ハンバート ハンバート「ハンバート入門」特集|初の公式ベストアルバムに刻まれた27年間の足跡 (2/2)

発声が変わったタイミング、曲作りやアレンジ面での変化

──初期と今ではお二人の発声も違いますよね。

佐藤 違いますね。発声が変わったタイミングははっきりしてるんですよ。2人目の子供が生まれたあと、遊穂の体調があまりよくない時期があったんですね。子育てもあるし、けっこう大変で。そのときに遊穂がボイストレーニングに行きたいって言い始めたんですよ。

佐野 それが2010年ぐらいだと思います。体調がよくないから風邪もひきやすいし、ライブでなかなか声が出ない時期もあって。それを自分だけでなんとかするのは負担も大きいし、何かいい方法を教えてもらいたいという気持ちでボイトレを始めました。

佐野遊穂(Vo, Harmonica)

佐野遊穂(Vo, Harmonica)

佐藤 声の出し方をイチからやり直した感じだよね。最初、遊穂が1人でボイトレを受けてたんですけど、「絶対やったほうがいい」と勧められて私もやるようになりました。始めてみたら声のマイク乗りもよくなるし、もう全然違うんですよ。

──最初の数作は体の使い方を習得する前の、ある意味、力で乗り切るような歌い方だった?

佐藤 そうですね。あのまま無理やり歌っていたら、年齢とともに声がどんどん出なくなってただろうし、ボイトレをやったことで表現の幅も広がったと思います。歌詞も聞き取りやすくなったんじゃないかな。力任せに歌っていると、声の強弱がコントロールできないんですよ。ライブでは、そういうところが如実に出ちゃうんです。

──歌だけでなく、そういう微調整が曲作りやアレンジの面でも繰り返されてきたわけですね。

佐藤 もちろん、まだまだですけどね。人に演奏してもらうとき、どうやったら自分のイメージしている音を出してもらえるか、最初の頃は伝え方がわからなくて。「あの曲のあのフレーズみたいな感じで」とお願いするのはオリジナリティという観点から問題があるんじゃないかと思い込んでたんですね。でも、自分がドラマや映画の主題歌を作るときは、特定のアーティストの名前を出して「こういうふうにしてくれ」と言われることもあって。そういう思いもよらぬ角度からのオーダーって曲を作るうえでの刺激にもなるんですよ。

──受注案件だからこそ、普段の発想にはない曲作りができる、と。

佐藤 そうそう。例えば今回15曲目に入っている「それでもともに歩いていく」は「プリンセスコネクト! Re:Dive」というアニメのテーマソングとして作ったんですが、監督からは「オアシスの『Don't Look Back in Anger』みたいな曲を作ってほしい」というリクエストがあったんですよ。すごいこと言うなと思ったんですが(笑)、そうやって作った「それでもともに歩いていく」が自分らしくないかと言うとまったくそんなことはないし、こういう作り方もありだなと思うようになりました。

ハンバート ハンバート

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「おなじ話」のFMパワープレイで全国区へ

──ハンバートのキャリアを考えると、「おなじ話」(2005年作「11のみじかい話」収録)が全国各地のFMラジオ局で放送されたことで、東京から全国へと活動が広がりましたよね。当時、反響の大きさを感じていました?

佐藤 すごく感じていました。それまでハンバートは本当に人気がなかったんですよ。ライブをやってもお客さんは来ないし、なんであんなに一生懸命演奏してたのかなと思うぐらい。でも、「おなじ話」をライブでやるようになったら、少しずつお客さんが来るようになったんです。当時は今みたいにインターネットも盛んじゃなかったし、SNSもなかったけど、FM局がパワープレイに選んでくれたことで東京以外の場所でもライブをできるようになりました。

佐野 NHK-FMの「ライブビート」に初めて出たのもこの頃だよね。

佐藤 そうそう。そのときのNHKの担当者がプランクトンレーベルの社長を紹介してくれて、その方がまた別の芸能事務所の社長を紹介してくれたんです。その事務所に所属していた小林聡美さん、もたいまさこさんが出演していた「2クール」という番組のエンディングテーマ(「罪の味」)を担当することになって。

ハンバート ハンバート

ハンバート ハンバート

──お二人はお笑い芸人や作家の方々との交流もありますが、そうやって音楽業界以外の方々とつながっていったわけですね。

佐藤 自然とつながっていった感じはしますね。口コミみたいな感じというか。

──ハンバート ハンバートはアートワークやビジュアル、活動の展開が音楽リスナーだけでなく、より広いところを見ている感じがするんですよね。そのあたりはどう意識しているのでしょうか。

佐藤 まさにおっしゃる通りです。2014年の「むかしぼくはみじめだった」がSPACE SHOWER MUSICから出した初めてのアルバムだったんですけど、その少し前にACジャパンのCMのナレーションをやってもらえないかというオファーが来たんですよ。SunAdという広告制作プロダクションからの依頼だったんですけど、よくよく聞いてみたら、SunAdのスタッフに私たちのライブに来てくれている方がいたんですね。当時のマネージャーは「ハンバートを聴いてくれる人がもっと広がるようなアートワークや見せ方を考えたい」とよく言っていたので、ACジャパンのナレーションをきっかけに、ハンバートのほうもSunAdにお願いすることになったんです。それ以来、アートワークやコピーはずっと同じチームにやっていただいています。

佐野遊穂(Vo, Harmonica)

佐野遊穂(Vo, Harmonica)

佐藤良成(Vo, G)

佐藤良成(Vo, G)

自宅作業で楽曲のイメージが明確に

──2016年には定番曲やカバー曲を2人だけで演奏する「FOLK」シリーズが始まります。この作品から自宅の隣の作業部屋で大部分をレコーディングするスタイルへと移行したわけですが、そうした制作環境の変化も重要なトピックですよね。

佐藤 そうですね。それまでは自分で録ってなかったですし、そこは人に任せておけばいいやと思ってたんですよ。アレンジもセッションしながら作っていく感じだったし。でも、アメリカのナッシュヴィルで「むかしぼくはみじめだった」をレコーディングした際、向こうのミュージシャンたちに自分の頭の中にあるイメージを伝えるうえですごく苦労したんです。その点、自分で演奏し、自分で録音するようになると、イメージのズレが少ないんですね。最初の「FOLK」(2016年)でそのことに気付き、「家族行進曲」(2017年)からは自分の仕事部屋で打ち込みや楽器を重ねたりしてアレンジを固めてデモを作って、それを演奏するミュージシャンに渡すようになりました。

佐野 1stアルバムのときみたいな作り方だよね。

佐藤 そうだね。完成予想図をかなり具体的に作ってから進めるようになったのが「FOLK」シリーズ以降ですね。

佐藤良成(Vo, G)

佐藤良成(Vo, G)

──今回のベスト盤の収録曲中、前半10曲の楽曲はすべて「FOLK」シリーズで再演してますよね。2016年以降、ようやく2人が納得できる音作りをつかみ取ることができたということなのでしょうか。

佐野 そうですね。「こうやって録音すればいいんだ」という方法が少し見えてきた感覚はあります。

──前半の初期曲はまだまだ荒削りなオリジナルバージョンで収録されてますよね。あえてお聞きすると「こっちじゃなくて『FOLK』シリーズの再演バージョンのほうを聴いてよ」という気持ちはないのでしょうか。

佐藤 そこも含めて、やっぱり私じゃなくてスタッフが選曲したほうがいいんじゃないかと思ったんですね。バージョンがいくつもある曲については、どれにするかスタッフに決めてもらいましたし。

スタッフ ライブでお客さんに染み渡っているアレンジってあると思うんですよ。例えば「虎」だったら、ピアノをバックにした「FOLK」バージョンのほうが染み渡っていて、ピアノのイントロが鳴った瞬間に歓声が上がるんですね。お客さんの気持ちになれば、やっぱりそっちのほうが聴きたいかなと。一方で、初期の曲は今聴くと初々しいけど、その初々しさもやっぱりいいなと思うし。

──今回のベストアルバムを聞いてハンバート ハンバートに“入門”された方は、次のステップとしてぜひライブに来てほしいですよね。

佐藤 そうですね。まさにそういうツアーが始まるんですよ。最初、ベスト盤の曲を全部やらなくてもいいかと思ってたんですけど、やらない曲があったとすれば、それはベスト盤じゃないような気もして。

佐野 「ライブでやらなくてもいい曲なんだ?」と思われるかも(笑)。

佐藤 だから、今回は全部やらなきゃと思ってます。そのあたりは今後のミーティングを経て変わるかもしれませんが、やっぱりライブを観てほしいですよね。

ハンバート ハンバート

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公演情報

ハンバート ハンバート ツアー2026「歌ったり喋ったり」

-バンド篇-

  • 2026年1月18日(日)島根県 島根県民会館 大ホール
  • 2026年1月30日(金)北海道 札幌市教育文化会館 大ホール
  • 2026年2月1日(日)宮城県 トークネットホール仙台(仙台市民会館) 大ホール
  • 2026年2月8日(日)福岡県 福岡市民ホール 大ホール
  • 2026年2月14日(土)大阪府 オリックス劇場
  • 2026年3月8日(日)広島県 JMSアステールプラザ 大ホール
  • 2026年3月14日(土)愛知県 岡谷鋼機名古屋公会堂
  • 2026年3月21日(土)東京都 東京国際フォーラム ホールA

-ふたり篇-

  • 2026年4月4日(土)石川県 金沢市文化ホール
  • 2026年4月18日(土)香川県 レクザムホール・小ホール
  • 2026年5月23日(土)新潟県 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 劇場

プロフィール

ハンバート ハンバート

1998年に結成された佐藤良成(Vo, G)と佐野遊穂(Vo, Harmonica)による男女デュオ。2人ともがメインボーカルを担当し、フォーク、カントリーなどをルーツにした楽曲と、別れやコンプレックスをテーマにした独自の詞の世界は幅広い年齢層から支持を集める。テレビ、映画、CMなどへの楽曲提供も多数。2014年に発表した楽曲「ぼくのお日さま」が主題歌 / タイトルとなった映画「ぼくのお日さま」(監督:奥山大史)が2024年9月に全国公開された。同月に佐藤によるオリジナルサウンドトラックと、発売から10年となるアルバム「むかしぼくはみじめだった」の限定生産アナログ盤を同時発売。11月には通算12枚目となるオリジナルアルバム「カーニバルの夢」をリリースした。本作にはドキュメンタリー映画「大きな家」(監督・編集:竹林亮 / 企画・プロデュース:齊藤工)の主題歌「トンネル」も収録。2025年9月放送開始のNHK連続テレビ小説「ばけばけ」の主題歌を担当、ドラマのために「笑ったり転んだり」を書き下ろした。11月に初のベストアルバム「ハンバート入門」をリリースした。