槇原敬之の真髄を知ってもらいたい、思い入れの強い曲やファンの好きな曲がまた光り出すベストアルバム

槇原敬之のベストアルバム「Buppu Label 15th Anniversary "Showcase!"」がリリースされた。

「Showcase!」は槇原の個人事務所、ワーズアンドミュージックが2010年に発足させた自社レーベルBuppu Label(ブップレーベル)の設立15周年、さらに槇原のデビュー35周年イヤーを記念して制作されたCD2枚組のベスト盤。Buppu Labelから発表してきた数多の曲の中から厳選した30曲と、新曲「You Are the Inspiration」が収録されている。

音楽ナタリーでは本作の発売に合わせて槇原にインタビュー。過去曲や新曲のエピソードはもちろん、自らを音楽家でもミュージシャンでもなくシンガーソングライターだと語るその真意や、今後の創作テーマについて話してくれた。

取材・文 / 高岡洋詞撮影 / YURIE PEPE

犬が歩けば聞こえる音

──ベストアルバムのジャケット、かわいいですね。

そうなんです。長年コンサート衣装のデザインをお願いしているBEAMSの窪浩志さんのご紹介で、橋本聡さんっていうイラストレーターの方に描いていただきました。15周年なので「犬を15匹描いてください。あ、1匹は猫にしてください」とお願いして(笑)。Buppu Labelの名前の由来は、うちの犬が歩くときに「ぶっぷっ、ぶっぷっ」って肉球が鳴ってたからなんですよ。

「Buppu Label 15th Anniversary "Showcase!"」ジャケット

「Buppu Label 15th Anniversary "Showcase!"」ジャケット

──あはははは、かわいい。最大で何匹いたんですか?

同時に飼っていたのが、えーっと、1、2、3……9匹かな。

──「犬はアイスが大好きだ」はワンちゃんとアイスをシェアする歌ですが、9匹もいたら一瞬でなくなりますよね。

なくなります。歌詞は実話なんですよ。ちょっとかじって犬にあげようとしたら、僕が持ってる残りのほうをパクッとやられて(笑)、びっくりしました。「そんなことってある?」みたいな。あまりに面白かったんで歌にしました。

──この曲や「まったくどうにもまいっちゃうぜ」は、曲名を見ると面白ソングっぽいけれど、実はめちゃくちゃオーセンティックで風格のあるポップソングですよね。改めて「びっくり」と「うんうん」が満載のアルバムだなと思いました。

本当ですか? うれしい。

──こうしたギャップは槇原さんの曲の魅力の1つかなと思うんです。例えば歌詞のテーマが重かったりするけど、サウンドはすごくポップだったりする。そういうのは意識的に仕込んでいらっしゃるんですか? それとも自然に?

意識的に……してますね。そう言っちゃうとちょっと語弊があるんですけど、お料理やお菓子を作るのに似てるのかな。「これだけだと重いから、こっちで軽くして」とバランスを取る。原材料の配合を計算するように、歌詞と曲とアレンジについてよく考えます。

──基本、詞先で曲作りをされるから、歌詞を書いたときに「さて、これをどう料理しようかな」と考える?

そうですね。「この歌詞にバラードを乗せちゃうと、もう聴いちゃいられないよね」みたいな曲は音を軽めにしたりとか、「言葉は少ないけれどちゃんと伝えたいな」というときは重めにしたりとか。もちろん重い歌詞を重く仕上げる場合もあります。そこは楽しんでやってますね。

槇原敬之
槇原敬之

今回のベストは「他選プラスちょっと自選」

──槇原さんはこれまでにもベストアルバムをいくつかリリースしていますが、今回はどんな基準で選曲されたんでしょうか。

それにはまず「Showcase!」という言葉に触れなければいけないんですけど、「Design & Reason」(2019年2月発売のアルバム)が出た頃かな(参照:槇原敬之「Design & Reason」インタビュー)。ある友人に、「2011年から2018年ぐらいまでアルバムを出してないと思ってた」と言われたんですよ(笑)。「自社レーベルでは宣伝が行き届いてなかったんだな。これはいかん」と思って。2025年はデビュー35周年とBuppu Labelの設立15周年が重なることがわかったので、「実はこんなに出してましたよ」という自虐的なシャレとして「Showcase!」というタイトルにしました(笑)。「この15年の間のバラエティを一挙ご紹介」というイメージですね。もちろん、その中でも気に入った曲を入れています。“Showcase”を辞書で調べたら「絶好の機会」という意味もあるらしくて、まさにその言葉通りなので聴いてちょうだい、みたいな。

──なるほど。

選曲はほぼスタッフにやってもらって、僕はそれを見てああだこうだ言ったんですけど、選考基準としては、いわゆるスマッシュヒットの曲とかじゃなくて、槇原敬之ファンが好きな曲みたいな。「ファンじゃない人には届いてないかもしれないから、この機会に聴いてほしい」とか、「槇原敬之はこういうのが得意ですよ」という思いで選んでいきました。

槇原敬之

──基本、他選なんですね。

他選プラスちょっと自選。僕の中ではせいぜいCD1枚に収まるぐらいかなって思ってたんですよ。でもスタッフから「選べない」みたいなことを言われたのが、すごくうれしくて。だから他選でよかったというか、自選だと選考基準が厳しくなったり、マニアックになりすぎたりしちゃうので。みんなの選曲をもとに、ちょっと「それ入れるんだったら、これ入れてくんない?」と希望を伝えて、CDにあと何曲入れられるか、収録時間との戦いでした。

──槇原さんが「これ入れてくんない?」とおっしゃった曲はどれですか?

「ゼイタク」「HOME」あたりかな。でも、けっこうみんなと被っていて驚きました。スタッフで選んだのを照らし合わせたら、みんな同じようなのを選んでるし、僕とも一致していたので、やっぱ一緒に働いてきただけのことはあるな、みたいな(笑)。

──過去のベスト盤はヒット曲集っぽいものが多かったですが、今回はそういう縛りなしに純粋にいい曲を選んだ感じですね。

かねてからそれをやりたかったんですよ。ファンの皆さんもきっと「もう持ってるし」とか思いながらベスト盤を買ってくれてただろうから、自分の中でも「なんかもっといい表現がないかな」と思っていたんです。配置を変えることによって光り始める曲もあるので、今回は僕的に思い入れの強い曲や、「あなた、槇原聴くんだったらこれ聴いて」とオススメしたい曲を選んでいきました。

──過去のインタビューで「HOME」はすごく思い入れがあるとおっしゃっていたのを覚えています(参照:槇原敬之が「宜候」ツアーで振り返る東京の30年、ファンと作り上げた“愛しの我が家”)。

「HOME」はわりとスタッフの子たちも選んでくれていたので、僕の推しで入ったのは「ゼイタク」のほうですね。この2曲は僕の中で、ちょっとバート・バカラックの影響を受けた曲なんですよ。バカラックはずっと大好きで、何年かに1回は彼の曲を自分なりに邦楽のポップスとして再解釈することにトライするんです。「ゼイタク」はその成果としてのコード進行だったり、メロディの行き方の気持ちよさがあるので、「絶対に入れてくれ」とプッシュしました。