磯村勇斗が主演を務め、「佐々木、イン、マイマイン」で知られる内山拓也が原案・脚本・監督を担った映画「若き見知らぬ者たち」が、10月11日に封切られた。同作は、母の介護をしながら昼夜問わず働き、息の詰まるような日々を送る青年・風間彩人が主人公の物語。岸井ゆきの、福山翔大、染谷将太、霧島れいかもキャストに名を連ねた。
同作は、彩人と周囲の人々のささやかな日常が思いもよらぬ暴力によって奪われるさまが丁寧に描き出され、観客に“ヘビー級”の余韻をもたらす作品。映画ナタリーでは、ライター小林千絵によるレビューによって、商業長編デビューを飾った内山の監督としての手腕、彼に引き寄せられた俳優たちの光る演技など、この映画が持つさまざまな魅力を紹介していく。
文 / 小林千絵
題材は身近で起きた事件、観客に“現実の扉”を開かせる内山拓也
「風間彩人(磯村勇斗)は、亡くなった父の借金を返済し、難病を患う母、麻美(霧島れいか)の介護をしながら、昼は工事現場、夜は両親が開いたカラオケバーで働いている。彩人の弟・壮平(福山翔大)も同居し、同じく、借金返済と介護を担いながら、父の背を追って始めた総合格闘技の選手として日々練習に明け暮れている。息の詰まるような生活に蝕まれながらも、彩人は恋人の日向(岸井ゆきの)との小さな幸せを掴みたいと考えている。しかし、彩人の親友の大和(染谷将太)の結婚を祝う、つつましくも幸せな宴会の夜、彼らのささやかな日常は、思いもよらない暴力によって奪われてしまう」
公式サイトに掲載されているあらすじを読むだけでも、思わず胸が苦しくなってしまう。映画が始まれば、掃除もままならないであろう難病の母親との暮らしが映し出され、そのリアリティと共にこの映画を観るということを選択した覚悟を改めて固める。そしてじっくりと、彩人や壮平、麻美や日向に目を向ける。しかし“息の詰まるような生活”を描いていながらも、物語はテンポよく進み、思わず見入ってしまう。そこに内山拓也監督の手腕が光る。
内山監督は2016年に初めて映像制作を手掛けた長編映画「ヴァニタス」で、PFFアワード2016観客賞を受賞。2作目の長編映画となった「佐々木、イン、マイマイン」(2020年)では、2020年度新藤兼人賞の銀賞や第42回ヨコハマ映画祭新人監督賞に輝くなど多くの評価を集めたほか、若者のほとばしるエネルギーと葛藤をダイナミックに描き、主人公の同世代はもちろん、老若男女に多くの共感を得た。本作は内山監督による商業映画デビュー作。脚本を書き始めたのは「ヴァニタス」のPFFアワード上映後で、自身の身の回りに起こった出来事も基にして書き上げたという。
「佐々木、イン、マイマイン」では、圧倒的な存在感を示す佐々木(細川岳)ではなく、あくまでも彼をヒーローのように慕う悠二(藤原季節)目線で物語を展開させた。取り巻く人の物語、周りからの視点を描くことで、佐々木という人物を浮かび上がらせ、また観客が作中のどこかに“自分”を見つけられることでも多くの共感も生んだ。今作も同様に、彩人だけでなく、弟の壮平をはじめ、恋人、母親、親友からの彩人への視点を描く。とあることから彩人と関わる警察官の物語にも触れている。多くの視点があり、圧倒的な悪を示さないことで、観客は見終わったあとさまざまな側面に思いを巡らせる。本作について内山監督は「この映画に映し出されるような日常から見過ごされているような見知らぬ者たちは確実に存在しています。この映画を通して、現実の扉を開けてもらえたらうれしい」とコメントしている。その言葉通り、本作は明確なメッセージ性を突きつけてくるわけではない。この映画をきっかけに、観た者がそれぞれの“現実の扉”を開け、その先で何を思うか。映画を観るだけでは終えられない。内山監督の映画監督としての矜持を感じさせる。
磯村勇斗、岸井ゆきの、福山翔大、染谷将太…監督の稀有な才能に引き寄せられた豪華俳優陣
劇中に漂う苦しさと、その苦しさを持ってでも日々を生きる彼らの愛情や生命力を見事に描き出したのが、俳優陣の丁寧な役作りと演技だ。主人公の彩人を演じたのは磯村勇斗。家族のみならず恋人や親友にも愛情深く、行動一つ一つに優しさを伴うが故に、見ていてどこか不安も感じてしまう危うさを、言葉少ないながらも繊細に演じた。彩人の弟・壮平役、福山翔大は、格闘家の壮平を演じるため、撮影の1年前から食べ物や飲み物、生活リズムなどすべてを変えたといい、総合格闘技の選手としての存在感を生み出した。そんな福山について磯村も「翔大が(劇中での)格闘技に向けて一生懸命やっていた。それを隣で見ていたので僕もがんばれました」と言う。物静かな壮平の決意が溢れ出す、7分間にわたる格闘技の試合のシーンは必見だ。
彩人の恋人・日向役は岸井ゆきの。まさにひなたのような温かさで風間家を包み込むが、彼女もまた、その温かさを保つために必死だった。そんな日向の姿を、「こぼれそうな思いをこぼれないように我慢してほしい」と言われたという岸井が好演している。彩人の親友の大和役は染谷将太。彩人とは正反対の人生を歩んでいるように見えるが、朗らかな人柄に加え、芽生えた父性と同時に少年らしさを持ち合わせることで、彩人の理解者としての説得力を持たせている。
難病を患う母を演じた霧島れいかは、撮影に入る前は麻美を演じることが苦しく怖かったと振り返るが、自分本位な行動をしてしまうという症状の中にも母親としての愛情が垣間見えるという絶妙な匙加減で、彩人と共に精一杯日々を生きる。警察官・松浦を演じた滝藤賢一は、恐怖を植え付けるのには十分な迫力を見せつつ、同時に背中で葛藤を語る場面はさすが。彩人と壮平の父親・亮介役の豊原功補は、彩人と壮平の中に生きるたくましく愛情深い父親を好演することで、その後の変化との落差を感じさせる効果的な演技を見せた。
本作での撮影はリハーサルやカメラテストなしで行われたという。その理由を内山監督は「俳優の感情やその奥にあるものを消費させたくなかった」と説明している。彩人たち登場人物と同じようにギリギリまで感情を溜め込み、その感情を我慢したり、思わず爆発させたりすることで、俳優陣の実力を最大限に引き出した。
なお、去る10月4日に「佐々木、イン、マイマイン」リバイバル上映のアフタートークに登壇した染谷は、内山との仕事について、次のように語っていた。
「新作に声をかけていただいたのは、自分の中では意外でした。内山くんの世界に、どういった形で入っていけるんだろう?という驚きとうれしさがあった」
「『若き見知らぬ者たち』はリハーサルもテストもなく、ほぼぶっつけ本番だったので、シンプルにドキドキでした。一度お芝居をやってみて、うっちー(内山)が何か言葉をかけてくれて、本番をやる。その流れが心地よかった。演じながらうっちーの言っていたことがわかる、という感覚がありました」
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目標とする舞台は世界、4カ国による共同制作
海外まで届けることを企画段階から見据えていた本作は、日本、フランス、韓国、香港の4カ国による共同制作。各国からの出資を受け、それぞれが自国での配給権を持っている。また最終的な音の調整をするサウンドミックスは、フランスにて行われた。実際に内山監督もフランスへ足を運び、共に作業をしたほか、フランスの空気感なども味わったという(公式noteより)。日本で必死に暮らす彩人と、彼の取り巻く人物たちの姿が、文化や環境の違う国の“若き見知らぬ者たち”たちにどのように受け止められるのかにも注目したい。