法務関係の先生も好きな曲
──改めて、まとめて聴いてよさを再認識した曲はいくつもありましたが、もろもろ総合して「Fall」は素晴らしいと思いました。さっきお話しした歌詞と音のギャップに加えて、他者との関わり、外部からの刺激によって自分の中に起こる変化を受け入れていくという、近年の槇原さんの曲によく出てくるテーマが明快に表れているあたり。
この曲、会社の法務関係の仕事をしてくださってる方も好きなんですよ。「サビのとき、ストリングスが半音ずつ下がっていってるんだよ。『Fall』だよ」って。「あ、そうです。ありがとうございます」というやりとりをしました(笑)。けっこう好きって言ってくださる方が多い曲ですね。
──あと「まったくどうにもまいっちゃうぜ」のまさかのゴスペル展開。これには純粋にアツくなりました。
うれしい。これは1番と2番のAメロでスタートを遅らせてるんですよ。「アフリカンミュージックみたいな感じでやろう」というテーマのもと作った曲で、ポリリズムとまではいきませんけど、タイミングをちょっとずらしてみたり、いろいろやりましたね。
──「超えろ。」も面白くて、2番のサビ前の「のぞき込む鏡の中 疲れた顔が映っているとしても にっと口角を指で上げて」のところで、時間の流れ方が変わるんですよね。そこまで「欲しいものは手柄なのか 報酬なのかそれとも 自分がまだ見ぬ沢山の 人達の笑顔なのか」など大きな話をしたあと、一転して一瞬の動作をじっくり歌うことで、聴き手が感じる時間を伸縮させる。これは歌という表現にしかできないことなんじゃないかと。
あー、なるほどね。自分ではあんまり意識的にしてないかもしれませんけど、そういうのって確かにありますよね。ちょっと相対性理論みたいな。
恥ずかしいこと言っていいですか?
──「超えろ。」や「Fall」「Life Goes On~like nonstop music~」「記憶」など、タイアップで書き下ろされた曲も多いですが、提示されたオーダーに応えることと槇原敬之の作品としての一貫性を尋常でなく丁寧にすり合わせた形跡を感じます。
そう言っていただけるのもうれしいです。タイアップの曲を作るときは職人気質な部分が強く表れるんです。今回のベストには入れてないけど、例えば「LUNCH TIME WARS」も、「ヒルナンデス!」(日本テレビ系の情報バラエティ番組)のテーマにどこまで寄り添って書けるか、それでいてどこまでちゃんとカッコいいポップスに仕上げられるか、ということに挑んだ曲ですね。頼まれたテーマをあえてどストレートに受け止めながら、どこまで曲として「ちゃんと成立してるな」と思わせられるか。そういうことにすごくこだわって、一時期ずっとトライしてたんですよ。今、思い出しました。
──ライブで歌ったりもされますものね。
タイアップって一時のものですけど、ファンの皆さんはずっと僕の楽曲として聴いてくれることになりますからね。耐久性のようなことは考えながら書いてるかもしれないです。産業としての音楽と、一生ものとしての音楽の両立みたいなことは常々、考えていますね。「流行っていようがいまいが、これをやるんだ」という作者の姿勢が感じられる音楽をずっと聴いてきたので。自分の曲で両立できてるかどうかは別として、音楽を作るうえでいつも念頭には置いてるつもりです。
──先ほどの「Fall」の話でも少し触れましたが、「ゼイタク」にしても「うるさくて愛おしいこの世界に」にしても、相手はワンちゃんだけど「犬はアイスが大好きだ」にしても、須藤晃さんが作詞した「わさび」にしても、他者との関わりによって自分の内面に起こる変化をどう受け入れていくかということが描かれていて。おそらく槇原さんの中でこれは大切なテーマなんじゃないかと思わせる選曲になっている気がします。
もしそう感じてくださってるんだったら、この選曲は合っていたと思います。まさにそういうことを伝えたかったというか……恥ずかしいこと言っていいですか?(笑)
──ぜひぜひ。
今の槇原敬之の真髄、中心部分みたいなことを知ってもらいたくて、曲を選んでるところがあって。
──カッコいいとしか思いませんでしたが、自分で「真髄」と言うのが照れ臭い気持ちはわかります(笑)。
そうそう。今の自分の大事にしてることというか、僕が得意……とまでは言わないけど、粘ってやっていること。そんなふうに捉えてもらえたらうれしいです。普通にポップスとして聴けばサラッと流れていくんですけど、「どれどれ」とぐっと集中して聴いたときに「意外とこういう構造をしてるんだ」とか「意外とこんなことを歌ってるんだ」と思ってもらえたらいいなと。
──その「意外と」が大事なんでしょうね。いかにもテーマが重くて深そうだと聴いてもらえないこともあるかもしれない。
そう言っていただけるとありがたいです。
単純に音楽を作る喜びを求めている
──正直、槇原さんが作るすべての歌詞に共感できるわけではないんですが、そういう曲もメロディやサウンドがいいから“聴かされてしまう”んですよね(笑)。歌でしか表現できないことを、本当に丁寧に、粘り強く、作品としての質を追求しつつやっていらっしゃるなと。
個人が考えてることを歌にしてるわけだから、100%共感していただけることは絶対にないと思うんです。でも、自分の考えも含ませながらどれだけ完成度の高い構造物を作るか、ということが僕らの仕事の本質だったりするのかなと最近は思っています。曲はパーッとできあがるわけではないので。時間をかけて作っていることには理由があるとお伝えしたいです。
──どの曲も苦しんで生み出しているということですね。その苦しみがきっとフックの強さを生んでいるんだと思います。
ただ、特にこの15年ぐらいはそうだったのかもしれないんですよ。今後はもっと、単純に音楽を作る喜びを追い求めてみたい気持ちもありますね。
──楽しみです。あと、「林檎の花」「風は名前を名乗らずに」「君への愛の唄」「運命の人」に顕著ですが、自分よりも大事な他者がいる、という感覚も、槇原さんの15年の中で際立ってきたことの1つかなと思いました。若い頃に追求していた愛のエゴイズムを──例えば「風は名前を名乗らずに」では歌い出しの「『君を思う気持ちを どうして分かってくれないの?』」でサラッと片付けて、その先の話をしている。偉そうですが、そこに人間性と技術の成熟を感じたりして。
やったー! すごく簡単に言うと、“恐竜脳”みたいな人間なんですよ(笑)。どこかに向かってバーッと走ってても、目の前を何かがピューッと横切ったらそっちに行っちゃうような。
──恐竜脳?(笑)
書いてるうちに「あー、そっちだったかも!」と感じることがけっこう多かったりして。それが今は少し落ち着いてきた感じですかね。流れや勢いで書いちゃう、みたいなことがあんまりなくなってきたかなと(笑)。絵描きさんの作品を見ていると、晩年にかけてすごく単純化していくことが多いじゃないですか。さらに緻密になっていってもいいのに、だんだんと絵を描くことそのものから解放されるかのように単純になっていくのがすごくいいんですよね。昔はそれがわからなくて、「自分はきっとずっと同じ感覚で音楽を作っていくんだろうな」と思っていたんですけど、最近、変化が出てきたっていうか。あの、僕は音楽家ではなくて……。
──え?
音楽を作ってるから音楽家っぽいけど、音楽家でもミュージシャンでもないんですよ。どっちかというとシンガーソングライターであって、「セッションやろうぜ」と誘われても困っちゃうぐらい楽器を弾けないし、何か鍛錬した技術もない。唯一誇れるのは、打ち込み技術を使って細かく曲を組み立てていくことだけなんです。その組み立て技術に気持ちがいきすぎて、「これが僕の仕事だ」と思ってやってきましたけど、この先はやっと“歌として”とか“音楽として”考えるような時期に入っていくのかなとぼんやりと家で思ってました。
──歌そのものを作ることも丁寧にやってこられたと思いますけどね。
そうなんですけど、やっぱりいろんな方の曲を聴くと……最近、若いミュージシャンの方たちの音楽に触れる機会が増えたんですね。例えばFM802のイベント(2024年6月開催「FM802 35th ANNIVERSARY "Be FUNKY!!" SPECIAL LIVE RADIO MAGIC」)に出て、Aimerさんだとか、SUPER BEAVERだとか、緑黄色社会だとか、そういう子たちの曲を聴くと、目が覚めるようなことがあるんですよ。「わー、ミュージシャン!」と思うんです(笑)。sumikaとかビッケ(ブランカ)とかも。「今はこうなんだ!」みたいな新しい刺激もあって、「じゃあ僕は何作ろっかな?」と思ったときに、ぎゅうぎゅうに詰めてきた自分の世界観を少しずつ緩めていって……いや、でもそれが好きだからやってきたのは確かなので、自分らしさも詰め込みつつ違うアプローチにも挑戦したいですね。とか言って、次のアルバムではもっと詰まってるかもしれませんけど(笑)。
──今の若い人たちは基本的に能力が高いですよね。
高い! 演奏もうまいし、歌もうまいし。すでに円熟してるんですよね。
──音楽もよく聴いていますし。
この間「マキハラボ」(2024年11~12月開催)っていうコンサートをやったときに、コーラスで入ってくれた加藤いづみちゃんと2人で「今の子たちはモンスターだからね」と話していたんですよ。本当に面白い音楽を作っているなと思いますし、そんな中で自分は何をやろうかなと考えるのは楽しいです。
──いいですね。
いろんな外部からの刺激に、ワクワクさせてもらっていますね。人と関わって生きていくことを、すごくポジティブに捉えてます。
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“なんかわかる”槇原敬之の歌詞