今泉力哉×許豊凡(INI)が対談 | 監督の大ファンが「アンダーカレント」から受け取った“不穏さ”と“温かさ”

映画「アンダーカレント」が、10月6日に全国で公開される。

豊田徹也による同名マンガを映画化した本作。銭湯の主人であるかなえが「働きたい」とやって来た謎の男・堀と奇妙な共同生活を送りながら、胡散臭い探偵・山崎とともに突然失踪した夫・悟を探すさまがつづられる。真木よう子がかなえ役で主演を務め、井浦新が堀、リリー・フランキーが山崎、永山瑛太が悟を演じた。音楽を細野晴臣が手がける。

映画ナタリーでは、本作の監督を務めた今泉力哉と、今泉作品の大ファンであるINIの許豊凡(シュウフェンファン)の対談をお届け。今泉作品への思い入れや、許が「アンダーカレント」から受け取ったものを、監督本人に熱く伝えた。

取材・文 / 小林千絵撮影 / 梁瀬玉実

映画「アンダーカレント」予告編公開中

めちゃくちゃ僕の作品を知ってくれている人の反応(今泉)

──今泉さんは以前、SNSで豊凡さんが今泉監督作品好きを公言していることを知り喜んでいらっしゃいましたが、豊凡さんが今泉さんの作品をお好きだと知ったのはどういったきっかけだったのでしょう?

今泉力哉 エゴサーチしているときに、豊凡さんがあるテレビ番組で僕の作品の話をしてくださっていたというファンの方の書き込みを見つけました。番組も観たのですが、めちゃくちゃ僕の作品を知ってくれている人の反応だったので、それがすごくうれしくて(笑)。

許豊凡 あれ、本当に仕込みじゃないですからね!(笑)

今泉力哉

今泉力哉

──そもそもの豊凡さんの今泉作品との出会いは?

 コロナ禍の自粛期間にいろいろな映像作品を観ていたのですが、その中の1つが「愛がなんだ」。ちょうど隔離の孤独感も相まって、すごく響くものがありました。そのあと「his」を観て、同じ監督の作品なんだというところまではわかっていたのですが、そこから特に深掘りはしなくて。でもそのあと、友達で俳優の青木柚くんが……。

今泉 えっ、青木柚と友達なの!? 僕は一度、舞台を一緒にやったことがあるよ。

 知り合ったのはここ1年くらいなのですが、柚くんが、出会った初日からずっと今泉さんの話をしてくれたんです。僕が「愛がなんだ」みたいな作品が好きなんだよねって話をしたら、そこからいろいろ教えてくれて。それが今泉監督の作品を深掘りするきっかけになりました。

今泉監督の作品って本当にリアル(許)

──今泉監督作品のどういうところに惹かれましたか?

 今泉監督の作品って本当にリアルなんですよね。1回目観るときは、なぜか自分のことを考えちゃってあまり話が入ってこないくらいです。

今泉 それはたぶん“映画に隙間があるか”みたいな話ですね。セリフにしろ、内容にしろ、テンポにしろ、最初から最後まで詰まっている映画だと、観ている間に自分のことを考えられないんですが、僕は、観ている間に映画から離れて「自分もこういうことあったな」とか自分のことを考えちゃうほうが豊かな映画体験だと思っていて。そのためになるべく隙間を作ろうとしているので、豊凡さんのその感想はうれしいですね。

 よかったです。観ながらすぐ自分のことを考えて共感してしまうから、少し内容が抜けてしまって(笑)。なのでだいたい2回観ています。「愛がなんだ」は3回観ました。今泉さんの作品は、いい意味ですごくラフですよね。たまに、セリフもスッと流れていっちゃうくらい。

今泉 そこに関しては、正直、作っていてどっちがいいのか迷うんですけどね(笑)。今「ラフ」と言ってくれましたけど、あんまり言われたことがないからうれしいです。実はナチュラルさやラフさというのは、作るうえで意識しています。映画はフィクションだし、実際には存在しない人たちを描くけど、隣に住んでいそう、近くにいそうな人にしたいという思いが常にあって。あとは、リアルにするために劇的な絵やセリフを排除したりしてますね。例えば、告白するシーンだったら「好きです」って言う人を寄りで撮って、そのあと言われた人の反応を切り返して捉えるというのが普通なんですが、僕は2ショットで撮り続けたり。なるべく決めゼリフみたいなものを書かないようにしたり。今こうやってしゃべっているような言葉でセリフを書くようにしています。

 それはすごく感じています。それこそ決めゼリフが出てこないことで、身近に感じられます。特に印象に残ったのは「街の上で」の部屋の中での長回しのシーン。すごくリアルでした。パンフレットを買って読んだのですが、あのシーンはワンカット撮影だったんですよね。あの空気感はすごかったです。

今泉 実は長回しって、役者さんの力はもちろんですが、俳優だけじゃなくて、衣装、メイクしかり、カメラのレンズとの距離感だったり、照明、音、全部が成り立たないと成立しないんですよね。あのシーンは自分でもラッシュで観たときにすごく手応えがあったし、自分にとっての手形みたいなものになったなという感じがしました。

 映画であんなに長いワンカットは観たことないです。

“undercurrent”な感情を最初から最後まで感じました(許)

──ここからは新作映画「アンダーカレント」について聞かせてください。まずは豊凡さん、ご覧になられての率直な感想を教えてください。

今泉 さっきの1回目、2回目の話じゃないけど、いつもより難しく感じたかなとは思うんですけど……どうでした?

 原作に忠実な分、今までの今泉さんの空気感がありつつも、今までにはあまりなかった不穏さもあって。タイトル通り“undercurrent”な感情を最初から最後まで感じました。ちょっと息苦しさもあって、これまでの今泉監督の作品とは違ってあまり気軽には観られないかなって。

映画「アンダーカレント」場面写真

映画「アンダーカレント」場面写真

今泉 ありがとうございます。そもそも原作がめちゃくちゃ面白くて。でもマンガ自体が「映画のようだ」と言われているので、そんな作品をどう映像化するかはすごく迷いました。だけど過去に作った「退屈な日々にさようならを」にトーンが似ているというか。人間の隠れている部分についてや、今まさに言ってくれましたけど、“不穏さ”や“明るくない空気感”には興味があったので、自分なりに作品にできるのではと思いました。確かにこれまでの作品とは雰囲気は違いますが、根底にある寂しさや孤独については、恋愛映画の中でこれまでも描いてきているので、挑戦的だという気持ちはありませんでした。ただ、映像美で魅せる表現などについては、今までほとんどやったことがなくて。というのも僕の映画はほとんど会話で作っているから。幼少期の心象風景や水中での表現をどう映像で表現するか、というのはカメラマンの岩永洋さんと相談しながら作っていきました。

 まさにおっしゃっている通りで、今回は今までの作品に比べて、映像で表現するシーンが多いですよね。そこが、僕が今までの作品と違うと感じた一番の理由なのかなって、話を聞いていて思いました。映画館でもう1回観たいです。音もよかったので、いい環境でまた観たくて。

今泉 環境でまた変わるかもしれないですね。

2024年4月5日更新