想像していなかった動きが出ると、やった!と思う
──瀬田監督の作品は役者がよく動きますよね。その動かし方が面白いのですが、役者の動きに関してはどういうところを意識していますか?
流れは撮影前に決めておきますが、どこまで動くかは役者さんにお任せしています。普通は立ち位置や目線を決めておかないとカメラマンやスタッフが大変なことになるけど、私の場合はそれを禁止にしていて、どこで止まっても間違いじゃないことにしているんです。スタッフがみんな優秀でどう動いても大丈夫な環境を作ってくれていて。私が想像していなかった動きが出ると、やった!と思います(笑)。でも、スタッフにも役者にもかなりハイレベルな要求だと思います。
──動きは映画の重要な要素ですもんね。動きがつまらないと映画もつまらない。
動くことで周りが見えて、関係とか背景とかがどんどん変わっていく。それを映すのが楽しいんです。
──ケンイチがマユミをナンパするシーンは、ケンイチがマユミの周りをぐるぐる回って、ケンイチがマユミに翻弄されている感じが伝わってきます。
(マユミ役の)森田望智さんに「自由にカメラの周りを回って演じてください」と言ったら、こっちの意図をキャッチしてケンイチをうまく翻弄してくれました。見ていてすごく面白かったです。ただ、すべて映るので人止めがほとんどできなくて、通行人がカメラを見るな、と祈っていました。
──ハルコの誕生パーティでのハルコとケンイチのやりとりも印象的でした。2人のちぐはぐな感情が動きに表れていて。あのシーンでは建築中の高層ビルの一室で、窓から東京の街がパノラマのように広がっています。すごく象徴的な場面ですね。
部屋の中をグルッと一回転して、最後に窓の前にくる。アクロバティックなシーンでしたね。マンションは廊下と室内と、外観とバラバラの場所なのですが、ビルは豊洲のほうにあって、あそこを出るとオリンピックの選手村の工事現場の辺りになります。あのあたりの作りかけでどこか中途半端な雰囲気と、2人はこれから変わっていくのだろうという予感がシンクロすればいいなと思いました。
──クラブに出かけたハルコが、ビルの屋上から見る東京の夜景もいいですね。見覚えがあったのですが、渋谷でしょうか?
O-EASTのちょっと先にあるATOMというクラブが入っているビルの屋上です。クラブの屋内はスタジオにセットを作って撮って、屋上だけ借りました。あそこからだと渋谷が全部見渡せるので。まわりは喧騒が渦巻いているのに、屋上だけスポっと抜けた場所になっていたら面白いと思って。屋内は華やかだけど屋上には室外機があったり殺伐としている感じとか。
──そういうコントラストは岡崎作品らしいですね。瀬田監督は原作のどんなところに惹かれましたか?
話としてはシンプルなボーイミーツガールものですが、ハルコが思いを伝えた瞬間に「あれ?」「これでよかったのかな?」となっちゃうヒリヒリした感じが面白いです。ハルコの中にはいろいろと矛盾した気持ちや言葉にしにくい感覚があって、それを描きたいと思いました。
──マンガのコマや絵から受けた影響はありますか?
橋を渡るとき、夜で川は真っ暗だけど、その奥に街の灯が輝いている。窓から見える風景なんかも、街は広がっているけどそこに小さい生活があるのがわかる。そんな向こう側で何かがキラキラ輝いている感じを、岡崎さんのマンガの余白みたいなものを感じさせる映像で表現できたらと考えていました。
──岡崎さんのマンガは余白が印象的ですよね。瀬田監督から見て岡崎作品の魅力はどんなところですか?
物語を回収しようとしないというか、キャラクターはみんな本能がむき出しになっていて、物語や記号に回収されることに抗ったり、あえて戯れているふうに描かれている。その奔放な感じが魅力的ですね。
──瀬田監督の作品にも、ありがちな物語やキャラクターに回収されない奔放さがあります。
だから勇気付けられるのかもしれません(笑)。あと、やっぱり言葉ですね。モノローグにもシビれるし言葉のリズムもいい。今回、ほかの作品で使われたセリフを持ってきたりもしました。「東京ガールズブラボー」とか。
──今も胸に刺さる言葉は多いですよね。ちなみに本作で、監督の10代のときの感覚が反映されているところはあります?
いや、それはあまりないかもです。高校時代なんかの、強烈な思い出が、あまりなくて。自分は本当に物語性のない、10代だったのかも。何かをやりたいけど見つけられなくて、悶々としていたような感じでした。映画も音楽も本も、好きでしたが、ただ、岡崎京子さん原作の映画を作るとはまったく思ってなかったです(笑)。
──ハルコたちもそんな感じですよね。クラブに打ち込んだりしているわけじゃなく、毎日をフワフワと生きている。
将来の目標や、ゴールにまっすぐに向かって行くわけじゃなくいろいろと寄り道して、その瞬間が精一杯で、楽しい、みたいな。そんな無計画なフワフワしていた感じは、映画に映っているかもしれないです。
「東京ガールズブラボー上・下」(1993年刊行、宝島社)
北海道から憧れの東京にやってきた主人公なので、当時の東京を一番満喫している話で、刹那的で欲望の赴くままに動く若者たちを描いている。そういう時代だった、というのもあるかもしれないですけど、ファッションも行動も自由に思ったことをパッと出していくサカエちゃんたちがすごく魅力的です。
©岡崎京子 / 宝島社
「リバーズ・エッジ」(1994年刊行、宝島社)
高校生のときに読んで、絵の余白と生々しさに衝撃を受けました。岡崎さんのマンガで最初の頃に読んだから、余計に衝撃が大きかったのかもしれないです。死体がある河原の殺伐とした風景は、今回の映画の風景にミックスされているかもしれません。
©岡崎京子 / 宝島社
「ハッピィ・ハウス」(1992年刊行、主婦と生活社)
岡崎さんの作品を映画化するとなったとき、最初に浮かんだのがこれでした。家族の形がどんどん変わっていくところや、中学生の主人公の、たくましくサバイブしている感じが面白くて。岡崎さんがよく描いている、欲望と消費と生産のシステムみたいなことを別の角度で再構築している。しかもそれを軽やかに描いていることが面白い。ただ、これを実写化したときに演じられる人がいるのか?と考えると難しいですよね。
©岡崎京子 / 主婦と生活社