映画ナタリー Power Push - 「怒り」李相日×渡辺謙×吉田修一 / 李相日×妻夫木聡×綾野剛
役の人生を忠実に体現するために
「フラガール」「悪人」などで知られる李相日の監督最新作「怒り」。吉田修一の同名小説を実写映画化した本作は、ある殺人事件の容疑者として浮上した3人の男たちを中心に、彼らを取り巻く人々が信用と疑惑の間で揺れるさまを、千葉、東京、沖縄を舞台に描いた群像劇だ。出演には渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、宮﨑あおい、妻夫木聡ら豪華キャストが名を連ねる。
映画ナタリーでは、李、渡辺、吉田の3人に原作小説や映画化への思い、撮影現場でのエピソードなどを聞いた。また李と東京編の主要キャストである妻夫木、綾野には役作りのプロセスや印象深いシーンについて語ってもらった。
取材・文 / 秋葉萌実 撮影 / moco.(kilioffice)
CASE 01 東京
CASE 02 千葉
李監督の世界観は日本映画界の宝物(渡辺)
──渡辺さんは「許されざる者」でも李監督の作品に出演されていますが、「怒り」でまたタッグを組むと決まったときの心境は?
渡辺謙 「許されざる者」が完成したときに、李監督が持っている世界観が日本映画界の宝物のような感じがして。俳優としてその世界に関われるのはとても有意義だし大事なことなので、彼に「また何か僕が参加できるようなものがあれば、どんな役でもやらせてね」という話はしていたんです。次回作として「怒り」の話がきたときは「あちゃー、これかー!」っていう感じでした。だいたいこの人(李)と仕事をともにすると泥沼化するんですよ(笑)。知らず知らずのうちに蟻地獄にずぶずぶ入っていっちゃうみたいな。
李相日 すべての発端は原作者の吉田さんですよ!
吉田修一 (笑)
──吉田さんは、ご自身の作品が李さんの手で映像化されるのは「悪人」以来ですよね。「怒り」が映画になると決まったときはいかがでしたか?
吉田 単純に期待していたというか、「悪人」よりももっと面白いものができるんだろうなと思いましたね。
渡辺 小説を書いているときに「映画化しそうだな」って思ったんですか?
吉田 (背後を指さして)ずっとこのへんに李さんの存在を感じてたんですよ。だから出版される前に「感想を聞かせてください」って本を送ったんです。
渡辺 ああ、ほらほらほら。そうだよね!
李 意外でした(笑)。
──李監督は、原作を読んでいるときから映画化するつもりだったんでしょうか。
李 きっと僕も、吉田さんの気配を感じていたんでしょうね。最近いろいろなインタビューで「読んですぐに映画化、とは思えなかった」と答えているんですけど、それは映像化の難しさに誰よりも気付いていたからなんです。「悪人」のときは映画化への意思が原作を読んでいる時点で芽生えたんですが、「怒り」に関しては情報量の密度と物語そのものに圧倒され、恐れ多くて怯んでしまったんですね。ただそれ以上に、小説の中でもがいて生きている人物たちに「ああ、これは!」と気持ちが掴まれてしまいました。
演じるキャラクターと同じように悩んで苦しむ(渡辺)
──「怒り」は渡辺さんの抑えた演技が印象的でした。槙洋平という役柄にどのように向き合って演じましたか?
渡辺 洋平そのものからは、生き方を定めて足跡を残しながら毎日を過ごしているという感じはしなかったんですよ。どこか現状に流されながら生きているところがあって、それが親子関係にも表れている気がしましたね。だからそういう部分を表現するためには、自分から何かを能動的にする思考回路を抑えるというか。まあ監督に抑えさせられたと言ってもいいんですけど(笑)。ずっと悩まざるを得ないようなシーンが続いていきましたね。
──例えばどんなシーンで悩んだのでしょうか。
渡辺 特に後半戦かな。洋平と愛子がいて、田代がいるという関係性はちょうど二等辺三角形みたいじゃないですか。愛子がどんどん男に惹かれていくのを目の当たりにしながら、洋平は自分ではどうにもできないんですよね。彼女との間につながれたロープを離さないように、ギリギリのところでただ見守っているしかないんです。でもそこには、娘に幸せになってほしいといった思いだけじゃなくて、ある種自分が背負わされているものから楽になりたいという逃げみたいなものを感じました。「人間ってそういうところあるよな」と常に思わされていましたね。
──槙洋平という役には、ご自身に近いところを感じましたか。
渡辺 自分の中にもそういういい加減さや優柔不断さがきっとあるんだろうなと突きつけられる感じがしましたね。
──そうなんですね。演じるにあたっては、監督と役についてお話されました?
渡辺 してくれないんですよ。
李・吉田 (笑)
渡辺 僕も話すことを求めはしないんですけど、李監督と仕事をするときは、シーンごとにとにかく穴を掘り続けるというか、地道な作業の連続なんです。役に向き合うというよりは、彼は今どう生きているんだ?と考えて、それを肉体を使って表現する必要があるので、自分もキャラクターと同じように悩むし、苦しんでいくことが大切だったんです。
李 短い撮影期間の中で、キャラクターがそれまで生きてきた時間に俳優自身がどう追いつくかというのが難しいんですよね。
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「怒り」/ 9月17日より全国ロードショー
ある夏の日、東京・八王子で夫婦殺害事件が発生した。現場に残されていたのは被害者の血液で書かれた「怒」の文字。犯人は顔を整形して逃亡を続け、行方不明のまま1年が経過した。時を同じくして千葉、東京、沖縄に、素性の知れない3人の男が現れ、周囲の人たちと次第に関係を深めていく。そんな中、警察によって殺人犯の新たな指名手配写真が公開された。その顔が出会った男に似ていたことから、「殺人犯なのではないか」という思いが彼らを取り巻く人々の心に芽生え始め……。
スタッフ
- 監督・脚本:李相日
- 音楽:坂本龍一
- 主題曲:坂本龍一 feat. 2CELLOS「M21 - 許し forgiveness」
キャスト
- 槙洋平:渡辺謙
- 田中信吾:森山未來
- 田代哲也:松山ケンイチ
- 大西直人:綾野剛
- 小宮山泉:広瀬すず
- 知念辰哉:佐久本宝
- 南条邦久:ピエール瀧
- 北見壮介:三浦貴大
- 薫:高畑充希
- 藤田貴子:原日出子
- 明日香:池脇千鶴
- 槙愛子:宮﨑あおい
- 藤田優馬:妻夫木聡
©2016 映画「怒り」製作委員会
李相日(リサンイル)
1974年1月6日生まれ、新潟県出身。「BORDER LINE」で劇場映画デビュー。2006年公開の「フラガール」で第80回キネマ旬報ベストテン・邦画第1位や第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞などを獲得。2010年公開の「悪人」では第65回毎日映画コンクールの日本映画大賞をはじめとする数多くの映画賞に輝いた。
渡辺謙(ワタナベケン)
1959年10月21日生まれ、新潟県出身。「沈まぬ太陽」で第33回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した。「ラスト サムライ」「インセプション」「GODZILLA ゴジラ」「許されざる者」など、国内外の映画に精力的に出演。近年はミュージカル「王様と私」、朗読劇「ラヴ・レターズ」に出演するなど幅広く活動している。
吉田修一(ヨシダシュウイチ)
1968年9月14日生まれ、長崎県出身。1997年「最後の息子」で第84回文學界新人賞を受賞してデビュー。2002年には「パレード」で第15回山本周五郎賞、「パーク・ライフ」で第127回芥川賞を受賞した。主な著書に「悪人」「さよなら渓谷」「横道世之介」などがある。「怒り」原作小説は、中公文庫より発売中。