「月刊 松坂桃李」松居大悟・沖田修一・齊藤工にインタビュー、3人の映画監督が松坂桃李の“妄想”に挑む (3/3)

齊藤工インタビュー
齊藤工

松坂桃李を超えた松坂桃李が見られました

──今回の企画を最初に聞いたときの印象を教えてください。

昔の歌人って、現実に起こったことはもちろんですが、夢に見たものも、短歌や俳句にしていますよね。つまり妄想や自分の中に潜在的にある想像が表現になるというのは、昔からあること。そういう意味でも、桃李さんの妄想が形になる、しかもご本人が演じるということは、すごく濃度の高いエンタメになるんだろうなとワクワクしました。

「何もきこえない。」ポスタービジュアル

「何もきこえない。」ポスタービジュアル

──齊藤さんは「何もきこえない。」を映像化されました。妄想の段階からおおまかなあらすじはありましたが、そこからどのように物語を膨らませていったのでしょうか?

もちろん内容があって作品が作られるのは当然なんですけど、その前に……。桃李さんはさまざまな監督さんと作品を作っていて、いろいろな表現をし続けてきている。その中で新たな顔を引き出すというのは、もはややり尽くされているなと思ったんです。そう思ったときに、僕が監督をするなら“俳優同士”ということを生かせるわけで。だから、俳優同士のセッションで生まれるものを力点に置くことが大事だなと思いました。それを前提にしたうえで、「何もきこえない。」というタイトルやビジュアルから、怪談「耳なし芳一」に関連したものにしようと思いまして。まずは強いビジュアルを作ろうと思ったときに、桃李さんの顔に写経があるというルックを思いつきました。そこから、「全体をモノクロにしよう」「原発を取り入れた作品にしよう」とアイデアが次々と浮かんできて。レコードの“ジャケ買い”のように、ビジュアルファーストで肉付けしていきました。

「何もきこえない。」より、松坂桃李演じるHo-1

「何もきこえない。」より、松坂桃李演じるHo-1

「何もきこえない。」より、松坂桃李演じるHo-1(奥)と白本彩奈扮するサツキ(手前)

「何もきこえない。」より、松坂桃李演じるHo-1(奥)と白本彩奈扮するサツキ(手前)

──「妄想・松坂桃李」に掲載されていたあらすじでは、主人公は人形の設定ですが、今回の映像化ではHo-1がAIという設定に変更されています。それはどのような意図だったのでしょう?

僕がとある映画を作るときに、制作会社の方から「この役はこの方たちでどうでしょうか?」とキャスティング資料を渡されたことがあるのですが、そのラインナップが、誰かの意向ではなくて、チャットGPTのような蓄積されたデータから導き出されたものだったんです。いわゆる、フォロワー数だとか、そういう数字にもとづいたデータです。それを当たり前に渡されたときに、僕は自分がプレイヤーでもあるので、ゾッとしたんです。でもハリウッドでは、AIが脚本を書いた映画が作られた現実もある。実際に日本でも、数字を持っているキャストのニーズがあるのも確かです。つまり映画業界というのは、AIがはびこっている業界。そう思ったときに、その現実を皮肉った作品が作りたいと思いました。しかも、それを俳優同士で作れたら意味があるんじゃないかなって。もちろん桃李さんに迷惑はかけたくはないですけど、ちょっと警鐘になるようなものを作れたらと思って、AIであるHo-1が人間の心を宿していくというストーリーにしました。

齊藤工

齊藤工

──俳優同士であることを大切にしたとおっしゃっていましたが、監督と俳優という形で松坂さんと作品作りをしてみていかがでしたか?

「こういう方がいてくれてよかったな」と思いました。映画の撮影現場では、主演の方だけに意識がいかないように、監督やプロデューサーが気遣いをすることがあるのですが、桃李さんはむしろご自身でそれをされていて。エキストラの方など、すべての人に対してフラットにコミュニケーションを取られる。そんな桃李さんが主役でいてくれるので、みんなが当たり前に「松坂さんのために」という気持ちになって。その結果、穏やかで温かな雰囲気が現場に充満していました。そういう方が日本を代表する表現者でいてくれるということがすごくうれしいなと、勝手に誇らしさを感じました。

──松坂さんはHo-1というAIを演じましたが、お芝居の印象はどのようなものでしたか?

この作品では、AIが人になっていくさまのグラデーションを描きたいと思ったんです。AIに生き物としての心が宿り、それをきっかけにHo-1は復讐を始める。その極限的な場面を桃李さんがどのように演じるのか期待して現場に行ったのですが、桃李さんはその“K点”を軽々と超えてくれました。松坂桃李を超えた松坂桃李が見られましたね。しかも桃李さんってカメラテストでも本番と同じことをやってくれるんですよ。テスト用のお芝居をしない。桃李さんがそういう姿勢でいると、共演の白本彩奈さんや満島真之介さんも感化されていく。そうやって、“いかに嘘をなくしていくか”という表現者の連鎖みたいなものが自然に生み出されていったこともすごく頼もしかったです。

齊藤工

齊藤工

──監督として、ショートコンテンツ「何もきこえない。」を作り上げた今の心境を教えてください。

僕としては、ショートコンテンツというのはきっかけにすぎなくて。野望としては、この作品を再撮、追撮して短編……もっと言うなら長編にしたい。長編を作るつもりで挑まないと成立しない企画だと思って作り始めたのですが、今は実際に長編を作りたいという気持ちになっています。

プロフィール

齊藤工(サイトウタクミ)

東京都出身。俳優業と並行し映画監督や白黒写真家としても活動する。2018年に「blank13」で長編監督デビューし国内外の映画祭で8冠を獲得。その後「ゾッキ」(共同監督)や「スイート・マイホーム」などを手がけた。HBOアジアのドラマ「フードロア:Life in a Box」では国際賞「Asian Academy Creative Awards 2020」で最優秀監督賞を受賞。12月20日公開のドキュメンタリー映画「大きな家」、ハリウッド映画「When I was a human」(公開日未定)ではプロデューサーを務めている。