デジナタ連載 Technics×「レコードの日」|折坂悠太が語るアナログレコードで聴く音楽の味わい

「手の中に情報がある」アナログの感覚

──最後に折坂さんのレコードも聴いてみましょうか。「平成」に収録された「坂道」と「さびしさ」の2曲を再生してみましょう。

(音を聴きながら)「Closing Time」のあとに聴くと、まだまだ足りないところが見えてきちゃいますね。

──そうですか? 例えば?

折坂悠太

「Closing Time」は実際に耳に入るまでの距離感の中に音楽がある感じがするんですよ。自分のレコードの場合、クリアはクリアなんだけど、「Closing Time」に比べると距離がわかりにくい。それはもしかしたら現代の録音の仕方、現代のミックスの仕方が関係していて、僕のレコードに限ったことじゃないかもしれないけど、「Closing Time」のほうが音の密度が濃い感じがしますね。レコードに刻み込まれた空気が手で触れそうなぐらい。「Closing Time」やヴァン・モリソンの作品に関わった人たちは全員レコードで育った世代なわけで、そこも関係しているのかもしれないけど。

──音を耳や身体で受け止めるときの基本的な感覚が僕らとは違うんでしょうね。

そうでしょうね。もちろんデジタル世代はデジタル世代ならではの実感があると思いますけど、そうした感覚は当然時代によって変わってきますよね。

──折坂さんは世代的にはまさにCD世代ですよね。

そうですね。物心付いたときからCDでした。アナログレコードを聴き出したのは本当に最近。自分でアナログレコードを出すようになって、それを聴くために再生環境を整えたんです。とはいえ、かなり簡単な環境しかないんですけど。実家には父が新調したオーディオコーナーがあって、実家に帰ったときにはそこでこっそり聴いています。

──ご実家にはかなりレコードがあるんですか?

鳥取の母の実家のほうにはかなりあるみたいです。田舎なので、がんばって取り寄せていたみたいで。ウチの母の兄弟は音楽好きが多くて、叔母はQueenを追いかけてたみたいだし、叔父はニューウェイブやスカ、レゲエが好きだったらしくて。The StranglersやTelevisionは叔父から教えてもらい、The JamやThe Style CouncilはQueen好きの叔母に教えてもらいました。自分が主体的に音楽を聴くようになったとき、教えてもらったのがそうした作品だったので、そのあたりの作品にはかなり影響を受けてます。自分にとって音楽の原体験だったと思います。

──ご自分の作品をアナログレコードというフォーマットで出すようになった理由はなんなのでしょうか。

Technics「SL-1000R」

僕は以前映写技師をやっていて、フィルムを扱ってたんですよ。僕らが35mmフィルムを扱う最後の世代で、以降はデジタルに変わっちゃったんですけど、僕はアナログからデジタルに変わる時期にまさに映画館にいたんですね。そのころ、ある映画のフィルム素材の一部が映写室に残っていたことがあったんですよ。なんらかの理由で事故って、ダメになっちゃったフィルムだったんですけど、見てみると海辺のすごくいいシーンで。その中に音も絵も全部の情報が入っている。自分の中では今も「手の中に情報がある」というそのときの感覚がずっと残ってるんですね。アナログレコードを初めて触ったときも同じ感覚があって、「いつか自分でもレコードを出してみたい」と思っていたんです。自分の作品を手で触れるものとして残しておきたい、という。

──初めて出したレコードは「馬市」の7inchシングルですよね。できあがったものを手に取ってみて、どう感じましたか?

ちょっと不思議な感じがしましたね。これが自分の音楽なのかという。「平成」のときはジャケットの写真を撮った段階で「これはレコードにしたらいいかもね」という話はしていました。「平成」はもともと制作段階でA面とB面に分かれた楽曲構成をなんとなく意識していたし、アナログレコードになって完結したという感覚もあって。

──アナログレコードはCDやデータのように自動的にループ再生したりシャッフルしてくれたりしない点で、聴く側の態度や音に向き合うときの感覚も変わってきますよね。

そうですね。1回終わったら盤面をひっくり返さないといけないわけで、主体的かつ能動的に音に向き合わないといけない。自分でレコードを聴くようになって、自分の両親もそうやって音楽を聴いてきたんだなと考えることもありました。CDやデータとは体験として全然違いますよね。

アナログだからこそ見えてくるものがある

──今年の「レコードの日」では、フジテレビ系のドラマ「監察医 朝顔」の主題歌ともなった「朝顔」を7inchシングルとしてリリースされるわけですが、アナログレコードとしてリリースしようと考えた理由は何だったのでしょうか?

折坂悠太「平成」ジャケットのアナログレコードを手にする折坂悠太。

「朝顔」は先に配信でリリースされていて、フィジカルに関しては、CDで出すかアナログで出すか最初は決めてなかったんですよ。音自体手触りのあるものになったと思うし、手に取れる形で残すのであれば、2曲入りのCDよりもアナログのほうがいいかなと。廣川毅さんのアートワークも7inchサイズで見てみたかったですしね。

──「朝顔」は「平成」にも参加していた波多野敦子さんがストリングスをアレンジされていますが、あの音がアナログでどう聞こえるか楽しみです。

そうですね。波多野さんって時によってはギターアンプを使ったり、すごく質感にこだわってるんです。そういう意味でもアナログでどう鳴るか自分も聴いてみたくて。あと、「朝顔」はドラマバージョンを作ったんですよ。配信したものは曲の最後がアップテンポになって終わるんですけど、ドラマバージョンはその代わりに波多野さんと作ったアウトロが入ってて。そのバージョンはドラマでは1回しか流れてなくて、7inchにはそれも入れようと思ってます。そちらを聴いてもらえば、波多野さんがどれだけ質感にこだわる方かわかると思います。ただキレイなだけじゃなくて、密度のある空気感がようやく表現できたんじゃないかと。

──そうした意味でも「朝顔」は“次の折坂悠太”の世界が始まったという感覚があります。

曲、音、質感が全部ひとまとまりになったものをようやく作れたという手応えはあります。エンジニアの中村(公輔)さんが「トラック数が足りない!」というぐらいかなり音を重ねてるんですけど、印象としてはすごくシンプル。その手応えが、今後作っていくものに大きく影響していく予感はあります。今回の「朝顔」もレコードだからこそ見えてくるものがあると思いますね。

折坂悠太

Technics「SL-1000R」

Technics「SL-1000R」

アナログレコード再生の楽しみを音楽ファンに届けることをコンセプトにした、Technicsのダイレクトドライブターンテーブルシステム。ダブルコイル構成のコアレスダイレクトドライブ・モーターを搭載し、3層構造の重量級プラッターなどにより、正確で滑らかな回転を追求している。SP-10Rシリーズの性能を引き出すハイエンドターンテーブルシステムで、最新の技術で磨き上げられたダイレクトドライブ方式の新たな音を堪能できる。

レコードの日

「レコードの日」ロゴ

毎年11月3日に開催されるアナログレコードの祭典。アナログレコードの魅力を伝えることを目的として、アナログレコードプレスメーカーの東洋化成が主催、Technicsが協賛している。イベント当日は全国各地のレコード店でさまざまなイベントが行われるほか、この日のために用意された豊富なラインナップのアナログ作品が販売される。