれたりして。そういう僕が思いつかないようなアイデアをくれるんです。あとはドラムの音かなあ。この時代にポップミュージックをやっていると、一番空気が揺れるのはドラムだと思うんです。今だったら打ち込みでやればいいものを、わざわざ人を集めてレコーディングする醍醐味があるというか。葛西さんにお願いすると、そのドラムの音がめちゃくちゃカッコよくなるんですよ。

葛西 そっかあ。

澤部 あれ、違います?(笑)

葛西 いや、ほかの人にもドラムって言われるんだよね。あだち(麗三郎)くんには「コンビニでかかってた曲、ドラムで葛西さんの音だってわかったよ」と言われたこともあって。自分的には普通のつもりなんだけど、なんかあるのかな。

澤部 へえー。でも何かはある気はします。僕はレコーディング中にテンションが上がる瞬間がいくつかあって、その1つがスタジオにマイクを立てて、だんだんとできあがっていく音源を聴いてるときだったりするんですよ。それで「今日のドラムもいい音だな!」と思うと、単純にそれだけで最高なんですよね。

葛西 それよくやってるよね(笑)。

澤部 ドラムとピアノを録るときは特にテンションが上がります(笑)。

──いい音を作るうえで何か葛西さん独自のジャッジ方法やコツのようなものがあるんですか?

葛西 自分の中で“いい音”にフォーカスしていくと、やり方が固まってきちゃうんですよ。でも“その曲に合う音”だったり、イメージ先行で進めていくと想定していたのとは全然違うセッティングにたどり着くことがある。それは僕からするとちぐはぐなパーツに見えるんだけど、その曲のイメージには合っているんですよね。そういうちぐはぐなパーツの組み合わせというのは自分1人では思いつかなくて。例えば澤部くんが送ってきた楽曲のイメージメモや弾き語り音源をチェックして、自分なりに消化する必要があるんです。そういう作り方をしていると、レコーディング中は「変な録り方してるな」と思うんだけど、完成した音源はイメージ通りで違和感がないんですよね。

左から葛西敏彦、澤部渡。

3分弱のポップスに命を懸ける姿勢は変わらない

葛西 スカートにはバンドとして不思議なバランス感があるんですよ。王道ど真ん中のポップソングをやるんだったら、“ザ・スタジオミュージシャン”みたいな人たちを集めたらそういうものに近付くはずなのに、スカートにはまったく真逆の方向性があって、そこがエンジニアとして一番燃えるところでもある。鉄壁のスタジオミュージシャンをそろえたらもっとわかりやすくウェルメイドで上質なポップスになると思うんだけど、それだとスカートにはならないというか。それこそインディーマインドとオルタナ心あふれた人たちが集まっているからこその音楽になっている。普段の楽屋とかレコーディング中のみんなの会話を聞いていると、本当にいかれたやつらしかいないなと思うんだけど(笑)。

澤部 本当にね(笑)。

葛西 個が立っているプレイヤーばかりなのに、全員で職人的にポップスを突き詰めようとしてるところもバランスが悪くて面白いんですよ。澤部くんのソロプロジェクトではあるんだけど、同時にバンドである必要性を感じるというかね。

──ここ数年エンジニアとして制作をともにして、スカートのここが変わってきたと感じるところはありますか?

葛西 “てにをは”みたいなのは少しずつ変えてきてると思うんだけど、3分弱のポップスに命を懸ける姿勢は変わらないような気がしますね。全員が進んでいるからずっと横一列に見えることもあるんだけど、サポートメンバーもどんどん仕事が増えてきて売れっ子になってきてるし、それぞれが自分の課題をクリアして次に行ってる感じはします。

澤部 ありがとうございます。そうだといいなあ。

リハ終わりにロイヤルホストに通う4日間

澤部 毎回とんでもない締め切りでお願いしたり、僕やカクバリズムがまったく連絡を返さなかったり……葛西さんにはすごく申し訳ないなと思っていて(笑)。それで聞いてみたかったんですけど、そういうタイトな仕事と、スケジュールに余裕がある仕事でどういう差が出てくるんですか? スカートの作品はギリギリのスケジュールでも、いつもバッチリに仕上げてくださるので気になっていて。

葛西 どうだろう……基本的には時間がない案件のほうが多いかな。だからミックスにけっこう時間をかけていて、そこで取り戻しているところはありますね。僕の場合、さっきも話したようにイメージが必要で、ただバランスを取ったり、派手な方向を目指すだけだと理想の音にならないんですよ。具体的に何をやっているかを聞かれると困るんだけど、自分でミックスした音源でプレイリストを作って、それ更新しながらちょうどいいところを探っていく。だから曲順だけは早めにもらえるとうれしいかな。

澤部 毎回ご迷惑をおかけしています(笑)。

葛西 いえいえ、今回は早めに決まってたから全然大丈夫。そういえばレコーディングの最後のほうで「Aを弾け」を録るみたいなこともあったけど、あれはよかったよね。ミックスをしないともうヤバいぞって時期に、澤部くんが「1曲足りない!」と言い出して(笑)。

澤部 おかしくなってましたね(笑)。

葛西 でも、確かにアルバムの流れを見たときに、宅録のいびつな感じが足りなかったんだよね。で、澤部くんが書いてきた「Aを弾け」を聴かせてもらったら「ああ、こういうのが聴きたかった」と思ったのを覚えてる。

──結果的に「Aを弾け」が入るか入らないかでアルバムの印象がかなり変わったんじゃないかと思います。あの曲がないと一聴したときの引っかかりに欠けるというか。

葛西 そこがやっぱり「スカートのアルバム」という感じですよね。曲単体ではなくて全体を捉えているというか。

澤部 「Aを弾け」の歌詞を書いてるとき、本当にヤバかったんですよ。サポートメンバーとして参加しているムーンライダーズのリハーサルの裏で書いていて。昼から夜までのリハーサルが終わったらそのままロイヤルホストに直行して、閉店まで作業するというのを4日間繰り返しましたから(笑)。

左から葛西敏彦、澤部渡。

次は「変なアルバム」を

──お二人のお話を聞いていて、「SONGS」は試行錯誤の中でいいアルバムに仕上がっていったんだなと思いました。

澤部 それが本当に不思議なんですよ。「トワイライト」を作ったときに、正直「もうこのアルバムを模倣していくしかないんじゃないか」と思っていたんです。

葛西 それ「CALL」のときも同じこと言ってたよ(笑)。

澤部 本当に?(笑) それくらい「CALL」も「トワイライト」も自分の中ですごく大きいレコードなんですよね。

──「CALL」「トワイライト」を経て、「SONGS」はより開けた1枚になったんじゃないかと。

葛西 うん。「開けたスカート」というのはここ2年くらいのテーマでもあったもんね。

澤部 自分では意識してないんだけど結果的にそうなっている、というスカートのパターンがあって。地味と派手を順番に繰り返してアルバムをリリースしている気がするんですよ。「エス・オー・エス」は地味、「ストーリー」は派手、「ひみつ」は地味、「サイダーの庭」はやや派手……みたいに。だから内省的な「トワイライト」の次の「SONGS」は少し派手なアルバムになったのかな。

葛西 じゃあ次は地味なやつ作る?(笑)

澤部 次は変なアルバムを作りたいんですよ。少し構成が変わってる曲とかね。毎回アルバムを作り終えた頃には「おしまい!」みたいな感じがどこかであったんだけど、今回は「次はこういうことがやりたい」というのが珍しく出てきていて。

葛西 それはレコーディング中にも話していたよね。

澤部 もしかしたら「SONGS」がまとまりがなくてみっともないアルバムになると思ってたから、そういうマインドになってたのかも。でも、あれだけシングルの配信のときに何度も聴いていた自分がリピートしているわけだから、もしかしたら「SONGS」は本当にいいアルバムになったのかもしれない(笑)。

左から葛西敏彦、澤部渡。

ライブ情報

eleven matchboxes, ninety-six cigarettes

2022年12月18日(日)東京都 大手町三井ホール


スカート ライヴツアー 2023 "SONGS"

  • 2023年3月20日(月)大阪府 梅田CLUB QUATTRO
  • 2023年3月21日(火・祝)愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
  • 2023年3月25日(土)東京都 渋谷CLUB QUATTRO

プロフィール

スカート

シンガーソングライター澤部渡によるソロプロジェクト。2010年にスカート名義での音楽活動を始め、同年に自主制作による1stアルバム「エス・オー・エス」をリリースした。以降もセルフプロデュースによる作品をコンスタントに制作し、2014年にはアナログ12inchシングル「シリウス」をカクバリズムより発表。2016年にはオリジナルアルバム「CALL」を発売した。2017年にポニーキャニオンよりメジャーデビューアルバム「20/20」をリリース。2019年6月にメジャー2ndアルバム「トワイライト」、2020年12月にカクバリズム所属前に自主レーベルで発表した楽曲を再録したアルバム「アナザー・ストーリー」を発表した。メジャーデビュー5周年を迎える2022年12月には約3年半ぶりとなるオリジナルアルバム「SONGS」をリリース。またスカート名義での活動のほか、澤部はギター、ベース、ドラム、サックス、タンバリンなど多彩な楽器を演奏するマルチプレイヤーとしても活躍しており、yes, mama ok?、川本真琴ほか多数のアーティストのライブでサポートを務めるほかスピッツや鈴木慶一のレコーディングに参加。これまでに藤井隆、Kaede(Neggico)、三浦透子、adieu(上白石萌歌)ら他アーティストへの楽曲提供およびドラマや映画の劇伴制作にも携わっている。またトーベヤンソン・ニューヨーク、川本真琴withゴロニャンずには正式メンバーとして所属している。

葛西敏彦(カサイトシヒコ)

studio ATLIO所属のエンジニア。スカート、大友良英、岡田拓郎、青葉市子、高木正勝、東郷清丸、TENDRE、PAELLAS、バレーボウイズ、YaseiCollective、寺尾紗穂、トクマルシューゴらの作品を手がけている。ライブPAも行っており、蓮沼執太フィルにはメンバーとしてクレジットされている。