渡辺さんは人生の大切なものを知っている（吉田）

──李監督はこの作品を作るにあたって渡辺さんに一番初めに声をかけたそうですね。渡辺さんを主演に選んだ理由がありましたら聞かせてください。

李　多くの人が持つ謙さんのイメージは、ある種の正しさであったり、自信に満ちあふれた姿だと思うんです。でも僕は「許されざる者」でご一緒したおかげで、謙さんのそうではない陰の部分もけっこう見せていただけた気がして。吉田さんの原作はどうしようもなく自分の嫌な面を見るというのが最たる特徴で、まずそこから始まるんですが、謙さんが今までの人生の中でまとってきたものを1つひとつ剥ぎ落としていけば槙洋平がいるんじゃないかという思い込みが僕の中にあったんです。謙さんのそんな姿を見てみたいですよね？ そういう一心でお願いしました。

渡辺　残酷でしょう？（笑） 俳優をキャスティングするっていうよりは、人間をキャスティングしている感じだよね。俳優としてのスキルは要求していないもんね？

李　矛盾しているようですけど、その役の人生を忠実に体現してほしいんです。そのためには演じる人の人生や資質、人格が役の根っこと重なる部分がどうしても必要で。そういう基準で俳優を選んでいるのかもしれないですね。

──なるほど。吉田さんは「『オーシャンズ11』のようなオールスターキャストを配してほしい」とおっしゃっていたそうですが、この役を渡辺さんが演じると聞いたときのお気持ちは？

吉田　洋平役を渡辺さんにやっていただけるのなら本当にありがたいなと。映画の話から離れちゃうんですけど、僕、今回渡辺さんに会えて本当によかったなって思っているんです。会うたびにこの話をしてますよね？ 真面目な話をすると、渡辺さんは人生の大切なものを知ってらっしゃる感じがするんですよ。

一同　（笑）

謙さんの現場での姿は崇高だった（李）

──千葉編は静かにドラマが積み上がっていく印象がありましたが、現場の雰囲気はどのような感じでしたか？ 撮影時の印象的なエピソードがあれば教えてください。

渡辺　東京、沖縄と撮影をしてきて、スタッフはみんなボロボロになってきているんですよ。千葉編は移動がそんなになかったし、懸念事項は天気くらいかな？ だけどやっていることは（ほかのエピソードと）変わらないんです。そこがこの泥沼のきついところで。心情の変化などの部分はほかと同じくらいの振れ幅を求められるんですよ。その分精神的にはきついものがありましたね。

李　「謙さんは現場に早く入りすぎなんじゃないですかってよく言われてますよ」と笑い半分に話していたんですけど、僕はすごく素敵だなあと思っていて。謙さんなりに、洋平の人生を体現するために埋めなきゃいけない時間をあの家で過ごしていらっしゃったんです。あの家のお父さんの座椅子って、座ると周りのもの全部に手が届くんですよ。でもたぶん謙さんは自分の手が届かないところを一生懸命探していて、めいっぱい追い込まれている。それが単純にうれしかったですね。貴重というか、本当に崇高な姿でした。

吉田　わかります。 座っている位置もあるんでしょうけど、あの部屋から海が見渡せて、部屋自体が祭壇みたいに見えるんです。そこに渡辺さんが、漁港の男として座っている。あの崇高感といったらもう……。

渡辺　ステテコとTシャツでしたけどね（笑）。なんかあの座椅子のへこみを自分の体の形に合わせたくなるんだよね。それはもちろん小道具さんが用意してくれたものなんだけど、自分の尻に合わせたいという気持ちが湧いて。

──吉田さんは現場を訪問されたそうですが、撮影をご覧になったご感想は？

吉田　一番前の特等席で渡辺さんと宮﨑あおいさんの演技を見せてもらえるというだけで、単純に楽しかったです。

渡辺　吉田さんは血みどろになって原作を書いていらっしゃったわけじゃないですか。原作者の方は世界観を持っているので、現場にいらっしゃるのは普通は怖いんですよ。僕たちは、それをある種理不尽に切って貼って映像で焼き付けようとしているし。でも吉田さんの場合って「あっ来た！」というのがあんまりなくて、わりと穏やかに「どうぞ見ていってください」という感じになれましたね。

李　フラットに現場へ入って来てくれましたよね。

吉田　スタッフの方が「悪人」のときとほぼ同じなので知り合いが多いんですよ。

監督はあおいちゃんだろうが松ケンだろうが容赦しない（渡辺）

──宮﨑あおいさん、松山ケンイチさんと共演してみていかがでしたか？

渡辺　彼らは李監督とは初めてなわけですから、最初のうちはなめてましたね（笑）。

──えっ、そうなんですか？

渡辺　ロケ地が千葉なので、1時間半くらいあれば帰れるわけですよ。それでスケジュールを見ながら「この日とこの日は帰れるんだな」とポソポソとつぶやいているから「何言ってるの？ この監督が家に帰らせてくれるわけがないだろ！」と言って（笑）。監督は僕だろうがあおいちゃんだろうが松ケンだろうが容赦しないし、どんな小さな役でも同じような悩みを振るわけですよ。彼らはおそらく初めてであろう、自分が役に寄り添いながら人間として同じように悩むという経験をして。悶々とする時間というのが、オンキャメラだったり現場以外のところでも必要なんです。そのことに彼らも気付いたのがわかって、「きっと今悩んでいるんだな。どう対処していいか苦しんでるんだろうな」と感じましたね。それはすごくいいことなので、潤沢な時間はありませんでしたが楽しんでいました。

──娘役を演じた宮﨑さんは、完成報告会見で「現場でも渡辺さんを『お父ちゃん』って呼んでいて、2週間しか一緒にいなかったとは思えない濃密な時間だった」と話していました。

李　謙さんは、常にかたわらにあおいちゃんがいるという環境づくりを率先して初日からやられていましたね。

渡辺　あおいちゃんは口では言わないけど、最初はちょっとうっとうしかったと思う（笑）。

──そんなことはないと思います（笑）。共演シーンのない東京、沖縄編の若手俳優については、どのような印象を抱かれましたか？

渡辺　原作や脚本を読んでイメージしたり、スタッフに「あのシーンどうだった？ よかったんだよね？」と聞きながら千葉編を撮っていたんです。うち（千葉編）だけダーッとつながっているならこの現場のことだけを考えていればいいんだけど、俳優なので作品そのものの成り立ちをちょっとだけ感じながら、その前後を考えて演じる必要があったんです。できあがった作品を観たときは、話が進むにしたがって、いろんな人の気持ちがビートのように同期していくことに驚きましたし素直に感動しました。普通の映画だったら自分が関わっていないシーンは3分の1くらいですが、今回は3分の2もあったので、その分はお客さんの気持ちで圧倒されながら観ていて。でも自分たちのシーンになると、自分の心の中に残っている振動と符号するので不思議な感覚でした。

吉田　渡辺さんはご自身が演じた役の気持ちで作品を観ているんですか？

渡辺　役の気持ちではないですけど、体にその残像は残っていますね。嗚咽感だったり、すごく締め付けられる感覚が残っているので、撮影時の感覚にいきなり戻されちゃうんです。あれは不思議な体験でした。

原作と映画は兄弟みたいなもの（吉田）

──吉田さんは映画はいかがでした？ 原作者としてではなく1人の観客としてご覧になっていたんでしょうか。

吉田　観客として観ていました。イメージしていたものよりも断然素晴らしくて、本当に圧倒されましたね……。

渡辺　吉田さんは、原作と映画は別ものだと思うんですか？ それとも兄弟みたいな感じ？

吉田　ああ、本当にそうですね。兄弟みたいなものです！ これからそう答えます！

渡辺　仲が良い時期もあるし喧嘩しちゃったりするときもあるけど、原作と映画は血を分けた兄弟だから結局離れられないんですよね。

李　自分では悪く言うこともあるのに、人にそう言われると腹が立つっていう。

渡辺・吉田　そうそう、そういうこと！