ナタリー PowerPush - Salyu

新しい挑戦に満ちたシングル「青空 / magic」

少し大きめの服をもらって「この子に合わせて大きくなれ」という感じ

──桜井さんはもちろん、ミスチルの曲はご自分が歌うことを前提として作るんでしょうけど、人に作る曲っていうのはまた違ったりするんですかね? 今回は当然Salyuさんのことを考えながら作ってるっていうことですよね。

えへへっ(笑)、そうですね。うーん……やっぱり、そこまで何か……自分のためにピッタリのメロディだなっていうよりは……正直な感触でいうとね(笑)、もらう楽曲が洋服だとすると、自分の体のラインや顔とピッタリの洋服をもらったっていうよりは、少し大きめの服をもらって、もうちょっとこの子に合わせて大きくなれっていうような。あははは(笑)。大きくてもいいし、痩せろでもいいんだけど、そういうハードルがあったってことですね。ただ、シェイプしなきゃっていうより、私が増やさなきゃいけない感覚はあったな。

──自分の表現の幅を広げなきゃいけない、みたいな感じ?

そうそう。自分はね、そんな感覚があった。桜井さんはそういうふうには思ってらっしゃらないかもしれないけど、私としてはそういう気持ちで楽曲と向き合ってきたんです。

──でもそれってSalyuさんとしては、当たり前に今までやってきたことなんでしょう? その都度いろんな課題があって、それをクリアしていくっていう。

そうですね。でも今回はメロディも耳に対してひねりなく、人の体に嫌味もなく、難しいことを考えさせず入っていける、人に例えるならとても気さくな音だと思うんですけど、私からするとすごい難しいポイントがいっぱいあって。

──ふむ。具体的にいうと、例えばどういうポイントだったりします?

すごい具体的に言ってくと、まず「♪足元の影法師を ひとつ ふたつ」っていうところで1オクターブ音がジャンプする、シシってなるんですど、シシって飛ぶ時点ですごい難しいことで。シの音ってとても難しいから……。それにフックにスキルがとっても必要とされるようにできていたり……。あとはダイナミズムっていうか、穏やかに歌うところも、叫びきって歌うところも、いろいろ共存してるんですよね、楽曲の中に。すごく可憐なたたずまいを思わせる女性的な一節もあれば、過激な「あなたが好き」ってハイトーンで叫びきるようなシーンがあったりして、ダイナミズムみたいなものがすごく凝縮されてるから、そういうところで許容も必要だなと思ったし。自分でどう声にコンプをかけていくか、とかね。そういう表現の難しさがありますよね。

──それはやっぱり、もらった楽曲をただなぞって歌うだけじゃなくて、自分自身のものとして表現するためにはどうすればいいのかっていうことですよね。

そう。生き生きとさせるために。楽曲に命を与えるっていうことだから。生き生きとすべてにエネルギーを持たせるために。あと、より強いエネルギーを持ってる部分がフックだとして、それをボーカリストとしてどう輝かせるかっていう。うまければいいってもんじゃないし、正しければいいってもんでもないし。愛嬌とか、いろいろと楽曲が必要としている感性ってのがあるなあ、と思うから。ただ、とてもシンプルな印象の楽曲なので、シンプルなものっていうのはすごく……改めて難しいなあと。大人が成せることだなあって。えへへ……思ったり。

感情をどう込めるかではなく、どういう感情に見えるか

──じゃあ、要するに技術的なハードルというよりは、フィーリングとかセンスとか、感情の込め方であったりとか、そういうことが難しかったっていうことなんですか?

そうですね。そういうことだと思いますね。

──salyu×salyuの場合は、技術的にものすごく難しいものがあって、それをまずクリアするのがえらい大変だったんですよね、恐らく。今回はじゃあそれとは違う部分のアプローチで難しかったってこと?

そうですね。なんて言うんだろ、感情をどう込めるかっていうよりは、結果としてどういう感情に見えるかっていうことなんですよね。

──ああ! なるほどね! プロの発想ですね、それは。

ライブ写真

でも音楽ってそういうものだから。私は演劇をやったことないのでよくはわからないですけど、役者とは違うし。結果どう見えてくるかっていうことだから、“自分らしさを自分らしさを!”って自分に訴えかけながら歌った歌が、聴いてくれる人に「その人らしい」って届くとは限らないから。あたかも“そう見せる”というのが音楽ですから。そこですよね。

──うんうん。わかります。

そのイメージをどうしたらいいかなって。もう落ち着きなく、どうしたらいいかなっていうのはすごく考えた。

──どういう自分に見せたいと思ったんですか? 今回は。

……ふふふ(笑)、えっと……最終的に納得できたものっていうのは、“自分”が要らないもの。

──“自分”が要らないもの?

“自分らしさ”に向き合うのもやめようと思って。深く向き合うフックの作り方とか、見つけてない楽曲のスイートスポットみたいなところに……自分の今までの楽曲にあるようなアプローチをすることが“自分らしさ”だったとしたら、もうそこに囚われないほうがいいなと思って。今までのSalyuの延長線上にある感覚は、ないことにして。とにかくこの難しいBっていうキーで、恋を鍵としている女性の感情や、体の細胞がそればかりの色彩になって、すごく前のめりになっていってしまう、自分ばかりになってしまう女性のヒステリックさとかエモーショナルさとか……そういうことをポップに表現するにはどうしたらいいかなって思って。朗読をして、どういう気分が聴いていて気持ち良くて、少し気が利いていて……そういうことができるかなあって考えていたんだけど。最終的には、ミュージカルっていうのがテーマにあって。

──ミュージカル?

私の曖昧なミュージカルのイメージかもしれないけど、「アニー」とか「オズの魔法使」とか、子供がまっすぐにステージに立って、その子はたぶん日常にはない思いでイメージをステージにぶつけて人に振る舞っていくと思うんですよ。そういう、ちょっと自分から一歩外に出た振る舞いというかね、演技っていうんですかね。そういう気持ちでやりました。

──演じる?

ちょっと演じるって言葉は──今私が言ったけど──なんかしっくりこなくて。うーん……。

──楽曲の求めるところを最大限に広げて、ポップに美しく見せていくにはどうすればいいかっていうことですかね?

そうですね。

──自分がどう表現したいかというよりは、楽曲が求めるところを自分なりにどうアシストして、より良く見せていくには、どうすればいいか。

うん、そうですね。もうそれに尽きますね、何事も。

ニューシングル「青空 / magic」 / 2011年7月13日発売 / 1050円(税込) / TOY'S FACTORY / TFCC-89334

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CD収録曲
  1. 青空
  2. magic

アーティスト写真

Salyu(さりゅ)

2001年公開の映画「リリィ・シュシュのすべて」に、Lily Chou-Chou名義で楽曲を提供。2004年6月に小林武史プロデュースのシングル「VALON-1」で、Salyuとしてデビューを果たす。2006年にBank Band with Salyuとして「to U」、2008年にはWISEとのコラボによる「Mirror feat. Salyu」をリリースするなど、他アーティストのコラボにも意欲的。自身のオリジナルソロ作品もコンスタントに発表し、2008年11月には初のベストアルバム「Merkmal」をリリース。2009年2月には初の日本武道館公演も成功させた。

2010年3月にソロとして3枚目となるアルバム「MAIDEN VOYAGE」をリリース。2011年からは新プロジェクト「salyu x salyu」としての活動を開始し、Cornelius=小山田圭吾との共同プロデュース作品「s(o)un(d)beams」を完成させた。同年7月、小林武史プロデュースのニューシングル「青空 / magic」を発売。収録曲「青空」を桜井和寿(Mr.Children)が提供したことでも注目を集めている。