「最高! もう1回聴こう」が理想
──アルバムをひと通り聴いてみると、一番短い「Aを弾け」が1分54秒で、一番長い曲でも「粗悪な月あかり」の3分39秒です。スカートは過去の作品を振り返ってみても基本的に尺が短い印象がありますけど、これは澤部さんなりのこだわりがあるんですか?
難しいところではあるんですけど、曲は短ければ短いほどいいと思っていて。よほどの意味がない限り同じことを繰り返しても楽しくないというか、「また同じことやってら」と感じることのほうが多い。そう考えると改めて「コーヒーカップでランデヴーって最高よ」(※yes, mama ok?が1995年4月に発表した5分13秒の楽曲)はすごいなと思うんですよ。繰り返し歌うことによって浮かび上がる情景っていうのがある。僕はまだその段階にいない。だからこそ強いメロディが思い浮かんでも繰り返さずに、もう1回曲を聴いてもらえるようにはしていますね。いいメロディなんだから何回も繰り返せばいいじゃない、とはまだなれないというか。
──そこに手を出したくはならない?
今はならないですね。「標識の影・鉄塔の影」なんかは同じ歌詞をもう1回歌ってたりもするんですけど、それは楽曲としてそうあるべきだと思えたからなんです。基本的には1番のAメロ、Bメロ、サビに間奏があって、2番のAメロ、Bメロ、サビみたいな構造は避けたい。もちろん長尺の曲で好きな作品はたくさんあるんですよ。でも、自分が作るとしたらそこは外したほうがいいかなと。ポップスとして、1つの理想として、できれば7inchのフォーマットに倣うようにしたいんです。2、3分で曲が終わって「最高! もう1回聴こう」とレコードに針を落としてほしい。そういうのをこの12年くらいは追っている感じですね。
稲垣吾郎の存在感、ムードから生まれた「窓辺にて」
──12曲目の「窓辺にて」は、今泉力哉さんが監督と脚本、稲垣吾郎さんが主演を務める映画「窓辺にて」の主題歌です。僕も劇場に観に行ったんですけど、エンドロールでこの曲が流れて、「ほつれた糸をたぐって 空白を引き寄せる それなのになお まとまらない」というラインが聞こえてきたときに、この映画の核みたいなものが歌われているような気がしたんです。
ああ、それはうれしいですね。
──映画は妻の浮気を知りつつも、そのことに対して怒りの感情以外のある秘密を抱えたフリーライター・市川茂巳を主人公にした作品です。澤部さんは書き下ろしで主題歌を提供したわけですけど、実際に脚本を読んだり、映像を観て歌詞を書いていったんですか?
確か編集途中の映像を観ながら書いたのかな。それを参考に「こういう終わり方をするならこうだよな」とか考えながら作っていきましたね。
──曲を作るうえで、主演の稲垣さんの存在は大きかったりします?
大きいですよ。映画を観てもらうとわかる通り、稲垣さんが演じる市川の雰囲気ってすごいじゃないですか。もちろん役ではあるんだけど、稲垣吾郎という人間が持つ存在感やムードってすごいなと改めて思って。だから映画の流れ全体というよりは、市川の佇まいに寄せる方向にしようとは思いましたね。
──歌詞はすぐに出てきました?
いやあ、出てきませんよ。歌詞はいつも泣きながら書いてます(笑)。今泉力哉さんの映画は言葉にしづらい感覚がある気がしていて、それはスカートの音楽にも共通する部分だと思うんです。自分の中で「こういうところがいい」みたいなのはあるんだけど、具体的な言葉にはできないというかね。なので歌詞は抽象的にしてみました。
──今泉さんからの細かいオーダーはあったんですか?
本当に簡単な打ち合わせをしたくらいで。「速い曲じゃないほうがいい」とか「エンドロール的に3分半くらいあるとうれしい」とか必要最低限のオーダーでしたね。
スカートには文化的な価値がある
──アルバムの中にこれだけタイアップ曲が入っているけど、どの楽曲の歌詞も抽象的と言えば抽象的だと思うんです。それは要するに「抽象的な表現をするシンガーソングライター」として、いろんなクライアントからそのセンスを求められているわけですよね。
ああ、そういう意味ではすごく自信になりますよね。やっぱり常々「もっと愛だの希望だの言わなきゃいけないのかな?」とか、うっすら思うわけですよ(笑)。でも、これまでのタイアップ案件を思い返しても、歌詞に関して何か言われるってことがほとんどなくて。
──スカートがそういう直接的な表現を使わずにタイアップをたくさん獲得しているのは、前回のインタビューで言うところの“円陣を組みたくない”側の人間からすると希望でもあります。
うれしい。僕もそれは希望だなと思うし、はっきり言って異常なことですよ(笑)。
──スカートが2019年に渋谷CLUB QUATTROで開催したワンマンでのMCが僕にはすごく印象に残っていて。そのときに澤部さんが「スカートの音楽は絶対に必要なものではないし、メジャーの恵まれた環境でレコードを作れるのも当たり前じゃない」みたいなことを話していたんですね。でも、前作「トワイライト」から3年半が経って、アルバムを出したら10曲もタイアップ曲があるわけで。そういった実績を積み重ねる中で、澤部さんの心境に変化はあったりしますか?
いやあ、相変わらず恵まれた環境でやらせてもらっているってことしかないですね。それもこれもOfficial髭男dismのおかげだと思うんですけど、ポリスターにおけるWinkとフリッパーズ・ギターの関係になれたら一番いいなと私は考えております(笑)。
──(笑)。でも、「ポニーキャニオンのポップスを担っているのはスカートでしょ」みたいな自負はある?
そういうふうには考えてくださっているみたいで。昔、卑屈になってIRORI Recordsのレーベルヘッドである守谷(和真)さんに「こんなに売れてないアーティストをずっと抱えてるの大変なんじゃないですか?」と聞いたことがあって、そしたら「いや、そうじゃない。スカートには文化的な価値がある」と言ってくれて(笑)。あれはうれしかったですね。
「SONGS」に感じる社交的な手応え
──「SONGS」を完成させて、改めてどんなアルバムになったと感じていますか?
「トワイライト」はどちらかと言うと内向きなアルバムだったと思うんです。内省的な手触りがあって、それが自分の中で1つの達成感になっていたんだけど、今回はかなり社交的な1枚になったという手応えがある。だからこのアルバムを完成させたことがプラスの方向に向かえばいいなとは思いますね。
──本当に素晴らしいアルバムなので、いろんな人に届いてほしいですね。ちなみに前回のインタビューではフィジカルに対する思いも語ってもらっていて、今作は初回限定盤がボックス仕様になっています。これは何かイメージがあったんですか?
メトロトロン(ムーンライダーズの鈴木博文が主宰するレーベル)と同じ仕様なんですよ(笑)。これはまず「SONGS」というのが出発点にありまして、雑多な楽曲を1つにまとめたんだから、それを箱に収めるのはアリなんじゃないかと思ったんです。それはジュエルケースとかではなくて、しっかりと封ができるものになっていたほうがパッケージとしてはいい。ジャケのイラストはyasuo-rangeさんに描いていただいていて、オーダーとしては「タイアップ曲が多いので、ぽつねんとしているものよりかは社交的なイメージでお願いします」くらいの感じだったかな。完成したイラストを見ると抽象的ではあるんだけど、街的でもあれば人間的でもあって、今のスカートの気分にとても合っている気がしますね。
──初回限定盤には、アルバム収録曲の弾き語り音源を収めた特典CD「SING A SONGS」も付属します。
コロナ禍に在宅ライブをやっていた時期があって、そのときのムードを残しておきたいと思ったんですよ(参照:スカート、本日弾き語りライブ「在宅・月光密造の夜」をYouTube配信)。今回タイアップ曲を全部入れたのも、コロナ禍のスカートの活動報告じゃないけど、そういった側面も持たせたかったんです。それもあって在宅ライブの形式で、アルバム収録曲を順番通りに1人きりで演奏したいなと思って。
──12月18日にはワンマンライブ「eleven matchboxes, ninety-six cigarettes」が行われます。タイトルは2018年開催の「eight matchboxes, seventy one cigarettes」を拡張したもので、スカートがこれまで発表した作品の数を表していますが、どんなライブにしたいですか?
「SONGS」の収録曲もやるんだけど、昔の曲もたくさんやる予定です。サブスクにない曲もたまには演奏したいですしね。最近はワンマンに向けて昔の曲を掘り返して思い出すという変則的なリハーサルをやっていて、曲順も現時点である程度決めているんですけど、ベスト盤でもあり裏ベスト盤でもあるセットリストに今のところなってますね。
──アルバム完成後にも新曲は書いているんですか?
「SONGS」のプロモーション周りが忙しくてまだ書けてないです。ただ、今まではアルバムを1枚作った直後は「もう無理です」となっていたんだけど、珍しく「作りたい」という気持ちがあるんですよ。「次はこういうことをやってみたい」というアイデアが出てきているので、自分に「それは本当か?」と驚いている部分もあるんだけど、しっかり形にしたいですね。
──いいですね。来年以降のリリースを楽しみにしています。
「SONGS」が3年半ぶりのオリジナルアルバムだったから、次は9カ月後くらいに出せたら個人的に面白いなと思っているんですけどね。まあ、それはすでに無理な感じではあるんだけど(笑)。
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スカート・澤部渡×エンジニア・葛西敏彦 対談