スカート特集|充実のメジャー5thアルバムに見る、稀代のポップメイカーに訪れた変化の予兆

スカートが5月14日にメジャー5thアルバム「スペシャル」をリリースした。

2006年、当時大学生だった澤部渡が多重録音によるレコーディングを中心に活動を開始したソロプロジェクト・スカート。通算10枚目のアルバムとなる「スペシャル」は彼のポップメイカーとしてのセンスを31分間に詰め込んだ1枚で、映画「不死身ラヴァーズ」の主題歌「君はきっとずっと知らない」や、すき家のテレビCMソング「火をともせ」などの既発曲、柴田聡子や畳野彩加(Homecomings)、重住ひろこ(Smooth Ace)をゲストコーラスに迎えた新曲など全11曲で構成されている。

音楽ナタリーでは本作の魅力を掘り下げるべく、澤部にインタビューを実施。各楽曲に込めたこだわりや、ここ数年の活動を経て生じた心境の変化について語ってもらった。

取材 / 臼杵成晃文 / 下原研二撮影 / 峰岡歩未

初めてバンドのアルバムができたかもしれない

──まずは5年ぶり2度目の“優勝”おめでとうございます。

ありがとうございます(笑)。

──スカートは今年でCDデビュー15周年。「スペシャル」はメジャー5枚目、通算10作目のアルバムになります。ついでに言うと、音楽ナタリーでスカートの特集を組むのも10回目なんですよ。

え! 完全優勝じゃないですか。

──(笑)。アルバムは15周年に向けて準備していたんですか?

去年の9月に「Extended Vol.1」を出して、その頃にはスタッフと「次のアルバムは来年の5月くらいに出しましょう」と話していたんですよ。だから正直15周年とかはあまり意識してなくて、「とにかく曲を書かないとヤバい」ってことしか考えてなかったですね。

──「スペシャル」というシンプルかつ意味合いの強いタイトルが付いてますけど、アルバム全体のコンセプトも特に設けてなかった?

全然でした。いつもより内容を考える余裕はなかったかも。とにかくたくさん曲の断片を書いて、そこから膨らませていって、録音していく中で、徐々にアルバムの全体像が見えてきたというのが正直なところで。

──曲を書き進める中で何か感じていたことはありますか?

昨年末に佐久間(裕太 / Dr)さんの提案で、バンドメンバー全員での曲出し会議をオンラインでやったんですよ。今までは僕が多重録音でデモを作って、それからメンバーと肉付けするという流れだったから、自分の中であの曲出し会議は新鮮で大きかった。そのときにデモを4曲くらい聴いてもらったら、(佐藤)優介(Key)が「『トゥー・ドゥリフターズ』はTyrannosaurus Rex感を出したほうがいい」と提案してくれたりして。アルバムというより、曲が少しずつできてきたんです。「トゥー・ドゥリフターズ」がすごくサイケで変な曲になったから、そのより戻しで曲を作れるなとは考えていたかも。

──スカートは澤部渡というシンガーソングライターのソロプロジェクトながら、佐久間さんをはじめとするバンドメンバーが率先して意見を出して、それを澤部さんが取り入れるようになった。それってすごくバンドっぽいですよね。

そうそう。今回、初めてバンドのアルバムができたかもしれない。さっきも話したように普段は多重録音で曲を作ってからみんなに聴いてもらうことが多かったけど、今回は既発曲以外は多重録音のデモを作ってないんですよ。それがよかったのかもしれないです。それに驚いたと言ったら変だけど、アルバムが完成したときに「こんなにいいアルバムになっちゃっていいのか?」と正直に思ったんです。自分1人で作っていたら絶対にこうはならなかった。

澤部渡

変化の兆し

──アルバム1曲目の「ぼくは変わってしまった」はシングル的なキャッチーさとは別方向の、アルバムじゃないと書かないタイプの曲だと思うんですけど、1曲目にしてはなかなかインパクトのある始まりですね。

やかましく元気な感じですよね。バンドメンバーとは曲出し会議以外にも「どんな曲を書けばいいか?」みたいなことも話し合っていて、なおみち(岩崎なおみ / B)さんが「もっとコードチェンジが少ない曲を書いたら? 澤部くんは1小節、下手したら半分とかでコードが変わっちゃうから、ゆったり目の曲があってもいいかも」と提案してくれたんです。それで「ぼくは変わってしまった」の最初をF→Gm7が少し長く続くようにしました。Bメロも序盤はゆったりコードが変わっていきますね。とにかく、そういうコミュニケーションからきっかけを拾うことは多かったです。

──曲作りに変化があっても、そこに歌詞を乗せる作業は変わらない?

作るときの気持ちとしては同じなんだけど、そこに向かうための気持ちは少し変わったかもしれないですね。「ぼくは変わってしまった」にしても、これまでよりは少しストレートな言い回しになっているし、そうしないとダメだなと思いながら歌詞を書いた覚えがあります。

──アルバムには随所に「過去、停滞を否定して先に進む」というようなメッセージがちりばめられていて、それが「ぼくは変わってしまった」には端的に現れているように感じました。

今までの自分なら歌わない言葉をあえて選んでしまったんじゃないか?みたいな気持ちはどこかでありますね。

澤部渡

メンバーとの会話の中で生まれるアイデア

──「緑と名付けて」は1分51秒の軽やかな短尺のナンバーで、こういった曲もアルバムならではですね。

弾き語りのデモからイメージが一番変わったのがこれかな。デモの時点ではもっとのっぺりした感じの曲だったんだけど、「これじゃ退屈だよ」とまでは言わないけど、そういうふうにバンドが仕上げてくれました。佐久間さんに「リファレンスになるような曲はないの?」と聞かれて、iTunesに入っている曲の中から大喜利のように出したのがWildweedsという、NRBQのアル・アンダーソンが昔やっていたバンドの曲で。正直そんなこと思ってもなかったけど、「こんなふうにしたらいいかもしれない」と提案したらハマったんですよね。今までこういう作り方はしたことがなくて、なおみちさんがアウトロを「4小節単位じゃなくて、3小節で動いたらいいんじゃない?」とアイデアをくれたり、化学反応ではないにせよ、ちゃんと掛け算ができた思い出深い曲です。

──3曲目の「火をともせ」はすき家のCMソングです。CM音楽の効果としてはザ・タイマーズの「デイ・ドリーム・ビリーバー」に近い、ほっこりして軽やかなシャッフル曲なんだけど、Dメロまでいくと粘りが出てくる。3分間のポップスとしてのクオリティが非常に高いと思いました。

変な部分もあって、自分でもすごく好きな曲です。最初のサビの前にだけ入ってくるメロディとか、そういうのはうまく書けたんじゃないかなと思いますね。あと、「火をともせ」は歌詞が大変だったんですよ。この曲に対しては暗い歌詞しか書きたくなかったから、CMの30秒尺の部分だけ暗く聞こえない言葉を選んだんですけど、15秒尺にはそのあと出てくる「おしまいに手を引かれ」の部分まで入ってしまって申し訳ない気持ちです(笑)。でも、そんな悩みながらの作業も楽しかったですね。