A24が北米配給権を勝ち取り、今もっとも注目を集めるホラー映画「TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー」が12月22日に全国で公開される。呪物の“手”を握り「トーク・トゥ・ミー」と唱え、霊を憑依させる遊び。母を亡くした高校生のミアはSNSで話題の「#90秒憑依チャレンジ」に参加し、そのスリルと快感にのめり込んでいく。
映画ナタリーではモキュメンタリー小説「近畿地方のある場所について」が話題を呼び、テレビ東京の番組イベント「祓除」にも関わった作家・背筋にインタビュー。双子のYouTuber、ダニー&マイケル・フィリッポウ兄弟が降霊術を再解釈して生み出した抜群に新しいホラーの魅力を語ってもらった。特集の最後には背筋がトラウマになっているという3本のホラー映画も紹介。
取材・文 / 奥富敏晴撮影 / 間庭裕基
映画「TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー」予告編公開中
最初から最後まで手のひらで踊る
──普段からホラー映画はよくご覧になりますか?
ホラー映画ならノンジャンル。心霊に限らず、怖そうなものをよく観に行きますね。ただ怖いものは映画だけでなく、全部好きです。
──ご自身の原点となったと言えるホラー映画を教えてください。
父に見させられた水木しげる原作の「カッパの三平」です。あとは「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」。特に昔はティム・バートンの作品が好きでした。
──どんなスタンスでホラー映画をご覧になるんでしょう。
本当にまっさらに作品を楽しむ素直なタイプです。驚かされるところで驚いて、怖がらせるところで怖がって、泣かされるところで泣く。最初から最後まで監督や脚本家の手のひらで踊らされています。
──背筋さんが“怖いもの”に惹かれる理由はなんですか?
スリルが好きなんだと思います。ジェットコースターに乗るのと同じですね。恋愛映画を観て、非日常のドラマを楽しむのと同じように、ホラー映画を観ることで、非日常を楽しんでいます。
不思議な爽快感
──ここからは「TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー」について聞かせてください。ご覧になられての率直な感想は?
すごく面白かったです。私が裏を見ずに、そのまま受け取るタイプというのもあるかもしれませんが、物語のつづられ方には奥行きがあるのに、いい意味でシンプル。嫌な最後なのに、観終わったあとは不思議な爽快感がありました。
──爽快感はすごくわかります。高校生たちが呪物の手を使った“憑依チャレンジ”のスリルと快感にハマっていく物語ですが、とてもキャッチーですよね。
降霊のもとをたどれば、日本だとこっくりさん、海外だとウィジャボードがあります。それでもこの映画が新しく映るのは、目線をズラしているんですよね。ウィジャボードでも成立するのに、あえて呪物と手をつなぐ、それも90秒以内というルールで。憑依のきっかけとなっている「話したまえ(Talk to me)」「入るを許す(I let you in)」の字幕も好きです。
──90秒以内に手を離さなければ自分の中に霊が居座り、支配されてしまうという制限がありました。
場所も薄暗い部屋ではなく、みんなが集っている明るい部屋で、ゲラゲラ笑いながら憑依を楽しんでいる。そういうズラし方が斬新で。見たことないものになっていて感動しました。
──劇中では憑依を収めた動画がSNSで拡散している描写もありました。実際にこの動画が現実にあったとしたらバズると思いますか?
バズると思います。私なら見ちゃう。海外の怖い映像ってあるじゃないですか。おそらくプロじゃない素人が作ったような出所不明のもの。本当なのかどうかわからないけど、本当にありそうな感じ。そういう映像に近いものがありました。
手は“ただそこにある”だけ
──今回、忠実に再現された手をお持ちしています。
触ってよいのですか? 持ち上げても?
──はい。大丈夫です。
わりかし小柄な。女性のような手ですね。
──もし本物が現実にあったとしたら、背筋さんは手を握りますか?
握らないですね。誰かに握らせると思います。怖いので。
──そうですか。
この映画は、手が登場人物を追い込むためのただのギミックとして使われていないのも面白いですよね。手があるからみんなが不幸になるのはその通りですが、これは“ただそこにある”だけ。これ自体は襲いかかってこない。
──確かに。
これをどう使うかで悲惨なことが起こってしまう。だから、それを使う側の人間の心にフォーカスが当てられているのかなと思います。
──主人公のミアは母親を亡くしてから、父親との関係もうまくいっておらず孤独を感じています。
ちょっと心が弱ったミアはパーティの雰囲気にのまれて、自分から立候補して、積極的に手をつないでしまう。手を握ってしまう彼女の胸の苦しさが伝わってくる物語で。その心情に付け込まれて、憑依に心を開いていく。ミアは怪異に巻き込まれていくのとは別の意味で、かわいそうな存在でした。
──孤独ゆえに誰かとつながりたくて、呪物の手を握ってしまうのがミアですね。
一方で友人のジェイドは最後まで1回も手をつながない。でもジェイドの弟は好奇心旺盛で、周囲も彼に憑依をやらせてあげようとする。そういう流れからは、麻薬やアルコールの入り口を擬似的に描いているようにも思えました。
──憑依されても本人の意識は残っていて、その感覚が“気持ちいい”というのも面白いところです。
恐怖とエロが隣同士のホラー映画は多いですが、この映画はエロとは別種の快感を表現しています。それはある種、麻薬や脳内物質も想起させるような快感。悲しみだとありふれていますが、憑依が喜びになっている。度胸試しやアノニマスな何かとのふれあいに通ずる部分があって、自死を促されるゲーム「青い鯨」の危険に近いものも感じました。
日常に近ければ近いほど怖い
──背筋さんがこの映画でもっとも怖かった瞬間を教えてください。
ミアの友人の弟が憑依されてから、机の角や浴室のタイルに頭をガンガンぶつけるところです。
──その理由は?
私の個人的な感覚ですが、日常に近ければ近いほど怖い。それはホラーに限らず、普通の暴力描写であっても。私たちは日常的にお風呂に入るので、浴室タイルの硬さを知っています。頭をガンガンぶつけたときにどうなるのか。その衝撃でタイルが剥がれるのは、どれほどの力なのか。なんとなく想像がつくと思うんです。そういう意味で痛みをリアルに感じられる。「ブラック・スワン」でも指の逆剥けが腕のほうまで行ってしまう描写がありましたが、そういうタイプの怖さ。
──では頭ガンガンは、ナイフで刺されるより怖い?
私はそう思います。ナイフで刺されたことがある人はめったにいないので。刺されたことがある人は怖いかもしれないですが。
とことん排除された宗教色
──憑依チャレンジの中で、ミアの母親の幽霊が出てくることで事態は急展開します。
実は私はあまり幽霊と思っていなくて、母の幽霊のように見えますが、心の弱みに付け込んで、その人にしか見えない形で幻覚を見せていくのは完全に悪魔。憑依されたときに黒目になるのも、悪魔に取り憑かれた描写ですよね。
──死んだ人が出てくる=幽霊と考えてしまっていました。
ただ描写は悪魔に近いのに、作品の中で一度もキリスト教や宗教を匂わせるものがないんです。十字架も出てこないし、神に祈る場面もない。唯一出てくるのはリンボ、辺獄ぐらいです。
──確かに映画から宗教色は感じません。
とことん排除されていて、キリスト教をモチーフにしたホラー映画が多い中で、そういうものへのカウンターにも感じました。若者の宗教離れ云々ではまったくなくて、単純にキリスト教から切り離されたコミュニティにいるからこそ、悪魔を怖いと思ってない。なんなら呪物をゲームの道具にして、みんなで楽しんでしまう。
──なるほど。
もちろん、宗教に関する描写が考察のフックになって深掘りしがいがあるという見方もあるので、どちらがいい悪いではないですが。宗教のような深みがない分、とっつきやすい。しかも、ないということがメタファー的にメッセージを帯びているような雰囲気すらありました。
恐怖の再解釈
──「TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー」は呪物が手という発想が新しいところですが、こういった恐怖の源泉となるアイデアを背筋さんだったらどのようにして考えますか?
0から1を考えることは、今のエンタテインメントにおいて本当に難しいですよね。絶対に過去に似たようなアイデアはあって、十数年ぐらいの周期でもう1回流行する。たぶん、それは一度流行ったものに現代的な再解釈がされているからだと思うんです。
──「再解釈」について詳しく教えてください。
例えば「メリーさんの電話」がありますよね。電話が掛かってきて「今、あなたの後ろにいるの」という怪談。それがチェーンメールや赤い部屋のようなネットのものにも派生する。メールやネットは便利だけど、みんなが何か危うさを感じているところに新しい恐怖がハマるんですよね。
──現代だと?
つみたてNISAやふるさと納税とかもそうかもしれません(笑)。マッチングアプリやメルカリもすごく便利だけど、同時に少し危うさも感じている。みんなが知っているけど、誰もが全容を把握しているわけじゃない。
──新しい未知のものにはちょっと不安を感じますね。
これが面白いかは別にして、ある日ふるさと納税で頼んだものと全然違う変な小包が届いたら?とか。話の類型としては古くからあるような送り主不明の恐怖ですが、ふるさと納税に置き換えると現代的な不安が乗っかる。今っぽいモチーフに昇華されますよね。私の場合は昔あったものや好きだったものにリスペクトを払いながら、今の自分が相対して、どうしたら怖いか、面白いかを考えます。「TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー」にも同じことを感じて。降霊術や憑依の先行作品はありますが、目線を変えたことですごく今っぽいものに仕上がっていました。
ベスト3というより、初めて観たときの「こわーい」が残っているトラウマの映画です。思い出補正が多分に含まれている、極私的なものですが。
「ノロイ」(2005年)
初めて観たとき、私は本当にこの映画の呪いを信じていました。当時、映画館に友人数名と観に行ったのですが、あまりの衝撃に観終わったあと、無言で帰ったのを憶えています。これ、マジなやつ?って考えながら。帰ってからネットで調べたら、登場人物に関連するブログを見つけてしまって、より一層怖くなりました。
「REC/レック」(2007年)
ハリウッドのリメイク版ではなくスペインのオリジナルで。当時のゾンビものは世界全土に病が蔓延したカタストロフィを描いたものが多かったのですが、これは、閉鎖されたマンションの中というシチュエーション。自分も当時マンションに住んでおり、だからこそ、逃げ場のなさや、閉じ込められた住人たちの人間ドラマがよりリアルに感じられました。
「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1999年)
「心霊×遭難」というジャンルを観たのはこれがはじめてでした。わけのわからないものに追い詰められるだけでも十分に怖いのに、そこに、遭難という別種の怖さも加えられて、観たあとは、しばらく森や山には行けませんでした。霊がはっきりと映らず、終始不気味な雰囲気だけで引っ張っていくのも本物っぽくて怖かったです。
プロフィール
背筋(セスジ)
2023年に小説投稿サイト・カクヨムで発表した「近畿地方のある場所について」がホラージャンルとしては異例の1500万PVを獲得。8月にはKADOKAWAから書籍が刊行された。テレビ東京の番組イベント「祓除」に構成として関わる。