「Reborn-Art Festival」 PR

「Reborn-Art Festival」|“いのちのてざわり”がテーマの芸術祭 小林武史、Salyu、コムアイに聞く宮沢賢治オペラから体育館ライブまで

小林武史が2017年にスタートさせた芸術と食と音楽の総合イベント「Reborn-Art Festival」の2回目が、8月3日から9月29日までの58日間にわたり、宮城県の牡鹿半島、網地島、石巻市街地、松島湾で行われる(参照:小林武史の「Reborn-Art Festival」第2回は58日間開催)。

前回よりも会期やエリアを拡大させた今回は、櫻井和寿や宮本浩次(エレファントカシマシ)が出演するオープニングライブイベント「転がる、詩」が石巻市総合体育館で2日間にわたって行われたり、宮沢賢治をテーマに中沢新一が脚本を担当するポストロックオペラ「四次元の賢治」の完結編が届けられたりと、音楽プログラムも充実の内容に。そこで音楽ナタリーでは、「四次元の賢治」に出演するSalyuとコムアイ、さらに総合プロデューサーの小林の3人に、イベントのテーマから音楽プログラムの見どころまでを聞いた。

取材・文 / 加藤一陽 撮影 / 須田卓馬

経済優先で進む現代で、取り残されているもの

──2017年以来の「Reborn-Art Festival」の開催となりました。まずは総合プロデューサーである小林さんに全体のテーマを伺いたいのですが。

小林武史 今回はキーワードとして「いのちのてざわり」という言葉を掲げています。生きる実感というか、そういうものを表現したくて。

──生きる実感ですか。

小林 少し堅い話をすると、現代社会のように経済優先で物事が進むといろいろなものがシミュレートされていくから、ある程度先のことが想像できてしまうことがたくさんあって。そんな中で、生きる実感のようなものが取り残されているように感じているんです。例えば福島のことを考えたとき、経済にだけ依存する復興はやはり危うい。発電の仕組みは宇宙のエネルギーでもあるから完全に否定はできるものではないとも思うのですが、そんな中でも生きる実感のようなものをもう少し僕ら自身が感じていかないと危ういことだなと。今回はそれを「いのちのてざわり」という言葉にして、震災の被害の大きい石巻で表現したいという思いがあるんです。東日本大震災から8年が経ったわけですけど、 “生と死”についてあれだけ直接的に感じられる場所はなかなかありませんからね。

左からコムアイ、小林武史、Salyu。

──改めて、今回の舞台は宮城県の牡鹿半島と石巻市市街地です。前回から綱地島エリアが加わって、展示の範囲が拡大されますね。

小林 そうですね。今回は牡鹿半島と石巻市街地を7つのエリアに分けて、それぞれにキュレーターを起用していて。あまりほかの芸術祭ではないやり方だと思います。まだすべてが完成したわけではありませんが、作品やアーティストのラインナップは大体出そろってきていて。すごくいい感じに進んでいますよ。

──先ほど東日本大震災の話がありましたが、コムアイさんは震災のときはどうされていたんですか?

コムアイ(水曜日のカンパネラ) 私は18歳でしたね。病気で半分寝たきりの母と家にいて。それで母と、看病しに来てくれた母の友達と私とで机の下に潜ったのを覚えています。私は「わあ、本物の地震や」「デカい」と思いつつ、「これからこの先私の人生どうなるんだろう?」「これはすごいときにいちゃったな」と。

──恐ろしさがなかったんですね。

コムアイ

コムアイ うん。大きい地震だけど、家が倒れることはないと感じましたし、全然自分が死ぬ気もしなかった。ただ母がすごく怖がって、冷静に物事を判断できるような状態じゃなくなっていて。それを見て「この人、弱ったな」と感じたんですよ。母がいつの間にか自分よりも弱い存在になっている。その気付きが自分にとって衝撃でした。だから震災は、“机の下で怯える母”の印象が強いです。そして母は、そのあと8月くらいに亡くなったんです。

──そういう意味でも忘れられない日と言えそうですね。Salyuさんは?

Salyu 池袋で歌のレッスン中でした。練習スタジオが地下で、そのとき(ヤマグチ)ヒロコちゃんも一緒にいて。それで地震のとき、音楽の先生が揺れ始めるか始めないかくらいのタイミングで「荷物持って出るよ」っておっしゃったんです。

コムアイ すごい、早っ。

Salyu あとになって先生に「どうして外に出なきゃならないと思ったんですか?」と聞いたら「直感だ」って。だから、人間の直感力ってすごいなと。生きる力、直感力の偉大さを見せつけられた気がしました。それと階段を上がって地上に出たとき、自分の心理状態によってそう思えたのかもしれませんけど、街や道路や景色がウエーブしているように見えたんです。私はちょうどその頃「MAIDEN VOYAGE」(2010年発売の3rdアルバム)に関連したプロジェクトを行ってたんですけど、アルバムタイトルは“自分の中で自然に何かが始まる”っていう意味で付けたものでした。そのタイトルの意味と、景色が海のように見えたことなどがなんとなく自分の中で一致したように感じたことを覚えていますね。

荻浜の思い出

──コムアイさんもSalyuさんも、前回の「Reborn-Art Festival」にそれぞれ出演されています。Salyuさんは「四次元の賢治」への出演をはじめ(参照:Salyu × 小林武史による「Reborn-Art Festival 2017」インタビュー)、イベント内のさまざまなプロジェクトに関わっていたそうですね。

コムアイ Salyuさん、現地に長くいらしていましたよね? 「私、石巻なんでも知ってるから」って言ってた(笑)。

Salyu

Salyu いやいや(笑)。でも出張の域は超えていました。滞在中、たぶん誰よりも現地の人たちとコミュニケーションを取る時間が長かったと思う。逆にスタッフとはあまり会わない、みたいな。それぞれ持ち場があって忙しいからね。

コムアイ 現地の人とのコミュニケーション、いいなあ。私は前回、生配信ライブ(参照:水曜日のカンパネラLIVE RECORD(170831石巻市荻浜)|YouTube)をやらせてもらったんですけど、それで「四次元の賢治」を観に行けませんでした。すごく悔しかったんですよ。

小林 そうだったっけ? 観られなかったんだ。

Salyu コムアイちゃんのライブ映像、素晴らしい作品でしたよね。

コムアイ ありがとうございます。またやりたいんです、生配信。前回は“土地にまとわり付いている霊”みたいなものと交流しながら歌うようなイメージで。メドレーじゃないですけど、何曲かを歩きながら、踊りながら歌うという。それをいろいろな場所の人が同時に観ていて。あのやり方は自分がライフワークとしてやっていきたいことなので、協力していただいたんです。あそこ、なんていう浜でしたっけ?

小林 荻浜ですね。

コムアイ そうそう荻浜。牡蠣の養殖で有名な浜でしたね。私、前回の「Reborn-Art Festival」の少し前にアメリカのオレゴンに日食を観に行っていたんです。そこで感じたんですけど、日食で太陽が隠れると、気温が低くなるんですよ。寒って。それからまたキラッと太陽が出てきたのを観たときに、自分の体が生まれ変わったような感じがしたんです。そのことがあったからかどうかはわかりませんが、アメリカに行く前は「Reborn-Art Festival」の衣装を決められなかったんですけど、日食からの帰りの飛行機で考えていたら「オレンジ、赤だな」とイメージが湧いて。赤くてオレンジで……なんか“太陽の子供”みたいな衣装でやりたいなって。

左からSalyu、コムアイ、小林武史。

──日食を体験して、衣装のイメージが固まっていったんですね。

コムアイ そうかもしれません。風船アーティストの方と一緒に衣装を作ったんですけど、ホヤみたいな海の生き物なのかもしれないし、陸の生き物かもしれない……そんな衣装で。実際に配信ライブをやるときに、現地の作品で、山の中にブイ(浮き)がたくさん置いてあるインスタレーションがあったんです。洞窟みたいなところにブイが山のようにたくさん置いてあって、ぶわっと光るっていう。それが生き物の卵みたいですごく好きで、お借りして撮影に使わせていただきたかったんですけど、中に入る許可が降りなかったんですね。

Salyu そうだったんだ。

コムアイ だから自分でブイのセットを山の中に作って、そこから私が出てくるっていう設定でライブをやって。ストーリーとしては、私が山から出てきて海に向かって、最後は水辺に少しずつ溶けていくという。それ自体は「こういうほうが演出的にキレイだな」と考えながら決めていったものでした。でもライブをやったあとに考えたら、地球って放射能が地面の奥深くに眠るように安定して、地上から放射性物質がなくなったことで、生き物が生まれてきた歴史がある。だけど今は、また放射性物質を掘り返して、それがまた海に流れているという……自分では全然意図してなかったんだけど、あのとき自分が演じた太陽の子のようなもの、それが放射線だって考えるとすごくピンときて。山の奥から出てきたものが海に流れていってしまう。後付けですけど、そんなゾッとするようなストーリーが見えてきて、なんだか不思議でしたね。美を求めて作ったものが、結果的にすごく芯が通り、伝えたいことになった。そんなことを実感できた現場でした。

小林 それに、あの洞窟は戦時中に人間魚雷を待機させるために掘られたんですよ。

コムアイ そうだ、魚雷の場所だ。

小林 僕らとしてもそれ自体を直接メッセージとして伝えたいということではありませんが、今のコムアイの話のように、1つの表現がいろいろな意味に転じていきますよね。