現代音楽とポップスを融合させた楽曲や、コンテンポラリーダンスを思わせる振り付けなど、これまでサウンド面やビジュアル面で前衛的な試みを続けてきたMaison book girlが、ニューシングル「cotoeri」では歌詞においても実験的な手法に挑んだ。プロデューサーのサクライケンタが過去6年間に制作してきた楽曲の歌詞を人工知能に深層学習させ、その人工知能が書いたフレーズを基にして表題曲「言選り」の歌詞を完成させたのだ。
音楽ナタリーは今回、サクライへの単独インタビューを実施。特殊な過程を経て生まれた新曲の制作エピソードや、ブクガおよびサクライの現状と今後、そして年末に東京・Zepp DiverCity TOKYOで開催されるグループ史上最大規模のワンマンライブについて話してもらった。
さらにサクライのディレクションのもと、「言選り」の世界観をイメージしたメンバー4人のフォトシューティングを実施。このコンセプチュアルなシングルにサクライが込めた思いを感じながら、彼女たちの写真を楽しんでほしい。
取材・文 / 橋本尚平 撮影 / 西槇太一 撮影ディレクション / サクライケンタ
- Maison book girl「cotoeri」
- 2017年12月13日発売 / 徳間ジャパンコミュニケーションズ
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[CD]
1300円 / TKCA-74600
- 収録曲
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- 言選り
- 十六歳
- 雨の向こう側で
- 言選り(instrumental)
- 十六歳(instrumental)
- 雨の向こう側で(instrumental)
AIが実現させた過去の自分との対話
──まず最初に、今回のシングルの収録曲が3曲とも日本語タイトルだというのが気になりました。これまでは、ほぼすべての曲のタイトルが英語表記でしたよね。
そうですね。「ブクガが新しいフェーズに進んだよ」っていうことを伝えたかったのもありまして。今まで「タイトルは英語」って言う自分の中の決まりに捉われていた部分があったけど、そこはもう崩していいんじゃないかって思える作品が作れたので、タイトルを日本語にしました。
──今作の一番大きなトピックは「言選り」の歌詞をAIと共同制作したことだと思います。これをすることになった経緯を教えてください。
12月28日にZepp DiverCity TOKYOでやるワンマンライブの内容について、「sin morning」のミュージックビデオを監督したスズキケンタとごはんを食べながら話したのが発端です。そこで「MVをまた撮りたい」と言われ、企画段階から曲作りを一緒に詰めていくことにしたんです。その中で「言葉をテーマにしよう」っていうアイデアが出てきたので、僕が過去に書いた歌詞をすべてコンピュータに読み込ませて、AIに深層学習させることにしました。初めの頃はホントにわけのわからない言葉ばっかりだったんですけど、何回も続けていくことでAIが勉強してだんだん歌詞っぽくなってきて。繰り返してるうちにかなりの膨大なテキストになるので、その中で「自分には思いつかないだろうな」っていうフレーズをチョイスして使いました。めちゃくちゃ大量の文章を読まなければいけないので、普通に歌詞を書くより何倍も大変でした。
──ああ、そうなんですか。「AIが歌詞を自動生成する」って聞くと、むしろ楽なのかと思ってしまいますが。
そうなんですよ。でも、いいフレーズとか、歌メロにハマる言葉とかを1行単位で選びながら、めちゃくちゃ長い小説を全部読むようなものなので、全然楽じゃないです。
──しかもカットアップ小説のような支離滅裂な文章でしょうしね。
そうそう、言葉がつながってるようでつながってなかったり。ホントに頭がおかしくなりそうでした(笑)。読んでるとやっぱり、本当に自分が書いてもおかしくないなっていう文章がよく出てくるんですよね。でもコンピュータって完璧ではないので、例えば「言選り」で採用した歌詞で言うと「皮膚の裏側の白い部屋で」とか「音が開く音」「切れた街」とか、普段日本語を話す人には思い付かないような言葉の組み合わせが多く出てくるんです。それが逆に面白いなって。
──1曲まるごとAIが作詞してるんですか?
サビだけ僕が新しく書き下ろしてます。この曲は「過去の自分との対話」というテーマがあって、AメロやBメロは昔の自分、サビは今の自分の歌なんです。
──ああ、なるほど。それは面白い。そういう話は、例えばボーカルのディレクションのときとかにメンバーに話しているんですか?
レコーディングの段階ではメンバーには何も説明していないです。僕が書いた曲として普段通りに歌ってもらって、あとでMV撮影のときに初めてメンバーにちゃんと言いました。メンバーは「言葉がなんかちょっと気持ち悪いけど、サクライさんが書きそうな歌詞だなと思った」って言ってました。
──サクライさんはコンピュータの完璧でないところを面白がっているようですが、もし学習能力が今よりグッと上がって、精度が高くなりきったら、この手法はそんなに面白くなかったりするんでしょうか。
たぶんそうだと思います。文章や歌詞を人間の代わりにコンピュータが作ってくれる未来は絶対来ると思うんですけど、自分が今回やりたかったのはそういうことじゃなくて、AIとの共同作業なんです。AIが書いた膨大な文字数の文章と向き合って、自分自身と対話することなんです。
年末のワンマンは、7割くらいの人は意味がわからないかもしれない
──先ほど「AIを使った作詞はMV監督と話しているときに思い付いた」と言っていましたが、その会話の中で何か別の案も挙がったんでしょうか?
曲の内容を決める前の段階では、めちゃくちゃなMVの案をけっこういっぱい考えてましたね。僕が初めにやろうって言ったのは、1曲で2バージョンあって、1つはメンバーが今まで通り普通に踊るという真面目な内容。もう1つは同じ日に同じ構図で、メンバー全員の実の父親ががんばってダンスするというもので。
──それだけ聞くとブクガのクールなイメージと全然違いますね(笑)。
ご本人が問題なければ本当に撮ろうと思って、真面目に確認してもらったんですけど、(矢川)葵ちゃんのお父さんが絶対嫌だって言って。
──わはは(笑)。
まあ、普通は嫌ですよね。(井上)唯ちゃんのお父さんもちょっと嫌がってて、和田(輪)のお父さんは「ほかがやるんだったらやってもいい」みたいな感じ。コショージ(メグミ)のお父さんは、実はちょっとやりたかったんじゃないかな?っていう反応でした。まあ、そういう案もあったっていうだけの話ですけど。
──それともう1つ、「Zepp DiverCity TOKYOワンマンについて考えているときにこの曲のアイデアが浮かんだ」と言っていましたが、と言うことは「言選り」はワンマンの中で重要な役割を持つ曲になるんでしょうか?
そうですね。まだ詳しくは言えないですけど、いろいろ面白いことをやろうと考えていて。年末のワンマンはものすごいことになると思います。もしかしたら7割くらいの人は、終わったあとに「意味がわからない……」って感じになるかもしれない。
──わはは(笑)。
せっかくなので、それくらいコンセプチュアルなことをやろうと思っております。ワンマンの演出などについて、コショージとよく夜中に電話で話したりするんですけど、コショージはけっこうオチを付けたがるんですよ。でも僕はオチはなくてもいいと思っていて。お客さんが観たあとで考えるようなものを観せたいので。もちろん僕の中には正解はあるんですけど、受け取り方次第でいろんな解釈ができる余白があるような芸術が僕は好きなんです。その感覚はライブの演出に限らず、曲も同じです。だから今回のシングルも、同時に鳴っている音数はすごく少ない。
──確かにそうですね。
「音数が少なくても気持ちよく聴こえるように」っていうのはミックスのときにもすごくこだわっています。一聴しただけではちょっとわかりにくいかもですけどね。シングル曲なので1曲目はわりとサビをキャッチーに作ったんですが、2曲目の「十六歳」はそういうことを考えずに作ったので、いつも通りの曲だからこそ音数が少ないのが聴いていてわかりやすいと思います。
──「十六歳」はスリリングな疾走感がありますよね。音数を少なくした結果なのか、曲に勢いが出たような気がします。
そうですね。音数を少なくしたうえでサビのドラムは激しめにしたりして、変わった形の勢いを出そうと試みました。
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エレキギターを使うのは“ごまかし”だった
- Maison book girl(メゾンブックガール)
- 2014年11月に活動を開始した、矢川葵、井上唯、和田輪、コショージメグミの4人からなる“ニューエイジポップ”ユニット。音楽家のサクライケンタが総合プロデュースを担当し、現代音楽とアイドルポップスを融合させた複雑かつキャッチーな楽曲で支持を集めている。2015年9月に1stアルバム「bath room」をリリースし、同年12月にはアメリカのオルタナティブロックバンド、Ringo Deathstarrの東名阪公演にサポートアクトとして出演。2016年11月に2度目のワンマンライブを東京・WWW Xで行い、チケットは即日完売となる。同月、シングル「river(cloudy irony)」で徳間ジャパンコミュニケーションズよりメジャーデビューし、2017年4月にアルバム「image」を発表。5月に東京・赤坂BLITZでのワンマンライブを成功させる。12月にシングル「cotoeri」をリリースした。
公演情報
- Maison book girl
「Solitude HOTEL 4F」 -
2017年12月28日(木)
東京都 Zepp DiverCity TOKYO
OPEN 18:00 / START 19:00
前売 4000円 / 当日 4500円(共にドリンク代別)