映画ナタリー Power Push - 「怒り」李相日×渡辺謙×吉田修一 / 李相日×妻夫木聡×綾野剛
役の人生を忠実に体現するために
母親に紹介するシーンは緊張した!(妻夫木)
──2人が優馬のお母さんとホスピス病棟で過ごす場面は、穏やかに時間が流れていくような感じがして印象的でした。一連の場面はどのような気持ちを込めて演じていたんでしょうか?
妻夫木 あの場面の優馬は、お母さんに「会わせたい人ができた」と言えることがうれしかったんじゃないかな。あのシーンはすごく緊張しましたね!
──例えばどんなところが?
妻夫木 本当は恋人を紹介しているんだけど、優馬はゲイであることをカミングアウトしているわけじゃないから、お母さんはどういう目で2人を見ているんだろう?とか、いろんなことが頭に浮かんで。どんな顔をすればいいか本当にわからなかったんですよね……。
──確かに、よほど関係の深い相手でなければ、ホスピスに連れていってまで紹介しないですよね。
妻夫木 だからけっこう細かくリハーサルをしました。病室に入るときは直人と一緒なのか、ドアの前でちょっと待たせておくのかとか。いろいろ試してみましたね。
李 直人は「ホスピスに連れて行って」とお願いした理由を、優馬には言わないじゃないですか。あの場面の撮影前には、綾野くんと「彼が何を思ってそこに行くと言い出したのか」という話をけっこうしたかな。「優馬は知らなくていいことだし、直人は言わないだろうけど、行くべき根拠を自分の中に持っているよね」と。
優馬と直人は互いに鏡みたいな存在(綾野)
──劇中で特に思い入れの強いシーンはありますか? 妻夫木さんは「みんなが泣かないシーンで泣いてしまった」と会見のときに話していましたが。
妻夫木 直人が優馬に「一緒は無理だけど、隣だったらいいよなあ」と言うシーンですね。僕は優馬の視点ですべてを見てるからかもしれないですけど、あのときの直人の表情はすごく鮮明に記憶に残っています。
綾野 優馬と直人は、正面で向き合うというよりは隣で同じ景色を見ているっていう関係だったんです。だから「隣だったらいいよなあ」と言うし、同時に「優馬を正面から見たことはなかったな」ともどこかで思っていて。
──綾野さんは、なぜ正面ではなく隣だったんだと思いますか?
綾野 優馬と直人はお互いの鏡みたいな存在だから、正面に立つと優馬がジレンマを感じるんじゃないかという気持ちが直人の中にあったはずなんです。だから最後に優馬が泣きながら歩いているところを真正面から見たときは、涙がボロボロあふれました。ようやく彼を正面から見られて、優馬と直人がお互いにちゃんと鏡になり得た瞬間のように感じられて幸せでした。
2人の関係性の変化が心地よかった(李)
──優馬と直人が隣で同じ景色を見るという描写は、撮影前から決まっていたんでしょうか?
李 正面から向き合うのはやめようって最初から取り決めていたわけではないんですよ。
──いつからか自然とそうなっていったと。
李 2人が真正面から向き合うのはセックスをするときだけなんです。出会いは思いっきり見合うけど、それはただの物色で、徐々に心がつながっていくほど、同じ方向を見るようになる。長年連れ添った夫婦みたいにね。気付いたらお互いの横顔ばかり見ているような、自然体な関係性にふわっと変化していくんです。それが心地よかったですし、確か最後の回想シーンのときは、僕は何も言わなかったよね?
妻夫木 何も言われなかったです。しかも速攻でOKが出た!
──そうなんですか?
李 珍しいんですよ。そういうのは。
綾野 2人で「本当にいいの?」と言ったんだよね。そういえば僕はあれがラストシーンだったな。
李 この会話をするまでの流れとか、前段階としていろいろな仕掛けを用意するわけですよ。でもパッと何かが流れだしたら、すんなりと終わったんです。2人の中で余計なものがなくなったからか「ここにたどり着いたんだな」って感じが腹に落ちて。そういう意味では印象に残ってますね。あとは妻夫木くんの渾身の歩き(笑)。あれ、僕はなかなかカットの声をかけなかったんだけど、なんでだろうね?
──カフェから出て山手通りのほうへ歩いていくシーンですよね。
妻夫木 あのシーンは本当にきつかった! すれ違う人に「あっ妻夫木泣いてる……」って言われたりして。李さんが後ろ姿を撮りたいっていうから、カメラその場に残したままドン・キホーテのほうに向かって歩いていくんですよ。その一部始終を延々と撮られていて。
李 途中で壁にしなだれちゃって歩けなくなったよね。僕はそれに見入って止められなくなったんだろうけど、もうちょっと早くカットの声をかけてあげればよかった。
妻夫木 あの様子を見た人には「失恋でもしたのかな?」って思われてたのかもしれないですね……。
綾野 あのカットは初めて優馬の正面顔が映るシーンだから、僕はあれが観られただけでもすごい救われたな。
──あの場面は回想に移行するタイミングも絶妙でしたよね。
李 編集の話になるけど、最後の回想シーンを入れるタイミングに1週間以上悩んで。優馬が立ち上がる直前に入るバージョンもあったの。そのほうが見やすかったんだけど、その分大事な何かが流れてしまってる気がして。完成版に使っている移行タイミングを見つけるのにはだいぶ時間がかかりましたが、納得いく出来になりましたね。
「怒り」/ 9月17日より全国ロードショー
ある夏の日、東京・八王子で夫婦殺害事件が発生した。現場に残されていたのは被害者の血液で書かれた「怒」の文字。犯人は顔を整形して逃亡を続け、行方不明のまま1年が経過した。時を同じくして千葉、東京、沖縄に、素性の知れない3人の男が現れ、周囲の人たちと次第に関係を深めていく。そんな中、警察によって殺人犯の新たな指名手配写真が公開された。その顔が出会った男に似ていたことから、「殺人犯なのではないか」という思いが彼らを取り巻く人々の心に芽生え始め……。
スタッフ
- 監督・脚本:李相日
- 音楽:坂本龍一
- 主題曲:坂本龍一 feat. 2CELLOS「M21 - 許し forgiveness」
キャスト
- 槙洋平:渡辺謙
- 田中信吾:森山未來
- 田代哲也:松山ケンイチ
- 大西直人:綾野剛
- 小宮山泉:広瀬すず
- 知念辰哉:佐久本宝
- 南条邦久:ピエール瀧
- 北見壮介:三浦貴大
- 薫:高畑充希
- 藤田貴子:原日出子
- 明日香:池脇千鶴
- 槙愛子:宮﨑あおい
- 藤田優馬:妻夫木聡
©2016 映画「怒り」製作委員会
李相日(リサンイル)
1974年1月6日生まれ、新潟県出身。「BORDER LINE」で劇場映画デビュー。2006年公開の「フラガール」で第80回キネマ旬報ベストテン・邦画第1位や第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞などを獲得。2010年公開の「悪人」では第65回毎日映画コンクールの日本映画大賞をはじめとする数多くの映画賞に輝いた。
妻夫木聡(ツマブキサトシ)
1980年12月13日生まれ、福岡県出身。2001年公開の主演作「ウォーターボーイズ」で注目を集め、以降「ジョゼと虎と魚たち」「春の雪」「ザ・マジックアワー」など数々の話題作に出演してきた。2013年には「悪人」で第34回日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を獲得。2017年には主演作「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール」が公開される。
綾野剛(アヤノゴウ)
1982年1月26日生まれ、岐阜県出身。2003年に俳優デビューし数々の映画やテレビドラマに出演する。2014年公開の「白ゆき姫殺人事件」「そこのみにて光輝く」で第88回キネマ旬報ベスト・テンなど数々の映画賞にて主演男優賞を受賞。9月22日に「闇金ウシジマくん Part3」、10月22日には「闇金ウシジマくん ザ・ファイナル」の公開を控えている。