槇原敬之×WOWOW特集|“90年代縛り”のライブを経て、デビュー34年目の槇原が今思うこと

槇原敬之の全国ツアー「Makihara Noriyuki Concert 2024 "TIME TRAVELING TOUR" 2nd Season ~Yesterday Once More~」より、5月に開催された東京・東京国際フォーラム ホールA公演の模様が、8月11日にWOWOWで放送される。

「Makihara Noriyuki Concert 2024 "TIME TRAVELING TOUR" 2nd Season ~Yesterday Once More~」は「1990年代」をテーマに掲げたコンサートツアーで、近年のライブではあまり演奏していなかった曲もふんだんに披露された。WOWOWでの放送を目前に、音楽ナタリーは槇原本人にインタビュー。このツアーを経て、デビュー34年目の槇原の胸に去来したものは? コンサート本編のことを中心に、新曲「うるさくて愛おしいこの世界に」への思いも含めてたっぷりと語ってもらった。

取材・文 / 高岡洋詞撮影 / 四方あゆみ

「この人とともに僕の歌があったんだな」

──「TIME TRAVELING TOUR」は2018年に続いて2度目の開催で、今回は選曲が1990年代の楽曲縛りでした。どうしてこういったテーマでコンサートをされることになったのか、まずそこからお伺いできますか?

ここ何年か、日本でも世界でもいろんなことがあって、ふと気が付くと「みんなずいぶん疲れてるな」「よくこんな中でみんながんばってひたむきに生きてるよな」と思うんですよ。それで、みんなに少しでも元気になってもらう方法がないかなと思ったときに、音楽はすごく心に触れられるものですし、変な話「好きな曲を聴いたら風邪が治っちゃった」みたいなこともあるくらいで。別に限定するつもりはないですけど、特に同世代ぐらいの人たちを元気付けられたらいいな、と思ったんです。それで“90年代縛り”でやってみてはどうかと思いつきました。

──その思いは映像からもひしひしと伝わってきました。お客さんを捉えたカットが多くて、どんな表情で聴いていらっしゃるかがとてもよくわかる映像になっていたので。素朴な疑問なんですが、お客さんの顔はステージからどの程度見えるんでしょうか。

会場の形状にもよるんですけど、例えば東京ガーデンシアターなんかだと、スポットライトが当たらなければけっこう見えますね。

──お客さんがどんな顔で聴いているかが見えていると、気持ちが引っ張られたりしませんか?

めちゃくちゃ引っ張られます(笑)。今回はけっこうマニアックな選曲だったんですけど、歌ってると「あっ、この曲で泣くんだ」みたいなこともけっこうあって。しかも泣き方が、タイムトラベリングしていらっしゃる感じというか、記憶の扉が突然開いちゃったみたいな泣き方なんですよ。みんな思い思いの表情を浮かべて聴いてくださっているので、それを見ていると「この人とともに僕の歌があったんだな」と感激しますね。90年代は今とは違って、ポップスが本当によく聴いてもらえた時代だったんですよ。スマホもインターネットもなかったし、情報がうんと少なかった。その分、1曲1曲に重みがあったんだろうなと感じながら歌っています。

「Makihara Noriyuki Concert 2024 "TIME TRAVELING TOUR" 2nd Season ~Yesterday Once More~」の様子。

「Makihara Noriyuki Concert 2024 "TIME TRAVELING TOUR" 2nd Season ~Yesterday Once More~」の様子。

──当時の曲を30年経った今歌ってみて、何か改めて感じられたことはありますか?

自分は新譜を出し続けることに重きを置いてきたので、昔の曲をあまり振り返らないでここまできたんですね。一度曲を世に出してしまうと、まさにリリースじゃないですけど、自分の手からは離れていくので、あとは皆さんがその曲とどういうふうに過ごしてくださるかの話になってきます。それを1回、自分の手元に戻して演奏するような感じなんです。

──ああ、それは以前にもおっしゃっていましたね。

なので、自分としてはせいぜい「若い頃に作った曲だし」ぐらいに思っていたんですよ。だから、みんなの思い出に寄り添う形で今回はやろうと思っていたんですけど、歌ってみたら、びっくりするくらいちゃんと曲を作っていたことに気付いて(笑)。歌詞の切り口とかメロディとか。

──びっくりするくらいというと?

今の曲のほうが切れ味がいいと自分では思っていたんですけど、「スッパスパに切れる感じで曲を作っていたな、よくも悪くも……」とびっくりしました。最初は懐メロを披露する感じというか、幼い自分を見るようなコンサートになるのかなと思っていたんですけど、とんでもない。昔の曲のほうがみずみずしくて、反省しました(笑)。歳はとっていくので、完全に回帰するのは無理だと思うんですけども、着眼点とかマインドに関しては戻ることができると思うんです。なので「がんばってたな、自分」と感じられたのは、すごく楽しかったです。

昔の曲に埋め込まれたオーパーツ

──当時の作風について、新たに気付いたことはありますか? 例えば僕は「2つの願い」の「フロントガラス雨粒を 赤信号がルビーに変える」や、「I need you.」の「雪の照り返しが 強いこんな晴れた日は まぶしいから どんな顔でも 笑ってるように見える」のように、なんでもない日常的な事象に目を凝らして、そこから喚起される感情や思考を丁寧に拾い上げていく表現が印象的でした。

日常のすべてに題材が潜んでいるということを、完全にわかりきってる感じがあるんですよね。それは歌いながら気付いたことでした。自分の認識では「90年代の槇原」と「2000年から2022年ぐらいまでの槇原」に分かれてるんですけど、ちょうどその間というか、うまく言えないんですけども、何かが見えてきている感じがありまして。今後またアルバムを作っていくうえで、もう一度原点回帰しようと思いましたね。もちろんかつての自分と今の自分のハイブリッドになるとは思いますけど。

──ご自身でも温故知新的な発見があったんですね。

10代とか20代で作った曲って、とりあえず身近な愛だの恋だのを題材にしていることが多いじゃないですか。僕自身、愛だの恋だのを歌っているつもりでいたんですけど、実はそうじゃなかったんですね。もっと別のことを歌っていたことに気付いて。「たぶん本来はそっちのほうが得意なんだな」と自分でわかってきました。

──槇原さんはご自分の楽曲をラブソングとライフソングに分類していらっしゃいますが、ラブソングにもライフの要素が、ライフソングにもラブの要素があるのかもしれませんね。

ありますね。両方の要素があるし、これから大事なことは、そこを意識するかどうかなんでしょうね。これまでは無意識でやっていたと思うけど、これからは意識しながら作っていったほうがいいのかなって、電車の中とかでぼんやりと考えたりします(笑)。

──今回のツアーが、シンガーソングライター槇原敬之がまたひとつ成長するきっかけになった可能性も……。

そうなればいいですね。「元気になってもらいたいな」ぐらいの気持ちで始めたコンサートなのに、そこに大事なものが隠されていたという。だから面白いですよ、本当に。

槇原敬之

槇原敬之

──芸術的な営みって、どこか無意識というか「出てきちゃった」みたいなところがあると思うんですが、そこに自分でも気付かないうちにオーパーツ的な何かを埋め込んでいたのかもしれないですね。

それを今掘り起こしてみているような感じかもしれないですね。やっぱり若い頃ってピュアですからね。ピュアだからこそ無意識にいろいろなことをやっていた。

──当時の感情が生々しくよみがえってくる曲もきっとあると思うんですよ。僕は自分が昔書いた文章は恥ずかしくて読み返せないんですけれど(笑)。

自分もまさにそうでした(笑)。

──でもそれを克服しないと、お客さんの前で歌えないですよね。

そうなんですよ。くどいようですが、やっぱり恥ずかしいですよ(笑)。今回も毛利(泰士 / Synthesizer Programmer)くんとトオミ(ヨウ / Key)くんが選曲を手伝ってくれて。特に毛利くんは、普段のライブであまり歌ってない曲を選んでくれたんです。でも、歌ってない曲っていうのは、思い入れは強いけど、出来として「これは本編には入れないな」と判断した曲がけっこう多いんです。それをあえて彼は引っ張ってくるから(笑)。「恥ずかしい」って言うとお客さんに失礼ですけど、実際問題、ちょっと照れるんですよね。

──なるほど。恥ずかしいというより照れですね。

でも今回は本当にオーパーツを眺めるように「ほー、こんな……ほえー」みたいな感じになって(笑)、大丈夫だったのが笑えました。もはや違う人が作った曲みたいな感覚もありました。