花譜4thアルバム「寓話」特集|新たな制作体制で加わった“視点”、岡嶋かな多と語る互いの印象と新曲 (2/2)

組曲とは違う“第2章”

岡嶋 「ゲシュタルト」を提供したあとにPIEDPIPER(花譜のプロデューサー)さんと打ち合わせをする中で提案してもらったのが「疾走感のあるライブで盛り上がる曲」だったので、次に書いたのが「何者」でした。ただ駆け抜けていくような曲じゃなくて、何か聴いた人の中に爪痕を残す曲を書きたいと考えて。この手の楽曲を得意とするHayato Yamamotoに声をかけて一緒に作りました。Yamamotoが作ってきたトラックの叩きの時点ですごいオーラを放っていて、「この曲作りは楽しくなるぞ!」とワクワクしたのを覚えています。

花譜 最初のデモを聴いたときから「めっちゃカッコいい曲だ」と思っていました。私のディスコグラフィの中にさまざまなアーティストの方がとコラボする“組曲”という楽曲シリーズがあって、ほかのアーティストさんから見て花譜=バーチャルの世界はどう見えるか?みたいなテーマで曲を書いてもらってるんですが、「何者」からは岡嶋さん視点の花譜の見え方が感じられるような気がして。

岡嶋 もちろん組曲のことは知っていたけど、花譜ちゃんの“第2章”にあたる今回のアルバム制作においては、これまでの花譜ちゃんのオリジナル曲とも組曲とも違うものにしなければならないなと思って。実は今回楽曲を提供するにあたって、2000字くらいのプロットを書いたんですよ。

花譜 自分も読みました!

岡嶋 カンザキさんの神椿卒業や廻花(花譜が自作の楽曲を歌唱するシンガーソングライターとしての名義)という存在が出てきたことによって、花譜の存在意義を改めて見直すというか。花譜ちゃん自身も表現の方法がいろいろ変わって、自身の存在が揺らぐ瞬間があると勝手に想像していました。この揺れ動く状態の花譜ちゃんの声をイメージしながら歌詞を書いたのが、「何者」です。まだ曲に落とし込む前のプロットを考えている時点で「何者」という言葉は存在していて、サビ頭の歌詞とメロディが見つかったときに「これだ!」という確信がありました。

花譜 「ゲシュタルト」に比べたらシリアスな曲調だけど、歌っていることの根本の部分はあまり変わらないような気がしました。「ゲシュタルト」ってちょっとおかしくなっちゃってる状態というか、自暴自棄な感じがするんですよ。それに対して「何者」には「君」という言葉が出てくるし、呼びかける対象がいる。そのおかげで、まだ正気を保てている状態なのが「何者」なのかなって。

──「寓話」は花譜さんのアルバムでは初めて複数のクリエイターが楽曲を提供する体制で制作されました。これまでのアルバム制作との違いを花譜さん自身はどう感じましたか?

花譜 アルバムを作り始めた頃は1曲1曲が全然違って、歌の中で呼びかけている人たちへの距離感や関係性も違うからこれが1枚のアルバムにどういうふうにまとまるのか全然想像ができなくて。これまでは自分がいいと思う歌を極限まで突き詰めるのがモチベーションになっていたけど、今回は少し変わりました。

岡嶋 どう変わったんですか?

花譜 曲の語り手として、主人公になった気持ちで歌うのは変わらないけど、今回は「私の歌を聴いてくれたみんなはどう思う?」という視点が加わった気がする。間違いなく私の曲ではあるけれど、受け取ってくれたみんながそのあとに新たな物語を作ってくれるんだろうなって、そういう気持ちになった1枚でした。ちゃんと言いたいことが言えてるかわからないけど。

岡嶋 大丈夫。伝わってます。

花譜 でもそう思ったのは、「寓話」というタイトルが付いたとき。そこで全部がつながった気がしました。素敵な曲たちを歌わせていただいて、岡嶋さんをはじめとするクリエイターの皆さんには本当に感謝しています。

花譜「寓話α」(通常盤)ジャケット

花譜「寓話α」(通常盤)ジャケット

花譜「寓話β」(通常盤)ジャケット

花譜「寓話β」(通常盤)ジャケット

寒いところ出身同士が描く風景

──ライブ映えする「ゲシュタルト」「何者」と比べて、岡嶋さん提供の3曲目「スワン」はかなり毛色が違う1曲ですね。

岡嶋 「スワン」は最後に書いた曲で、PIEDPIPERさんと打ち合わせしているときに「最後に重くなりすぎず、光が見えるようなバラードが欲しいです」というオーダーをいただいて。個人的には待望のオファーだったんですが、すでに花譜ちゃんの楽曲には名バラードがたくさんあるから、どういうアプローチで書いたらいいのかわからなくて、すごく迷いました。確か、PIEDPIPERさんとのお話の中で紀里谷(和明)監督のある映画の名前が出てきて、その映画のイメージとバラードの組み合わせがすごくよさそうだったから、思い切って紀里谷監督に詞を書いてもらう提案をしてみたんです。書いた曲に歌詞を載せてもらうのは恐れ多いと思い、「スワン」は完全に詞先でまず監督に詞を書いていただきました。その詞をプリントアウトして、ピアノに向かいながら作ったのがこの曲です。

花譜 「スワン」は3曲の中で一番景色が想像しやすかった。私、東北出身なんですけど、白鳥が川を泳いでいるところとか、群れで飛んでいくところとか、寒空の中での風景が頭に浮かんできて。「さようなら」って繰り返すところや、旅立ってどんどんと遠くへ行くイメージを、故郷の風景を重ねながら歌いました。

岡嶋 監督はわからないのですが、実は私も青森出身で編曲をお願いした菅原(一樹)さんも仙台出身。みんな寒いところの出身なんだね(笑)。寒い地域って寒暖差も激しいし、普段は物静かなのに祭りになるとすごく激しくなる人がいたりして、花譜ちゃんの歌にも少し通じるところがあるかもしれないね。

花譜 自分の曲を聴いて「なんだか懐かしいな」と思って調べてみたら、北海道とか東北出身の方が作っていることがけっこうあるんですよ。もちろん、百発百中ってわけじゃないですけど。今回もどことなくそういう空気を感じてました。

岡嶋 ちょっとオカルトじみた話になっちゃうけど、花譜ちゃんの声に引き寄せられて、共通項を持った人間が集まっているようなところはあると思う。こういう仕事をしていると不思議なご縁や流れみたいなことを感じるときって、けっこうありますから。

声が埋もれるくらいの轟音の中で歌いたい

──もし岡嶋さんがまた花譜さんに曲を提供する機会が訪れるとしたら、どんな曲を書いてみたいですか?

岡嶋 どんなジャンルの曲も歌いこなしてくれるから、縦横無尽にいろんな曲を書いてみたいですね。ミニマルテクノっぽいアプローチも面白いし、花譜ちゃんが歌うラテン系の曲も聴いてみたい。「何者」ではロックを歌ってもらいましたけど、ジャズ風味というか、フュージョンファンクみたいな曲も花譜ちゃんの声で聴いてみたいです。

花譜 全部歌いたい!

岡嶋 花譜ちゃんはどんな曲を歌いんですか?

花譜 なんだろう? ジャンルとかじゃないんですけど、すごい大きい音の中で歌ってみたい!

岡嶋 すごい大きい音?

花譜 声が埋もれるくらいの轟音の中で歌う、みたいな。

岡嶋 轟音と聞いて思いつくのはメタルだけど、例えばオーケストラみたいな大編成の音の中で歌うのもすごく合うと思う。フルオケに花譜ちゃんのボーカルとか。

花譜 あと、全部自分の声で構成された曲とか。

岡嶋 いいですね。多重録音で、花譜ちゃんの声だけで1曲作るのはすごく面白そう。私と花譜ちゃんの旅はまだ始まったばかりだから、もしご縁があればこれからも末長くご一緒したいと思っています。

花譜 こちらこそ! 今後ともよろしくお願いします。

プロフィール

花譜(カフ)

KAMITSUBAKI STUDIO“始まり”のバーチャルシンガー。2018年に14歳にしてデビューし、素顔を明かさずに3Dモデリングされたアバターを使って活動を開始。唯一無二の歌声と世界観で独自のアーティスト像を確立する。リアルのアーティスト、コンポーザーを中心としたコラボレーション企画「組曲」が話題となり、現在YouTubeの登録者数は100万人、総再生回数は3億回を突破している。2022年8月に初の東京・日本武道館でのワンマンライブ「不可解参(狂)」を成功させ、2024年1月には東京・代々木第一体育館で第2章の幕開となる「4th ONE-MAN LIVE『怪歌』」を開催。2024年12月に4thアルバム「寓話」を発表した。

岡嶋かな多(オカジマカナタ)

作詞家、作曲家、音楽プロデューサー、ボーカルプロデューサー。これまでBTS、TWICE、TOMORROW X TOGETHER、IVE、LE SSERAFIM、NiziU、三浦大知、Snow Man、SixTONESなど多数のアーティスト、プロジェクトに楽曲を提供している。提供曲がオリコンチャートで1位を獲得した回数は150回以上。2017年には作詞作曲を手がけた三浦大知の楽曲「EXCITE」が「第59回日本レコード大賞」で優秀作品賞に輝いた。