俳優が同じ条件のもと短編映画を監督するプロジェクト「アクターズ・ショート・フィルム」。千葉雄大、仲里依紗、福士蒼汰、森崎ウィンが参加した第4弾の配信がWOWOWオンデマンドで3月1日に始まり、東京のユナイテッド・シネマ豊洲では3月3日から期間限定で上映される。
映画ナタリーでは映画監督の大森立嗣に福士の監督デビュー作となった「イツキトミワ」の鑑賞を依頼。福士とは5月に公開を控える映画「湖の女たち」でタッグを組んだばかりの大森にしか語れない、その魅力とは。
なおステージナタリーでは森崎ウィンの監督作「せん」のレビューを後日掲載。
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取材・文・作品紹介 / 奥富敏晴
WOWOW「アクターズ・ショート・フィルム4」番宣動画
「顔の映画だった」
主演を務めたのは、福士蒼汰が初めからキャスティングを希望したという清水尋也。大森立嗣は、福士が撮った“何を考えているのかわからない”という清水の顔に注目した。
冒頭で清水尋也くんの顔を正面のアップで撮っているんですよ。その顔の撮り方で、なんとなく映画全体を感じるものがありました。彼の顔って何を考えているのかわからない。何も信じていないような、何も強いベクトルがないような顔なんです。感情が1つの方向に向かっているというよりも、ものすごく揺らいでる顔。そういう顔ってすごく人を惹き付ける魅力がある。それは芋生悠さんもそう。俳優としての福士蒼汰くんがあの顔を撮れること、そういうものを描いていくという宣言に感心して。あの顔をオープニングに持ってくる。確信犯でやっていると思うほどの、なかなかいいショットでしたね。映画全体としても顔のアップが強い。顔の映画だったね。
映画で顔を撮ることの難しさ
「湖の女たち」において福士の何を考えているかわからない顔を撮りたかったという大森。監督として俳優の“無自覚な顔”を撮ることの難しさに触れる。
そういう顔は僕が「湖の女たち」で福士くんに求めていたものでもありました。俳優が自分で意図し出すと、なかなかそういう表情にはならない。監督は無自覚な部分を撮りたいんですけど、そのあたりが例えば「湖の女たち」にも出ている浅野忠信さんはめちゃくちゃうまい。「イツキトミワ」は福士くんが浅野さんと共演したことも大きいんじゃないのかな。何を考えているかわからない表情をする俳優と、わかる表情をする俳優が同じフレームに入ったとき、お客さんはわからないほうの人を見ちゃう。「この人何を考えているんだろうな」と視線が向く。福士くんとも、ごはんを食べたときにそういう話をしました。
クローズアップを撮るのはすごく難しい。僕も監督として作品ごとに、どこまで顔に寄ろうか悩みます。アップは感情移入をお客さんに強要するんですよ、かなり強く。でも福士くんが「イツキトミワ」で撮っているのは、それとは別の顔。観る人の視点で言うと「こいつなんなんだろう?」という、観客が考える余地のあるアップになっているんですよ。感情移入を強要するものから逃れられている。それがすごい。あんなに大胆に顔の正面にカメラが入って、的確に撮っているのが素晴らしい。芋生さんも最後のほうのアップもすごくいいショット。「なんでこんなの撮れてるんだろ、すごいじゃん」と思いましたね。
「表現者として生き抜く迫力」
撮影を終え「監督していても素直に自然体でいられた」と語っていたという福士。大森は「イツキトミワ」に福士の表現者としての覚悟を見た。
福士くんは当然、俳優として表現したいという欲はトップレベルで持っていて。そこに最初からまったく疑いはないですけど、「イツキトミワ」からは表現者として生き抜く迫力を感じました。清水くん演じる一葵(イツキ)は苦しそうだけれども、もう1回、絵を描き殴る。あれを観たとき、完全に福士くんが表現者として生きているっていう宣言なんだなと思った。俳優としてか、監督としてかわからないけれど、表現することを生きることにするという高らかな宣言。福士蒼汰の一皮剥けたというか、新しい一面というか。彼は、もう1つ違うところに向かいたいんじゃないのかなという。そこで葛藤している感じ、闘っている姿を映画を観ていて感じました。そういうところも楽しんでほしい。
「誤解を恐れずに言うと」
「イツキトミワ」は家計を支えながら美大進学を目指していた一葵が、ギャラリーで自分の作品を見つめる三羽と出会う物語。徐々に親密になる2人のそれでも“溶けない壁”が描かれていく。
男女が出会うと、どこかで恋愛関係になるんじゃないか?と一瞬は思うんですけど、あまりそういう映画と強くは思わなかった。作品の持っている気配というか、冒頭のアップのショットの不気味さが効いているのかな。男女が並んでわかりやすい恋に落ちる、情事が起きるという構造から逃避していて、2人の感情が最大公約数的な方向には向かっていかないのも、いいところかもしれない。ただ誤解を恐れずに言うと「ちょっとうますぎる」と。もう少し僕は破綻しているというか、うまくなりすぎないところが観たかったのも正直な気持ち。例えば清水くん、芋生さん2人の長回しもいけたんじゃない?とは観ていて思いました。あとは酒飲んだときに福士くんに直接言います(笑)。
その志に「やるじゃん」
映画監督として第一線で活躍しながら、俳優として映画「はい、泳げません」「ほかげ」などに出演している大森。俳優として監督を経験した福士に、最後に言っておきたいこととは。
俳優が監督をするとき、一番大事な「演技を撮る」ということに関してプロフェッショナルなはず。僕はジョン・カサヴェテスが好きだから。本当はそういう作品が増えてもいいなって思います。映画のうまさより、役者の演技をどう引き出すかで力を発揮できるはずだから。福士くんには「なんで映画なんか撮ってるの」「困るんだけど」「今度話そうぜ」って言いたいですね(笑)。彼と映画を作っているときに、「湖の女たち」のように作家性のある作品と、大勢に向けて作っていく作品と、バランスよくやっていきたいという話をしていたんですよ。この「イツキトミワ」にもそのようなところを感じて、作品性や商業性の難しいところに向かっていく志に「やるじゃん」って思いました。
プロフィール
大森立嗣(オオモリタツシ)
1970年9月4日生まれ、東京都出身。映画監督。2005年の長編デビュー作「ゲルマニウムの夜」は東京国立博物館の敷地内に一角座という劇場を開設して公開する試みで話題を集め、2010年には「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」で日本映画監督協会新人賞を受賞する。三浦しをん原作の映画「まほろ駅前多田便利軒」は人気を呼び、続編やドラマ版も製作された。以降も「さよなら渓谷」「日日是好日」「MOTHER マザー」「星の子」などを発表し、多数の映画賞を受賞。福士蒼汰を主演に迎えた最新作「湖の女たち」は5月17日に公開を控える。俳優として近年は「はい、泳げません」「ほかげ」に出演。